第040話 『緊急事態』③
普通の村であれば、たまたま近隣で確認された魔物領域から彷徨い出たがゆえに弱ったはぐれ魔物の討伐依頼などもあり得る。
普通の魔物領域であれば、そこに湧出する魔物たちは冒険者が日夜攻略を繰り返している迷宮に湧出するそれよりもずっと弱い。
だから本来その手の依頼は駆け出しから中堅どころのいい稼ぎの対象、ちょっとしたボーナスのようなものだ。
だがノーグ村ではその手の魔物は補足し次第、片っ端から『野晒案山子』が処理しているので、迷宮都市の冒険者ギルドでは「昨今では珍しい平和な村」、もしくはその存在さえ知られていない村でしかない。
実際は現在『迷宮保有国家群』が管理しているいずれの迷宮、遺跡、魔物領域、そのどこよりも強力な魔物が湧出している超が付く危険地帯ではあるのだが。
裏稼業にも通じている者にとっては、『あのハーゲン商会』の会頭がなぜか常駐している薄気味悪い村として知られてもいるのだが。
よってノーグ村に冒険者一党が訪れる理由は、ほぼ一つしかない。
その冒険者一党は迷宮都市の冒険者ギルドで、新人定番の依頼を受けてきたということだ。
あの日ノーグ村を滅ぼしかけた流行病の特効薬。
『月仙人掌』から抽出された成分を基として創られる薬の調合方法を、カインは自分からとはわからぬように一般に公開した。
猛威は去っても完全に病原菌を滅ぼすことなど不可能なこの時代、服用するだけで一旦は根治できる特効薬の需要は当然のことながら高い。
その原材料を取れる『月仙人掌』が、弱い部類とはいえ魔物が湧出する魔物領域にしか自生していないとなれば、冒険者に対する依頼としてはうってつけのものとなる。
迷宮都市から『月仙人掌』の生息地域までが遠く、必要な花が深夜にしか咲かないこともまた、その採集を冒険者に任せなければならない理由の一つだ。
ここ数年はずいぶんと整備が進んでいるとはいえ、所詮は田舎道である。
そこを通ってノーグ村に行くだけでも、野獣などの脅威はもちろん、なによりも野盗という同じヒトこそが最も恐ろしいということを証明する敵が存在するのだから。
それらの問題をほぼほぼ「距離が遠い」だけにしてしまえるのが、駆け出しとはいえ冒険者――『成長』を経た存在というわけだ。
野獣や野盗など超越者たる冒険者の敵ではないし、運悪くはぐれの魔物が出たところで、地上に湧出する魔物程度であれば、駆け出しでも十分対処可能のはずなのだから。
もちろん深夜に『月仙人掌』の生息地域に湧出する魔物も、冒険者養成学部を卒業したばかりの冒険者であっても余裕を持って対処できる程度でしかない。
以上の理由から、『月仙人掌』から特効薬の材料を採取する依頼は、駆け出し冒険者のためにあつらえられたようなものとなっている。
流行病が猛威を振るった直後は、次の災禍に備えて巨大な需要が発生したその依頼も今はずいぶん落ち着いている。
だが薬効を維持できる期間が長いとはいえやはり限界はあり、入れ替えのタイミングが各々保有している組織でずれて発生するため、あまり途切れない初級依頼の定番化しているというわけである。
「全滅するな……」
シロウが断言する。
比較的安全とはいえ数日欠けて往復する必要があり採取は深夜しか不可能なこの依頼は、報酬に対してかかる労力が少々割に合わない。
そんな依頼をわざわざ受けていることそれ自体が、冒険者としては駆け出しであることの証左のようなものだ。
駆け出しを卒業し、それなりに攻略に慣れてきた冒険者一党であれば、もっと高効率な依頼がいくらでもあるのだから。
そんないわば新人が、たとえはぐれとはいえ小鬼――動物的本能に従うだけではなく、乏しいとはいうものの知恵を持つ魔物の群れに勝てる道理などない。
ヴァグラムの黄金迷宮、その地下一階に湧出する牙鼠や一角兎とは、魔物としての格が違うのだ。
迷宮都市の冒険者ギルド、それが定めている階梯でいえば中堅どころ、それも一党が揃っているならば小鬼の数にもよるがなんとか伍することは可能だろう。
「まあよくあることとも言えますね。冒険者稼業はすべてが自己責任です」
心配を呆れ顔で隠しているシロウとは違い、カインは冷徹に切って捨てる。




