第024話 『鬼が嗤う話』①
「まあこれ以上お金を持ったところで……ねぇ」
「使い道もない、よね?」
ちょっと困り顔のフィアとシェリルの言葉は本音のところだろう。
とはいえそれが恵まれすぎている状況なのだと自覚しているからこそ、そんな表情も浮かぶ。
だが女性陣が言っているのは持つ者の驕りだとか、そういうある意味わかりやすいことではない。
お金でできることを一通りやった上、その維持も可能となればそれ以上のお金はただ溜まってゆくだけだ。
もちろんカインはその余剰資金を有効活用してはいるが、フィアやシェリルがそんなことを知るはずもない。
ノーグ村生まれ、ノーグ村育ちのフィアとシェリルである。
近い年齢はだいたい友達どころか、顔と名前が一致しない村人など一人もいはしない。
そんな二人には村のみんなが一生懸命に、それなりに幸せそうに生きていけている現状、それ以上というモノがいまいち想像できないだけなのだ。
王都や迷宮都市で流行しているお洒落な服類や装飾品の類なども手に入れることは可能だし、実際何度か……いや結構な量を購入してみてもいる。
だがそれを見せたい男どもがまだお子様となれば、収集者魂でも持ち合わせていない限り無制限に欲しくなるような代物でもない。
大体そんなお洒落とやらをしたところで、ノーグ村周辺のどこへ行けというのだ、という話でもある。
最先端のドレスに身を包んで、猪をぶん殴っても仕方がない。
そのわりには迷宮攻略時、つまりたった今も彼女たちが身に付けている『衣装』はかなり手の込んだものに仕上げられている。
だがそれは女性陣ではなく、首脳陣の意向によるところが大きい。
シロウとカインにとって、彼らの思う『冒険者らしさ』を堅持することは必須なのだ。
それがどれだけ今現在の冒険者たちの標準とかけ離れてはいても。
少々恥ずかしかろうが、それに反対する女性陣でもない。
わりと素直に、実は内心結構喜んで身に着けているのだが、その本音を見抜かれるのは少々以上に恥ずかしいので口では悪態をついていたりはする。
ちなみに男性陣の『衣装』も女性陣にとって陰できゃあきゃあいうには充分な仕上がりだったりするので、都会で流行っているお洒落に反応が鈍いのはそのためもあるかもしれない。
食べ物については飢えないことはもちろん、本来寒村で入手できるはずもない高価なお菓子類なども大変嬉しく、ありがたい。
とはいえ四六時中食べたいものでもなければ、乙女には食べすぎという大きな問題もある。
要は生まれと育ち、経験から11、12歳にしてある程度「足るを知っている」フィアやシェリルにとって、今のところ浪費や飽食に対する憧れよりも忌避感の方が強いのだ。
それらに加えて一番肝心な『野晒案山子』の迷宮攻略活動に必要な物資が最優先で最良のものが揃えられている現状、「お金はあるに越したことはないけど、そんなにあってもなあ……」というのは正直なところなのだ。
「来年、迷宮都市へ出た時のために貯めておくくらいですね」
そのあたりのこともわかった上で、お金というモノを『野晒案山子』の中では最も理解しているカインが笑う。
カインの言葉通り、年が明ければ『野晒案山』の党員は全員、村を出る予定となっている。
直近の迷宮都市であるヴァグラムにその拠点を移し、ギルドに登録をして『冒険者』としての活動を、日課である『水の都トゥー・リア』攻略と並行して開始する計画なのだ。
確かに迷宮都市に拠点を移せば、ノーグ村など比べものにならないくらい、お金の使い道は数多く存在する。
今現在カインが管理している『野晒案山』の資金力はそういう域を遥かに超越しているとはいえ、欲しくなった売り物を即座に手に入れられるという贅沢は、度を越さなければ楽しいものでもある。
シロウとヴァン、それにカインの男性陣は、街へ出れば一度はフィアとシェリル、二人の女性陣をお姫様扱いする予定を立てている。
男にとってもそういうのは、一つの夢の形でもあるのだ。
カインに言わせれば、田舎者よと舐められないようにするには悪くない手らしい。
一度舐められてからそれをひっくり返すのが「お約束」とのことだが、そこらあたりは臨機応変に、ということで拘るつもりはないとのこと。ただ「金貨では足りませんか?」は一度言ってみたい台詞だとのことらしい。
シロウは笑っていたが、ヴァンにはやはりなにを言っているのか理解できなかった。
必要以上に目立たないというのは確かに必要だが、それにはメリハリも必要だとカインは考えている。
どうしたって周りとは違う『野晒案山』の本質――人間離れした戦闘能力と思考速度を隠すには、田舎金持ちの放蕩息子たちと認識されるというのは悪くない。
実力者にとっては侮られることにメリットこそあれ、デメリットなどないに等しい。
的を射ていない蔑みなど内心の冷笑を生むだけで、心に傷を受けることなどありえないのだから。




