第048話 『小鬼』②
「よし、全力で移動開始。到着次第即時殲滅。もしも突入してしまっていた場合……」
目標地点を共有し、これから行動を開始する。
都度意思の確認をすることはもちろん可能だが、大筋としての行動指針を党首であるシロウが提示しようと口を開く。
「男性陣だけで即突入ですね」
「だな」
「…………」
それをすぐさま受けたカインの言葉をシロウは首肯し、ヴァンも真剣な表情をした頷きで答える。
小鬼の巣穴、それもヒトが捉えられているかもしれない状況へ女性陣を伴って突入するのは、できれば男性陣としても避けたいのだ。
それはもちろん戦力的な意味ではない。
盾役であるシェリルはもちろんのこと、治癒役のフィアであっても、小鬼如きを殲滅することはもはや容易い。
19体すべてを一人で鏖殺してのけることも充分に可能だろう。
ではなぜ避けたいのか。
それはある意味においては間に合い、ある意味においては手遅れだった場合を想定しているゆえである。
「オネガイシマス……」
「……シマス」
常であれば女の子扱いをしようものなら、ご機嫌斜めになってチクチク精神攻撃を開始するフィアも、しょんぼりと落ち込むシェリルも妙に素直な反応を見せる。
『野晒案山子』がすでに小鬼という魔物を知っているからこその、各々のこの反応なのだ。
この世界、メダリオン大陸に湧出する小鬼という魔物は、ある特性を持っている。
ひとつは雄のみで構成されていること。
そしてもう一つは、そのひとつめの特性も関わる。
すなわち異種族の雌を、その勾配対象とすることである。
魔物は湧出するだけではなく、倒されないままに増えれば各々の生態系にそって繁殖もする。
極稀に異なる魔物種が掛け合わされた結果、合成魔獣とでもいうべき強力な特殊個体が生まれることもある。
ある意味、そんな合成魔物を生み出す能力に特化された魔物こそが、小鬼だともいえるだろう。
小鬼そのものも、現代の冒険者では太刀打ちできないくらいには強い。
だがその最大の特徴はヒトほどではなくとも、ある程度の知能を有していることだ。
それゆえに狡賢い。
その上基本的には群れ、拙いとはいえ連携めいた動きも見せるので、時に格上の相手であっても獲物とすることがあるほどなのだ。
そして異種族の雌を苗床として生まれる仔は、なぜかすべて小鬼となる。
ただしすべてが普通の、ではない。
格下――野獣や家畜の類を苗床とした場合は、通常種ともいうべき普通の小鬼が生まれる。
だが格上の魔物や魔獣を、その狡賢さと数の力で捕らえて苗床とした場合、その種の特徴、能力をある程度受け継いだ小鬼の上位種とでもいうべき仔が生まれるのだ。
苗床が小鬼よりもより知恵ある存在であった場合、その影響も強く受ける。
大魔導期の頃には極稀に存在した、小鬼の魔法使いなどは、つまりそういう存在だ。
つまり小鬼たちにとって多種族とは餌であると同時に、己の種を増やし強化する道具でもあるのだ。
完全に間に合っていたのであれば何の問題もない。
速やかに巣穴に突入し、鎧袖一触で殲滅すればそれで終いだ。
最悪の場合とも言えるが、完全に間に合わなかったのであってもするべきことは変わらない。
無残な遺体を目にすることは避けられまいが、ギルドへの登録の有無に関係なく冒険者――険しきを冒す者を自らに任じるのであればそこから目を逸らすべきではない。
だが間に合いながら間に合わなかった場合――獲物の中に寝床と成り得る雌がいた場合、凄惨の一言ではとても済まない状況を目にすることを、その場に突入した者はすべてが強いられることになる。
奴らは苗床を愛したり、大切にしたりすることなどない。
ただ自分たちが増えるための道具であり、玩具であり、場合によっては貯蔵された餌でしかないのだ。
以前ノーグ村からかなり離れた地点で、今回よりも大規模に小鬼が湧出したことがある。
ノーグ村を中心点として毎朝起動されるシロウの広域索敵にその群れの一部が引っ掛かったのは、湧出してからかなりの時間が経過してからだった。
その時間を以て、小鬼たちは増えられるだけ増えていたのだ。
湧出地点でもあった巣穴はちょっとした迷宮めいた伏魔殿と化し、その最奥には様々な種の苗床が集められ、よりその群れを大きくするために酷使され続けていた。
野の獣、地上の魔物領域で湧出した魔物、それに家畜。
家畜が囚われているということは即ち――




