第022話 『力と金』②
「明日からも……周回は続ける?」
いつもどおりの帰還ムーブに入った仲間たちに対して、珍しく不安げな表情をしたヴァンが問いかける。
無言が常態であるヴァンが、自分から言葉を発するのは本当に珍しい。
ちなみに『周回』という言い回しは、最初にシロウが言い出したものだ。
『開かずの扉』の向こう側へいつまでたっても行くことができず、日々再湧出する魔物を狩りつくしては扉に魔力を注ぐ。
シロウ曰く、そんな日課を繰り返す自分たちを少々皮肉った言い方――であるらしい。
他にも『滑車を回す』とか、『開くまで回す地獄のマラソン』とか、シロウとカイン以外にはよくわからない独特の表現を使うことも多い。
戦闘開始時にたまに交わされる「強さは?」→「トラ」→「おけ」などというやり取りにどんな意味があるのかなど、シロウとカイン以外にわかるはずもない。
戦闘が終了した際に「死者出ませんでした」とか言って笑われてもついて行けない。
シェリルやフィアとともに首を傾げているというのがヴァンの正直なところだが、『野晒案山子』のトップ二人はことのほかそういう言い回しを気に入っているようだ。
今のは上手いだの、さっきのはちょっとズレてるだの、二人で嬉しそうに言い合っているところを稀によく見かける。
二人のそういうところを目にすると、表情や態度に出さないままになぜかシェリルとフィアの機嫌が急速に低気圧化するので、ヴァンは正直ひやひやさせられるのではあるが。
そのヴァンはといえば、そういうシロウと馬鹿なことを言い合っている時のカインは、本当に年相応の少年のように見えてちょっと安心する。
通常時のカインはあまりにも大人っぽすぎて、自分とたった一つしか年が離れていないという事実を忘れそうになる。
ヴァンが知る――あの日からはノーグ村だけではなく、迷宮都市までを含めたどんな大人たちよりも、ずっと大人だと感じるのだ。
ヴァンからすれば党首であるシロウも充分以上に大人にみえるが、どこかそうあるように背伸びしているように見えることもある。
だけどカインの場合は、なぜか逆に感じることすらあるのだ。
まるで本物の大人、いやそれどころではないナニモノかが、子供のフリをしているような――
一度遠回しにそういうと、「ヴァンにだけは言われたくないですね」と笑いながら言われた。
確かに見た目だけでいうのであれば、『野晒案山子』党員の中で、ヴァンこそが最も大人にみられるというのは間違いない事実だ。
ヴァンはもともと、他人よりも躰が大きい子供ではあった。
だが『野晒案山子』の党員として『成長』を繰り返すようになってからは、それが一層顕著――というよりも「常軌を逸している」と表現するべき域になっている。
黙ってさえいれば、迷宮都市の冒険者ギルドを一人で訪れてもからかわれるどころか、他所の迷宮都市から高名な冒険者でも移籍してきたのかと警戒されるほど、ただ大きいだけではなく威と圧を伴った躰に仕上がっているのだ。
そんな形こそしてはいるが、ヴァン本人としては『野晒案山子』の中で一番子供なのは自分だと思っている。
カインやシロウ、ああ見えて一つお姉さんであるフィアは言うまでもなく、同じ歳であるシェリルだって自分よりずっと大人だと思う。
みんな自分のやりたいこと、在り方をキチンと持って『野晒案山子』の党員となっているのが、ヴァンの眼から見てもわかるから。
もちろんヴァンにだって、そういうのがないわけじゃない。
あの日を経験した者は、大人も子供もなくそうなってしまうのは避けられないことだと思うのだ。
ただ実際は子供であるべき年齢でありながら、その一部とはいえ強制的に大人であることを強いられるのというのは、ある意味においては不幸なことだともいえるのかもしれない。
そういう意味ではヴァンが自分を子供だと思う根拠。
『野晒案山子』の一員である理由の最大が、楽しいから――大好きなお兄さんやお姉さん、実はちょっとつかみどころがないと思っている同い年の友達と一緒に冒険できるから――というのは確かに子供っぽいといえるもので、それゆえに幸せの一つのカタチともいえるかもしれない。
大人は大人であるがゆえに、大人なことが言えない場合もあるものなのだ。
「ただ楽しいから」よりも「それらしい大仰な理由」の方が上だなどと、なぜか思ってしまいがちにもなる。
だが子供は子供ゆえに忌憚なく持てる実は大人な視点をこそ、子供っぽいと捉えてしまうものでもある。
だからカインに笑ってそう言われてしまえば『身体は大人、中身は子供』の自覚があるヴァンは、内心で赤面してそれ以上言及できなくなってしまうのだ。
その時のカインの笑顔が時折カインがシロウに見せる、素でありながら最も大人にも見えるものとなればなおさらである。
子供らしい勘の良さが、自分が今はぐらかされたのだと言うことを告げてはいても。
とにかくヴァンにしてみれば、どのような理由があるにせよこの楽しい非日常な日常が終わってしまうことが嫌――怖いのだ。
「特に事情がなければね」
だから苦笑いでのカインの即答に、心の底からほっとした表情を浮かべる。
「ヴァンも好きよね、周回」などとフィアに笑われるのはいつものことなので気にしない。
実はヴァン以上にほっとした表情――には浮かべてはいないが、そんな気配を出しているシェリルはちょっとズルいとは思うのだが。
それにカインがこういう言い方をするということは、事情とやらもある程度想定した上なのだということは間違いない。
つまりよほどのことがなければ、明日からもこの非日常な日常は続くのだ。
今日の大きな変化を警戒して、様子見ないしはお終いにはならない。
それさえわかればヴァンにとってはもう充分。
自覚はないとはいえ、滅多には見せない笑顔も浮かぼうというモノである。
無意識であろうその表情を見ているヴァン以外のメンバーがみな微笑ましそうにしているあたり、自分が一番子供だという自己分析はあながち外れているというわけでもないのだろう。
「しかし扉に充填する必要がなくなったら、『魔石』めちゃくちゃ余るよな」
『転移魔法陣』へと移動を開始しながら、明日からも周回が続くという前提でシロウが至極当然のことを口にする。




