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第046話 『もうひとつの貌』③

 シロウたち『野晒案山子(スケアクロウ)』は、『漆黒仮面舞踏団(バル・マスケ)』のその数えきれない武勇譚の片隅に、ひっそりと隠してもらっているだけだということもできる。


 名を貶めているわけではないので、なんとかお目溢しを願いたいと思っている党首(リーダー)のシロウである。

 もしも直接会う機会などがあったら、初めからえらく恐縮してしまうことになるだろう。

 先方が自分たちに覚えのない武勲譚を、どう思っているかなど知る術もないのだが。


「私は『野晒案山子(スケアクロウ)』みたいな名前の方が好き、かな?」


 そう言って曰く言い難い表情を浮かべるシェリルである。


 シェリルとて、主としてシロウとカインから説明されて、『|漆黒仮面舞踏団』が如何に強く、その力を正しい――あくまでもシロウやカインの主観としてだだ――ことに使っているのかは理解している。


 カッコいいというカインの評価に異を唱えるつもりもない。

 確かにカッコいいと思うし、市井に生きる者たちの間でとんでもなく人気が出ているというのも納得できるところだ。


 だが自分たちがその名を騙る後ろめたさとはまた別に、なんというか背中の手の届かないところがなんだか痒くなる感覚を持ってしまうのも確かな事実なのだ。


 確かにカッコいい名前と出で立ちだとは思う。

 だがそれは傍から見ている分に限ってはということで、自分がその名を騙り、同じような格好をするとなればまた話は違うものらしい。


 某病に罹患していない者であれば、普通の感覚といえるかもしれない。


「そっちはそっちで味わい深いけれども」


「なんだよ、みんな反対しなかっただろ」


「そうだけどさ」


 だがシェリルの場合は「シロウのすることは全肯定」という前提があるので、自分たちの『|野晒案山子』には疑問を持たないが、フィアにしてみればそれはそれでまあ、なんとういうか……という感覚もあるらしい。


 自覚がなくもないシロウも、『漆黒仮面舞踏団(バル・マスケ)』にダメ出しをされた時のカインとそう変わらない憮然とした表情を浮かべる。


 シロウもカインも、方向性が違うだけで根を同じくしているのは党員(メンバー)たちの共通認識である。

 反応までほとんど同じなところを見て、フィアなどは思わず笑ってしまう。


 確かにシロウやカインの名付けの感性(ネーミング・センス)というものそのものに、一言あるのは確かだ。

 だが自分たちの一党(パーティー)の名付け親になることを厭わない時点で、すでに大概だと思うのだ。

 

 ――男の子ってそういうものよね。


 フィアやシェリルであったら、名乗る機会があるたびに内心悶絶することになりそうで、とてもではないが名付け役などやりたくはない。

 その時会心の出来であればあるほど、のちのダメージが大きい気もすることだし。


 その点では自分たちの『野晒案山子(スケアクロウ)』はまだ許容範囲といえる。

 いつか機会があったら、『漆黒仮面舞踏団(バル・マスケ)』の名称とその揃いの衣装を決めた人物から話を聞いてみたいものだとは思う。


 その際は間違いなく、男性陣と女性陣の温度差はかなりのものとなることだろう。


「とりあえず急ぎましょう。まだそれほど時間も経過していませんから、最悪の場合でも遭遇戦が発生している程度でしょう。そうであればネモネさんがいれば撤退くらいは何とかなるはずです」


 まだ余裕があるとはいえ、いつまでもバカな話に興じている場合ではない。

 カインがいつもの調子に戻って次の行動を促す。


()()を見つけていたら厄介だな」


「さすがにそこへ突入なんて、するかな?」


 カインの言葉を受けて、シロウが自身の危惧を口にする。


 小鬼(ゴブリン)という魔物(モンスター)は自分たちの本拠地――巣穴を持つことが基本だ。

 その場所は自分たちが湧出(ポップ)した場所であり、突発的に発生した魔力の濃い半地下――半迷宮(ダンジョン)ともいえる敵の優位地(ホーム)なのである。


 遭遇戦でも勝ち目のない新人一党(ルーキー・パーティー)が、そこへ足を踏み入れていれば最悪だ。


 だがシェリルの言うとおり、魔物(モンスター)の巣らしきところを見つけたからと言って考えなしに突入するというのは、いかに新人一党(ルーキー・パーティー)だとしても考えにくいというのももっともである。


「普通ならしませんね。ですが普通というなら、そもそも初級依頼(クエスト)を受けている自分たちの実力で、小鬼(ゴブリン)の群れを討伐しようなんて考えないと思いますよ」


「つまりは見つけたら、突入するってことよね?」


「そう考えておいた方がいいでしょうね」


 だがカインとフィアの会話どおり、その大前提から無謀なことを行っているのが件の新人一党なのだ。

 それも手練れの先輩(ベテラン)冒険者であり、自分たちの監督官であるネモネの静止にも耳を貸さずにである。


 自信過剰と敵を低く見積もる、その双方が深刻なレベルと見てまず間違いない。

 迷宮都市(ヴァグラム)迷宮(ダンジョン)ではまず見ることのない小鬼(ゴブリン)の一見貧相な見た目に、何とでもなると判断する可能性は大いにあり得る。


「で、それを見つけるタイミングによっては、ネモ姉が取る行動も決まっている、と」


「ですから急ぎましょうと言っているのですが」


「もっともだ」


 新人たちが見つけられる巣穴であれば、ネモネが見逃すことなどありえない。

 本来は単独であろうがなかろうが冒険者ギルドへの報告を第一とするネモネであろうが、そこへ新人たちが突入している形跡を見つければどういう行動に出るかはシロウの言うとおり明白だ。


 ネモネとて、最近のこのあたりの魔物の強さを正確に把握してはいないのだから。

 つまりカインの言うとおり、急ぐに越したことはない。


「ではハーゲン商会へ行きましょう」


「用意はすべて整っております、カイン様」


 意思決定がなされた主人の言葉を受けて、レアルが一礼する。

 用意――『|野晒案山子』が持つもう一つの貌、『|漆黒仮面舞踏団』となるために必要な装備は、レアルがすべて取り揃えてくれている。


 本物と寸分違わぬ仮面と長外套。


 それらに刻まれている№は(シロウ)ⅩⅢ(カイン)のみ本物と共通。

 フィア、シェリル、ヴァンにはいまだ確認されていない№である、Ⅹ、Ⅺ、Ⅻがふられている。


「ありがとう」


 いい笑顔で礼を言うカインと違い、主として女性陣は出そうになるため息を噛み殺すのに少々の努力を必要とした。

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