第039話 『緊急事態』②
常にノーグ村の周辺で発生する異常を警戒しており、何かあれば真っ先に村長とレアルにその情報を伝えることを旨としている。
そうすることによって得ることができる利益が明確に示されているからこそ、村人たちがそれぞれの立場でできることを緩みなく遂行する警戒網が維持できているというわけだ。
今回だけではなく、過去何度も今回のような異変に逸早く気付き、ノーグ村の安寧に貢献している人物といえるだろう。
よってタブラからの情報はかなり信憑性が高いものだと判断できる。
「また地上に魔物が湧いたのですね……でも村にはさすがに近づいてはこないはずです。何をそんなに慌てて……」
確かに魔物が村の周辺、それも猟師の行動範囲内といういわば近場で確認されたことは充分に脅威ではある。
ただしそれは、ノーグ村が普通の村だった場合だ。
ノーグ村にあるハーゲン商会の支部という名の実質本部の建物には、『水の都トゥー・リア』で湧出する魔物の中でも強力な部類から得られる素材がいくつか常備されている。
斃されたより強い魔物、その死骸の一部ともいえるそれを魔物たちは察知できるらしく、強者の巣と看做したノーグ村に近づくはぐれは今まで発生したことがない。
はぐれ――魔力の濃い魔物領域で湧出した後、本来はその領域にとどまるはずの魔物が、ごく稀に他の地域へと彷徨い出る個体のことである。
それぞれの魔物が持つ特徴的な『魔導器官』から魔力を吸収しているが故に、魔物は魔物としての強さを維持できている。
よってはぐれ魔物は弱体化しているのが常である。
シロウたち『野晒案山子』という巨大戦力が存在するノーグ村においては、地上の魔物領域に湧出するような魔物、それもはぐれなど、今となっては脅威とはなり得ない。
ただしそれは『水の都トゥー・リア』に湧出する魔物を日々殲滅し、『迷宮保持国家群』御自慢の特殊兵団や上級冒険者たちなど及びもつかぬ『成長』を繰り返している、シロウたちなればこその評価である。
基本的には地下に存在する迷宮や遺跡よりも、地上に存在する魔物領域に湧出する魔物の方が弱いことが常識とされてはいる。
だが魔力が濃い地域が散在する|シュタインアルク辺境領の魔物領域に湧出する魔物は、『迷宮保持国家群』が管理運営している迷宮のそれよりもずっと強力であることも多いのは確かだ。
『野晒案山子』の戦力によってさっさと始末せず、うっかり迷宮都市の冒険者ギルドに討伐依頼などが出た日には大騒ぎになることは疑いえない。
間違いなく発生する、依頼を引き受けた冒険者たちが被る被害――まず間違いなく全滅する――から、ノーグ村を含めたシュタインアルク辺境領が悪目立ちすることになるのは火を見るよりも明らかだ。
ゆえにシロウとカインはその手の情報が入った場合、最優先で殲滅することにしている。
それにしたってそれだけのことで、レアルが慌てるほどの事態だとカインには思えない。
レアルはカインのみならず、『野晒案山子』の本当の力を一部とはいえ知っている立場であるし、ある部分についてはその党首であるシロウよりも詳しい人物でもあるからだ。
しかもその情報が入ったのが今日であるならば、その被害が迷宮都市周辺にまで及び、冒険者ギルドに依頼が出される、もしくは正式任務が発効されるまでも充分な余裕を持っているとみていいだろう。
小鬼程度ではノーグ村に一定以上近寄ることさえできないのは前述のとおりなのだし。
「それが今日昼過ぎに迷宮都市から冒険者一党が村に到着しまして……」
「ああ、『月仙人掌』の採集依頼か」
「その方々がタブラ様の話を偶然聞かれたのです」
「なるほどね。それで自分たちが討伐すると言い出した、と」
「左様です」
主の当然の疑問に、素早くレアルが答える。
ノーグ村から最も近い城塞級都市はヴァグラムだが、ヴァグラムからすればノーグ村は辺境方向に最も遠い、取るに足らない村といっても差し支えない。
そんなところへ冒険者一党が訪れるとなれば、その理由はそんなに多くはない。




