第037話 『嚆矢濫觴』⑧
「……君が僕にそんなことをしてくれる……理由が思いつかないな……」
「村長やその後継者が死んでしまったら、村が困るだろ」
「ははは、なるほど」
仲が良くなかったことなどお互い承知している。
カインであれば、シロウたちが自分を嫌っていたこと程度わかっているだろう。
苦しそうでありながら、どこかおかしそうにそう言うカインに対して、シロウはなぜか照れくさくて、そっけなくそう答える。
別に嘘でもないから別にいいだろう。
「これを……あげる。僕には無理だったけど、君なら……たぶん使える」
「これって……」
入ろうとの会話でどこか吹っ切れたような表情を浮かべたカインが、一目で高価だとわかる武器を大きな棚から取り出してソルへと渡す。
己が望んだものでありながら、あまりにもあっさりノーグ村には似つかわしくないそれを渡されたことに動揺するシロウ。
「シロウ」
だがそのシロウの腕をつかみ、強い意志を宿した瞳で見つめながらカインが言う。
「僕は死にたくない。村の人たちにも死んでほしくない。だけどそんなことはもう不可能で、神に祈ったってどうにもならないことくらい理解できている」
おためごかしなどない、冷徹な現状把握。
シロウが最も聞きたくない、だが聞かなかったところで揺るぎようのない事実を。
「でも今の僕には不可能でも、シロウならできるかもしれない。それを使えばね」
その上で希望を告げる。
今シロウが渡されたとんでもない武器たちを使えば、奇跡すらも起こせるかもしれないと。
「どうして……」
「君は先祖返りなんだよ、シロウ。その真っ黒の瞳で分かりにくいけど、君のその眼は竜眼――『魔導器官』だよ」
確かにとんでもない武器だとは思うが、シロウは素人でその上子供だ。
すごい武器を持っていても、やはり熊に敵うはずなどなく殺されるのが順当といっていいはずだ。
だがそうはならない根拠をカインがシロウに伝える。
今のシロウには、なに一つカインが言っていることを理解できなくても。
「まちがいない」
固唾を呑んで何も言えなくなっているシロウを、安心させるような笑みを浮かべてカインが保証する。
「だからこんな状況になっても君だけが無事なんだ。ノーグ村周辺一帯はここ数年、薄いとはいえ魔力が存在している」
「なんでそんなことを――」
「こうなってはじめて、いろいろ思い出してね。まあそのあたりは……もしも助かったら詳しく話すよ」
それにくわえてより意味の分からないことを言いだすカイン。
それに対するシロウの疑問は当然とも言えるが、確かにカインのいうとおり、今はそんなことを話している場合でないことも確かだ。
「あと熊なんか狩っても、この流行病には効きはしない。精をつけるっていう点ではなくもない選択だけどね」
そしてカインは、ソルが今からするべきことを明示する。
あるいはこの時こそが、党首と副官という在り方が固定された瞬間だったのかもしれない。
「マリネリス大峡谷へ行って。そこに深夜にだけ咲く『月仙人掌』の花を取ってきてくれ。あの大きなサボテンだよ。その花から今の僕ならこの流行病の特効薬を作れる。君の好きな冒険者ギルドの依頼みたいで、燃えるでしょ?」
「その場所って……」
子供とは思えない自信と、それがハッタリなどではないとわかる知識の裏付け。
それを以てカインは、シロウへこれ以上ない具体的な指示を出している。
だがその場所は熊程度では済まない、とんでもなく危険な野獣たちが跋扈している禁忌領域でもある。
「そのためのそいつらと、君の『魔導器官』だよ。たとえ僕が元気でも、夜のマリネリス大峡谷へなんか行けはしない」
だがシロウの竜眼――魔導器官と、自分の渡した武器があれば、どうにでもなるとカインは確信しているのだ。
「頼む」
だがシロウが覚悟を決められなければ、すべては終わる。
だからカインは心の底から真剣にシロウへ懇願しているのだ。
「花一つで数人分の特効薬は作れる。つくった薬を誰から与えるかは君が決めればいい。だけどおそらく今夜中に必要なだけの花を集めることさえできれば、おそらく犠牲者を出さなくて済む」
「――わかった」
カインがなにを言っているのかほとんど理解できない。
それにマリネリス大峡谷は「すぐそこ」などではなくかなり遠い。
それ以前に夜のマリネリス大峡谷など危険すぎる。
正直、熊を相手するよりもずっと怖い。
だが自分の命を懸けるので、あれば誤差だとも言える。
なにより自分がやれさえすれば、カインはみなが助かると言っているのだ。
いや皆など二の次だ、シェリルが確実に助かるのであればやるしかない。
だからシロウは当然のこととして肚を括った。
「もしも、この絶望的な状況を君がなんとかしてくれたら……」
そんなシロウの様子をどこか羨ましそうに眺めながら、苦痛を堪えているカインがシロウに誓いを立てる。
「僕は君の忠実な部下として、この生涯を捧げるよ」
「いらないよ、そんなの。重い」
だがそんな宣誓を、シロウはすげなく断ってみせた。
「友達になってくれれば、それでいいよ」
「僕でよければ」
だが今夜を乗り切れば、友達になれると――なりたいと思ったのでそう告げた。
それをカインは嬉しそうに了承する。
「じゃあ、行ってくる!」
だからシロウは少しだけ恐怖を忘れて、マリネリス大峡谷へ向かって走り出す。
この時からシロウたち『野晒案山子』の冒険がはじまり――大魔導時代が再起動する嚆矢濫觴となったのである。
『内在魔力接続開始。魔導器官を確認、すべての魔導武装と連結します。以後本人及び党員のみ使用可能に固定。起動状態へ移行開始』




