第053話 『死地』③
案の定というべきか、カインの進んだ右には一体、ヴァンの進んだ左には二体。
少し変わり者なのであろう小鬼が、自分たちは繁殖欲や嗜虐欲よりも食欲だといわんばかりに、捕えてきた直後らしきまだ生きている獣を喰らっていた。
彼我の戦力差がよほど隔絶していなければ、この手の意図せずに成立している伏兵を見逃すことが致命的な事態を引き起こす。
さっきの大きな坑道を進んだ際、開けた場所へ出る前に小鬼と接敵した場合、その戦闘音を察知した左右合わせて三体の小鬼が、背後からの増援となるのは明白なのだ。
戦力が拮抗、それどころか上をいかれていた場合、撤退の道すらも断たれてそれで詰みとなる。
だがそれは通常の冒険者だった場合の話だ。
カインもヴァンも獣を貪り喰らっている小鬼を認識した次の瞬間には、武技すら起動させることなく一刀、一撃でその首を切り飛ばし、へし折って絶命させている。
食欲優先の三体の小鬼たちは、自身に何が起こったかを認識できる間も与えられなかった。
最奥にまだ16体いるであろう同族へ、救援の叫びをあげさせるわけにいかないので当然の処置ではある。
最善手だからと言って、誰にでもできることでもないのだが。
そう広くもない枝坑道の先を確認し終えて、何事もなかったように再び枝分かれする前の広場でカインとヴァンは再び合流した。
互いに言葉を発することなく、カインは指を1本、ヴァンは二本立ててそれを互いに確認して頷く。
この場に戻ってきたということは、互いが担当した枝坑道の先が制圧済みなのは確認するまでもない。
その際に処分した小鬼の数を報告しあい、敵の残存数を共通認識としているのだ。
敵の初期総数が事前にわかっている以上、残存数の把握は戦況判断の重要な情報となる。
特に今回のように、救出を目的としている場合はなおのことである。
最終的には現在別行動中のシロウに、その情報を正確に伝えることが最重要となるからだ。
『――やめなさい!』
残敵数を確認し合ったカインとヴァンが、残された最も大きい坑道へ突入を開始すると同時。
奥から切羽詰まった女性の声が、坑道内を反響して聞こえてくる。
高速で移動する脚を止めぬままにアイコンタクトを取ったカインとヴァンは、正直心の底から安堵を覚えている。
聞き間違うはずもない、その声が最優先救助対象であるネモネ・ハーヴィンのものだったからだ。
絶叫という程度には追い詰められている声ではある。
だがその声の調子から、致命的な負傷をしているわけでもなければ、ネモネ自身に一秒を争う事態が発生しているわけでもないこと程度は即座に把握できる。
であればカインとヴァンにとって、少なくともネモネの安全確保は確定したようなものだからだ。
ネモネの安全さえ確保できれば、シロウ率いる『野晒案山子』にとっては任務完了といっても過言ではない。
あとはついでのようなものだ。
――まあシロウのことですから、ついでと言いつつ最善を尽くすのでしょうけれど。
ほっとした反動からか、内心苦笑いを浮かべるカインである。
基本的にシロウはカインよりも冷徹だ。
自分の中での優先順位が徹底して明確化されており、そこがブレることなどありえない。
見も知らぬ新人一党とネモネを天秤にかけることすらしないだろう。
ネモネ一人を救うために、新人一党の5人だか6人だか知らないが、その全員の命を見捨てる必要があれば何のためらいもなくそうする。
それを仲間であるカインたちでも確信できる。
シロウには数など関係ない。
――命はみな平等に尊く、ゆえにこそ一人でも多くの命を助けるためには、最小限の犠牲を払うことをよしとしなければならない。
そんな指導者向けのお題目など、シロウにはこれっぽっちも響かない。
大切なものと、そうでないものが数で変わったりしない。
変わるはずがない。
大切なものを犠牲にして、どうでもいいものを多く救うなど、少なくともシロウにとっては愚の骨頂でしかないのだ。
1対6がどうした。
それが1対100であろうが万であろうが知ったことではない。
0をいくらたくさん救ったところで、0は0でしかないのだから。
そのくせ甘いところは徹底して甘い。
自分にとっての大切なものを最優先した後であれば、どうでもいいものであっても自分の手の届く範囲においてはなんとかしようと行動する。
自分にはどうでもよくても、自分の大切な人に言われればわりと簡単に動いたりもする。
ちぐはぐなのだ。




