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第041話 『緊急事態』④

 たしかに迷宮(ダンジョン)遺跡(レリクス)魔物領域(テリトリー)で偶然一緒になったというのであれば、相手の窮地を救うこともあるだろう。

 どちらかといえば獲物の取り合い(我々のコリブリ)が発生する方が、マージンを十分とって攻略することが大前提の冒険者たちには多いのだが。


 それだって自分たちに危険が及ぶと判断すれば、危地に陥っている一党(パーティー)が全滅すると判っていても見捨てることも罪にはならない。


 カルネアデスの舟板、それ以前の問題なのだ。


 冒険者とは自ら進んで、常に命の危険がある地に踏み入ることを是とする稼業。

 (けわ)しきを(おか)すからこそ、市井で生きる者たちとは比べ物にならないだけの富を得ることができるのだから。


 ゆえに別にカインはことさらに偽悪を装っているわけではない。

 冒険者を名乗るのであれば、それは絶対の不文律だというだけのことだ。


「それはもちろんそうなのですが、その……」


「まだ何かあるのですか?」


 だがそんなことはアレンも十分承知しているはずである。


 カインは例外としても、まだまだ子供らしい優しさ、あるいは甘さを捨てきるには至っていないシロウたちと違い、アレンは商人らしい損得勘定をキチンとできる大人なのだ。

 ヒトの生き死にでさえ、算盤勘定が合わなければ理に従って冷静に見捨てることもできる。

 『野晒案山子(スケアクロウ)』の実力を知っているとはいえ、理由もなくそんな愚かな一党(パーティー)の救援を求めるような行動に出るはずがない。

 

 名も知らぬ新人一党(ルーキー・パーティー)が全滅したところで、アレンには得もなければ損もない。


 利害が絡まないのに商人は動いたりしないものだ。


 冒険者一党が全滅したとなればそれなりの騒ぎにはなるだろうが、そういう事件が絶無というわけでもない。

 普通であれば十分対処可能なはずの『月仙人掌(ルナ・サテン)』の生息地域に湧出(ポップ)する魔物(モンスター)であっても、油断があればあっさり命を落とすことになるのが人外と戦うということでもある。

 ましてや新人一党(ルーキー・パーティー)ともなればちょっとした不運や焦り、油断や慢心が綻びを生じさせ、それが最悪のカタチで拡大する事態に陥ることも充分にあり得る。


 それなりの調査は行われたとしても、慢心は冒険者を殺すという少々手厳しい教訓を同業者に刻んで終わりになるのが関の山のはずだ。


 その辺のこともアレンであれば充分に理解しているはず。


 よってカインが、それでも動いた理由をアレンに問うのは当然のことだ。


「その一党(パーティー)は例に漏れず駆け出しでして、その上まだ監督官付きだったのです」


 新人(ルーキー)たちだけで組まれた一党(パーティー)に、冒険者ギルドが教官兼保護者として一定の依頼(クエスト)をこなすまで付けるのが監督官である。

 もっとも冒険者ギルドが立ち上げられた黎明期こそ徹底されていたそのシステムも、昨今ではほとんどまともに機能していないというのが実際のところ。


 にも拘らず最初級の依頼(クエスト)にまで監督官をつけているということはつまり、その新人一党(ルーキー・パーティー)が冒険者ギルドからそれなり以上に大切にされているということを示唆している。


 だが監督官がいたからどうということもない。

 というかその監督官の責務不行き届きだというだけに過ぎない。


 もう少し大事であればまだしも、少々特別扱いを受けている新人たちを救ってまで冒険者ギルドに恩を売らねばならない理由などないのだ、今の『野晒案山子(スケアクロウ)』には。


「あー、もう、みなまで言わなくてもわかったよ。ネモ姉がその監督官ってことか」


 だが言いにくそうに答えるアレンの言葉で、シロウはすべてを理解した。


 カインも呆れたようなため息を一つこぼし、アレンがなぜこんなにも慌てて自分を――状況を打開できる戦力を持った『野晒案山子(スケアクロウ)』がノーグ村に帰還するのを待ちわびていたのか、その理由に納得がいったという表情を浮かべている。


「きつく止めておられたのですが、夜を待つまでの間に――」


「ネモネさんの隙をついて勝手に出発したんですね」


「はい」


「でお人好しのネモ姉は単独で後を追いかけた、と」


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