第025話 『鬼が嗤う話』②
ちなみになぜ来年なのかといえば、年少組――シェリルとヴァンの二人が12歳になるからだ。
迷宮都市にある王立学院分校へは、一定以上の知識とお金があれば12歳から入学することが可能になる。
王立学院。
その名の示すとおり、シロウたちが属するエメリア王国が管理運営している教育・育成機関である。
学部は複数に分かれており、王都にある中央校では王族、貴族の子弟だけで形成されている学部といった特殊なものもある。
貴族の子弟は寮に入ってでも王都の中央校へ通うことが求められる社会的地位となるため、迷宮都市の分校にそれにあたる学部はない。
ちなみに中央校の入学試験に合格できないことは、貴族家に生まれた子供たちにとって自身の家名に泥を塗ることと同義なので、みなそれなりに必死である。
特に同世代に王子や王女がいる場合、己の子供が同期生として王族と誼を持てる機会をみすみす見逃す貴族などいるはずもない。
自身の家名、その血の優秀さを将来は国の中枢に位置することが約束されている方々に示すことを期待されるのは自然な流れである。
貴顕の子弟というのも、それなりに大変ではあるのだ。
市井の子供たちに比べて、恵まれていることには違いはないとはいえ。
もっとも貴族に恥をかかせるわけにはいかないという忖度から、中央校にしか存在しない統治学部の入学試験がなんだかんだ言って試験を受けさえすれば、よほど問題がない限り合格するようになってきているのも昨今の事実である。
それが同じ学部でありながら深刻な力の乖離を生み出す原因となり、問題視され始めてもいる。
国を統べる者、それを支える立場の家の血を継き、幼い頃から英才教育を受けている者と、多くは甘やかされて育った一般貴族の子供が同じ学部に所属する以上、その能力にかなりの差が生まれるのは言えば当然のことではあるのだが。
現在エメリア王国の第二王子が一年生として在校しており、来年は第三王女が入学してくることになっている中央校の教師陣は頭の痛いことだろう。
だが今のところ、中央校へ入学する予定のないシロウたちには関係のないことである。
シロウたちが来年度に入学予定である分校――迷宮都市であるヴァグラム校にあるのは三学部のみ。
一つは城塞都市に家を構えられるような富裕層の子供たちが通う一般学部。
もう一つは城塞都市ゆえに数多ある商人の子供たちが通う商学部。
ちなみに商学部は商人の子供たちだけではなく、将来商人となることを志す者たちが目指す学部でもあり、迷宮都市や近隣の村からもそれなりの金をもった家の子供が入学したりもする。
最後の一つは迷宮都市にある分校には必ず存在する学部――冒険者養成学部。
シロウたち『野晒案山子』が入学を予定しているのはもちろんそこである。
ここ数十年で重要経済拠点と看做されるようになった、迷宮をはじめとする魔力が再び満ちつつある場所と、そこから得ることが可能なあらゆる資源。
今や世界規模で無視できない経済要素となっている迷宮を、ヒトにとって有用に機能させるのは『冒険者』と呼ばれる者たちである。
彼らがいなければ、迷宮など危険な魔物が徘徊する警戒対象地域でしかない。
いやそれ以上に、ヒトを滅ぼす始まりの場所にさえなる可能性もある。
現在進行形で本質的にはそのとおりとも言えるのだが、現代のヒトの多くはその事実から目を背けている。
最初期は未知の領域とされた迷宮、遺跡、魔物領域へ踏み入り、そこから生きて得たあらゆるものを持ち帰ることが可能な者を指して険きを冒す者――冒険者と呼び、それがそのまま定着した呼び名。
現在では彼らを統括する組織も『冒険者ギルド』の名称が正式に定められている。
今や冒険者は国家にとって、簡単に失うわけにはいかない希少で貴重な人的資源なのである。
『魔石』をはじめとした、魔力の存在する場所からしか得ることのできない様々な資源をヒトの世界に持ち帰ることが可能な、大切な道具。
彼らがいなければ、せっかくの迷宮も宝の持ち腐れ。
幸運にも領内に迷宮を抱える自国が、『迷宮保有国家群』に名を連ねておくためにも絶対に必要な存在。
国の上層部がそう認識すれば、その扱いは当然変化する。
迷宮が発見され、その有益性が確認され始めた頃のように、うっかり死なれては国として困るのだ。
エメリア王国のような小国ともなればなおのことである。
まっとうな軍事力では隣接する大国とは勝負にもならず、冒険者をはじめとした特殊戦力を投入してもその差を覆すことは不可能だ。
『迷宮保持国家群』に所属し、その圧倒的武力と経済力の傘に守られているからこそ、小国でありながら他国と伍することができているのだから。




