第044話 『もうひとつの貌』①
『漆黒仮面舞踏団』
エメリア王国王都マグナメリア、エメリア王国冒険者ギルド本部に本拠地を置く冒険者一党。
その評価は超が付く一流。
彼ら以外、誰一人として達成できなかった数々の高難度の依頼――俗に遂行不能依頼と呼ばれ、長きにわたり冒険者ギルドの依頼板に張り出し続けられていた焦げ付き案件――が、その評価に異を唱えんとする者たちの口を閉ざさせている。
カインが口にした言葉のとおり、冒険者ギルドにはさすがに本名も素顔も登録されてはいるのだろうが、対外的にはその一切が謎に包まれている。
なぜならば一党名のとおり、その党員たちは全員が漆黒の仮面をつけているからだ。
そればかりではなく、同じ意匠で揃えられている長外套も仮面と同じく真暗の墨染め。
彼らが別人だと見分けるために有効なのは身長差と髪の色や長さくらい。
それ以外では真紅の文字で染め抜かれた数字が最も有効だといえるだろう。
各々が得意とし、装備している武装すらまるで不明なのだ。
今のところ確認されているのは№0から№ⅩⅢまでの14名。
仮面の左目部分と、長外套の左胸、左肩当てに記されたその数字こそが、『漆黒仮面舞踏団』の武勇譚が酒場などで語られる際、その党員を指し示す名前の代わりとなっている。
№Ⅱ、Ⅲ、Ⅶによる、東部ウリムクルラ迷宮第三階層に湧出した強力な希少種魔物の討伐。
№Ⅳ、Ⅴ、Ⅷ、Ⅸらによって討伐された、爆発的連鎖湧出によって北カイラム迷宮に発生した膨大な数の魔物からなる大魔物列車。
№Ⅰ、Ⅲ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅸが五人だけで、王都に長年蔓延っていた麻薬組織を壊滅させたという英雄譚。
なによりもエメリア王国における『漆黒仮面舞踏団』の名を不動としたものは、№0と№ⅩⅢのたった二人で討伐は不可能だと誰もが思った黄金迷宮ヴァグラム第五階層主を撃破してのけた一件だろう。
その際にその二人が『武技』と『魔法』を駆使して階層主を撃破したという噂が、その評価を加速させている。
冷静な者であれば『漆黒仮面舞踏団』の階層主との戦闘を見学していた者などいるはずもない以上、それは不可能ごとをやってのけたその強さに尾ひれがついたものだと一笑に付すだろう。
だがその噂を笑い飛ばせる者など、冒険者の中には一人もいない。
己の力をほぼ正しく冷静に掌握している者――つまりは冒険者として高い位置にある者ほど、その噂を笑い飛ばすことなどできないのだ。
確かに冒険者たちは、普通のヒトなど比べ物にならないくらいに強い。
なればこそ現代の技術の粋を集めて造り上げられた武装に身を包み、恐ろしい魔物を倒して魔石をはじめとした莫大な利益をヒトの社会にもたらすことができるのだ。
だが冒険者たちの強さとは、ヒトの延長線上であることもまた確かなのだ。
剛力で大剣を振るい、魔物の強烈な一撃を超重量級の盾で受け止める。
素早い動きと強烈な反射速度を以て、常人の目にも止まらぬ戦闘を魔物と繰り広げることができる。
だがやっていることの一つ一つは、普通の武装に身を包んで野の獣と戦うヒトとなにも変わらない。
神話や伝説で語られる『武技』の如く、剣から斬撃を飛ばすわけでも、盾が光に包まれてすべての攻撃を無効化したりするわけでもない。
ましてや『魔法』など。
標準的な一党の単位とされている5人、もしくは6人で一体の魔物を囲み、物理で殴ってなんとか倒せる程度。
複数の魔物を相手取るなど論外である。
運悪く二体の魔物が敵対共有などしようものならもう命の危機で、それが三体以上になれば生き残ることができるのは最上層か、もしくは地上の魔物を相手している時くらいだろう。
もしも1対1で魔物と対峙するようなことがあれば、どんな冒険者でも一瞬の躊躇もないままに、すっ飛んで逃げることを選択する。
それで逃げ切れでもしたら、ちょっとした武勇譚として吟遊詩人が詠うようになってもおかしくないくらいなのである。
成長を重ね強くなればなるほどに数千年前の大魔導期、それを創り出し支配した古代種――魔導器官を持ち、武技と魔法を駆使した者たちとは根幹から違うのだと実感せざるを得ない。
伝説に語られる古代の英雄たちから見れば、現代の冒険者たちはただの「力持ち」程度に過ぎないことを思い知る。
だからどうしても限界が生まれる。
低階層や地上に湧出する魔物であれば、剣や盾、槍や弓を剛力で振るえば倒せはするし、相手の攻撃をなんとか耐えることもできる。
だが一定以上深く潜れば、どうしようもなくなってくるからだ。
射線上を焼き尽くす炎の吐息など防ぎようもない。
鍛え上げられた鋼で組まれた鎧や盾を紙細工のように引き裂く爪や牙など、一撃でも喰らったら終わりだ。
なによりも今の技術の粋である鋼の剣や槍、鏃で貫けない躰を持つ魔物など、どうやって倒せばいいというのか。
文字通り刃が立たないのだ。




