第049話 『小鬼』③
ノーグ村から一定以上遠いということは、とりもなおさずフレイム帝国領に近いということに他ならない。
そしてエメリア王国の辺境領にノーグ村があるのと同じように、フレイム帝国の辺境領にも似たような寒村はいくつか存在していた。
その一つが丸ごと、小鬼たちの犠牲になっていたのだ。
シロウの広域索敵に引っかかったその日のうちに、『野晒案山子』は念のため今回と同じく『漆黒仮面舞踏団』に扮して討伐に向かっている。
最初の光点が確認された地点に近づけば近づくほど、今まで見たこともないほど多くの光点が表示枠に浮かび始めるのをずいぶん驚いたものである。
だがその時点でも、すでに小鬼たちは『野晒案山子』の敵ではなくなっていた。
これまで接敵したあらゆる魔物、雑魚から高位の希少種までと比較しても、同族内での変種がやたらと多いなという程度の感想しか浮かばない。
小鬼はもともと醜悪な外見をしているが、ほぼ四つ足で移動する獣のような奴もいれば、妙に巨躯を誇る個体も存在していた。
だが当時のシロウたちにとっても、それらの強弱など誤差に過ぎなかったのだ。
それゆえにフレイム帝国側の辺境領を埋め尽くすかのように表示されていた無数の光点を片っ端から狩り続けても、もっとも光点が集中している巣穴にたどり着くまでにそう時間はかからない。
だがそれでも遅かった。
いかに鎧袖一触で小鬼たちを蹴散らし、半日もかからずそのすべてを殲滅しつつ醜悪な巣穴の最奥に辿りつけたとしても、そんなことはもう後の祭り。
初動が致命的に遅れていたのだ。
シロウが小鬼の存在に気付いた時点でもう、すべては終わっていたのだから。
巣穴の最奥で対峙した小鬼王とでもいうべき個体をもあっさり倒し、広域索敵の表示枠に浮かぶすべての光点を消し去った時点でもまだシロウたちは事の本質に気付けていなかった。
みな巣穴の不清潔さに眉を顰め、「汚い系の魔物は苦手だね」などと呑気なことを、シェリルとフィアが愚痴っているところまではいつもの魔物討伐ということもできただろう。
巣穴の最奥、その中でも一番奥まったところへ集められていた苗床を発見し、その目にするまでは。
苗床から新たな光点が発生するところを見て、シェリルは巣穴の地面がどれだけ汚れているかなど頭からすべて抜け落ちて、その場にすとんとへたり込んだ。
フィアは自分でも何を言っているかわからない、間違いなく人生で初めて上げた調子はずれの悲鳴を巻き散らかしながら、ヴァンに縋りついてがくがくと震えていた。
無口無表情が常態のヴァンでさえ、自分の躰が震えるのを止めることをどうしてもできなくて、その場で立ち尽くすことしかできなかった。
その時に即座に動けたのは、党首と副長の二人のみ。
シロウは即座に苗床の群れからヒトだけを選別し、強張った表情ではありながら他の魔物や野獣、家畜などの苗床を魔法で焼き払う。
カインはより難易度が高かっただろう。
我を失っているフィアを正気に戻し、彼女の魔導武装『白の魔導書』による治療を行えるようにする必要があったのだから。
そうしなければ、その場所から動かすことも叶わないような状態だったのだ。
そのあたりの記憶はフィアもシェリルも、ヴァンですら思い出したいなどとは決して思わない。
巣穴からの救出後はカインが手配し、ごく少数の生存者は今は迷宮都市で保護されているらしい。
らしいというのは、シロウもカインも配慮して、フィアやシェリル、ヴァンに対して「なんとか元気にはなっているよ」くらいの情報しかあえて与えようとはしないからだ。
そしてそのことをありがたいと思ってしまう三人である。
「急ごうか」
だからシロウの促す言葉に、否やなどあるはずもない。
ネモネがあんな目にあってしまう未来は絶対に阻止せねばならないのだから。
「うん」
「はい!」
「…………」
3人の返事を受けて党首であるシロウが頷き、最初に移動を開始する。
それは常人であれば残像だけを残して、その場から掻き消えたかのように錯覚するほどの超加速。
だが同じだけの『成長』を繰り返し、微細な差こそあれどヒトという個体としてほぼ同じ域に至っている『野晒案山子』の党員たちにとっては、ただ全速力で走りだしたというだけに過ぎない。
一拍の間をおいて全員がそれに付き従い、とてつもない速度で目的地へ向かっての移動を開始する。
決して軽くはないしっかりとした造りの長外套を自身の移動速度によって大きくはためかせ、細い山道などではなく目的地への最短距離を直線でひた走る五人。
そこが平地などではなく、生い茂る深い森であっても深い峡谷であっても関係ない。
木々の間を幽鬼の如く縫い、高低差など一足で飛び降り、もしくは飛び越える。
まるで何かの競技でもしているかのような気楽さで、ヒトはおろか野に棲む獣でも避けるような悪路を整備された街道を征くかの如く突っ走る。
『成長』の回数が二桁を越えた者は、ヒトの域にはいない。
常人の眼ではとても追いきれない速度で、ほとんど時間をかけることもなく目的地へと到着するのだ。




