第051話 『死地』②
「カイン、ヴァン、前衛頼む。相手は小鬼だ、見つけ次第確殺」
「了解」
「はい」
次は突入班への確認。
カインは剣、ヴァンは拳による攻撃役である。
万が一高位種の小鬼がいたとしても何の問題もない。
基本的には巣穴の最奥に大部分が集まっているはずだが、個体差がある以上ごく稀に「自分は後でいいや」とその場を離れている小鬼がいないとも言い切れない。
比較的弱い個体にはそういったところがあり、それでも見逃すと厄介なので見敵必殺は絶対である。
19体程度の巣穴であれば、そこまで複雑な構造をしている可能性は低く、道中で接敵した個体を確殺していけばまず問題はないはずだ。
それを徹底する程度であれば、カインとヴァンの戦力は過剰であると断言できる。
それにカインとヴァンも当然、小鬼という魔物を知っている。
奴らがヒトを含めた他の生物に何をするのか。
それを本能だけではなく、自身の邪悪な意思を以て愉しむために行うのだということも。
ゆえに一切の手加減などしないし、想定外の惨状に怯むこともない。
ヒトとはけして相容れぬ明確な敵として、一切の慈悲なく根切にすることに何の躊躇いも持たない。
自分たちがその意志と命を預ける党首の望む世界に、もっとも相反する忌むべき敵でしかないからだ。
『野晒案山子』は邪悪な意思を以て、他者に非道を働く存在を絶対に許容しない。
それが結成した時から絶対不変の在り方である。
そしてその変わらぬ在り方こそが、やがて少しずつ『野晒案山子』という超越存在の、世界へのかかわり方を歪めて行くことになる。
カインの思惑通りに。
「最悪の事態を想定して『浮遊』と『不可視化』を使うから、フィア頼む。カイン、ヴァン、道中は任せた。シェリルはフィアを護って」
全員が即座に党首の指示に従う。
シロウの意図を理解したカインとヴァンは、別行動をよしとして即座に巣穴への突入を開始する。
フィアはシロウの指示通り、『白の魔導書』によって支援魔法の起動準備に入る。
ここでは出番のないシェリルも、真剣な表情で頷いている。
『不可視化』はその名のとおり、術者の姿を光学的に見えなくする支援魔法。
ただしその状態が継続されるのは実証実験の結果からきっちり1時間、それも攻撃行動を起こせば解除されるというものだ。
よってこれを使用する以上、シロウは最終局面まで攻撃に参加することはできない。
ただし攻撃準備は攻撃行動と看做されないため、魔法の起動準備を進めつつ姿を消したままでいることは可能。
『浮遊』もまたその名の通り、付与された対象の躰をその意志に応じて空中に浮かせる支援魔法である。
同系の上位魔法である『飛翔』ほどの高速移動は不可能だが、その継続時間と制御のしやすさははるかに上回る。
迷宮の床設置型罠を回避する際や、今回シロウが想定しているような使い方であれば、『浮遊』を採用することが最適だといえるだろう。
シロウの『黒の魔導書』は攻撃魔法に特化されているうえに、フィアの『白の魔導書』ほど多彩な魔法を起動できるわけではない。
だからこそ両者の組み合わせ、連携が重要になってくるのだ。
特に今回のように前衛と別行動をする場合、接敵から戦闘開始に至る前の準備こそが、結果を大きく左右するのは言うまでもない。
シロウの指示通り、ほどなくフィアによる『浮遊』が発動し、続いて発動した『不可視化』が空中に浮かび上がったシロウの姿をかき消す。
「じゃあ行ってくる」
「気を付けて、ね」
「準備して待っているから」
何もないとしか見えない虚空からシロウの声が聞こえ、それに対してシェリルとフィアが答える。
それに対するシロウの答えはもはやない。
シロウも先行したカインとヴァンを追って巣穴への突入を開始したのだ。
一方先行したカインとヴァンは、その身体能力を極限まで発揮して巣穴の制圧を開始している。
とはいえ当初の予測通り、入り口の歩哨はもとより最初の広場めいた場所にも小鬼たちの姿は確認できない。
またたかだか19体程度が巣穴としている場所ゆえに、やはり広さもさほどでもないようだ。
より深くへと降っているらしき一番大きな坑道を後回しにして、左右に一本ずつ伸びている小さめの坑道の先へ、一切の躊躇を見せることなくカインとヴァンが別れてそれぞれ突入する。




