第019話 『強くなるべき理由』②
「もしかしたら……両方?」
「ありえるね」
シロウとカインの表情からその可能性を読み取って口にしたシェリルに、シロウが破顔する。
シロウに笑顔を浮かばせたことで、それ以上にシェリルは嬉しそうである。
いやわろてる場合か! とフィアは内心で突っ込むがなんとか表に出さずに抑え込む。
こればかりは普段無口無表情が常であるヴァンも同じとみえて、珍しく若干引いた表情を浮かべている。
確かにシェリルの言うパターンは、最悪の場合のみよりはいくらかマシかもしれない。
だが最悪の場合とは、大魔導期の最盛期に魔法を消失させることができた化け物が、『野晒案山子』を敵と認定して消しにかかってくるということだ。
現代においては突出した戦闘力を持っているという自負もあるフィアとヴァンではあるが、それが大魔導期の魔法使いたちを凌駕していると思いあがることなどできない程度の知識はすでに持っている。
シロウとカインという常軌を逸した域での魔法大好き少年たちと、年単位で付き合っていれば嫌でもそうなる。
それに魔導武装頼りとはいえ、フィアもヴァンも今では『魔法使い』の端くれ――魔力を行使して戦う力を持った者でもある。
大魔導期には今よりずっと多くいたはずの本場、本物ともいえる魔法使いたちが束になっても、『魔法』が失われることを止め得なかった相手。
神話や伝説をシロウやカインが紐解き、それらが御伽噺ではなく実在する魔法として認識すれば、当時のそれはあまりにもとんでもなさすぎる。
そんな世界を終わらせた存在など、それが神様、あるいは悪魔でしたと言われても充分納得できる。
そんな存在が敵になる可能性を知りつつ、笑える強さがある意味羨ましい。
より重要なのは、最良の場合――とりあえずは味方といってもいい存在であっても、当時その神様だか悪魔だかには勝てなかったということだ。
大魔導期が一度は終焉を迎えたのが、そのなによりの証左となる。
望まずして『魔法』が失われることを止めることができず、その復活を一縷の望みとして不確定な未来に賭けるしかなかったということなのだから。
つまりシェリルの想定した場合であっても、『野晒案山子』にとっては相当分が悪い。
当時勝てなかった相手に勝てるほど、現代の追加戦力はまだ頼りにならない。
敵となる存在が味方に対してそこまで圧倒的な力の差を持っていなかったとしても、今の『野晒案山子』だけではなく、迷宮、遺跡、魔物領域で幾度かの『成長』を経た程度の現代人など、無いも同じと考えた方がいい。
いやそれどころか、下手をすれば『魔法』の再起動を望む勢力にとって、護るべき足枷となる可能性すら捨てきれない。
というよりもそうなることの方が現実的だろう。
最悪の場合のみの場合は言わずもがな、双方の場合であったとしても事態は深刻とみるしかない。
最良の場合――『魔法』の再起動を寿ぐ味方へ、自分たちの存在が伝わったのみであることを祈ることくらいしか、今のフィアとヴァンに出来ることはない。
「ですが、そのどちらであったとしても……」
こちらはシロウやシェリルとは違い、少し困ったような笑顔でカインが続ける。
フィアやヴァンの内心を理解してくれているらしいカインは苦笑い気味ではあれど、一方でシロウの気持ちもよくわかっているらしい。
いやそれはフィアとて同じではあるのだが、なんとういうかもう少しこう、慎重というかなんというか……確かに今更の話ではあるのだが。
「魔法の研究が進むことだけは確かだ!」
「ですね」
カインの言葉に我が意を得たりとばかりに、シロウは拳を握り締める。
確かにシロウは『開け胡麻』が成らなかったことには落胆した。
だが局面が次の段階に進んだことは間違いない。
危険を伴う可能性は百も承知だが、本来の自分たちであれば一生をその探求に費やしたとて、その裾さえつかむことさえ叶わなかったであろう『魔法』の秘密。
その真実にどうあれまた一歩近づけた、ということもまたできるのだ。
あれだけの仕掛けが起動して、何も起こらない、何も変わらないなどということはまずありえないであろうから。
先にカインが言ったとおり、これは変化の嚆矢なのだ。
それをシロウは純粋に喜んでいる。
シロウの喜びは自分の喜び以上に嬉しいシェリルもそれは同じ。
伴う危険を憂慮しつつも、カインもまた根っこの部分では魔法バカと同じということだろう。
「……あっきれた」
そう言ってため息をついて見せるフィアとて、不安も恐れもあっても基本はそう変わるものではない。
もしもシロウやカインが危険の可能性にだけ反応して、これ以上先へ進むことに尻込みするような態度を見せていれば、正直なところ落胆しただろう。
我ながら勝手なものだと思わなくもないが。
それでもまあ、組織――仲間の中には旗振り役も必要であれば、分析係も、常にフラットな立ち位置の者だって必要だろう。
そういう意味では自分はおそらくビビり役――否定的な意見やブレーキを踏むことを、それなりに強い言葉で表明するのが似合いだと思う。
嫌われ者の役回りということもできるかもしれないが、『野晒案山子』という組織をフィアはこう見えてなによりも信頼している。
自分は具体性を欠くようなことしか言えなくても、ビビっている者もいるんですよという表明をできればまずはそれで充分。
どういい方を取り繕っても、少なくともカインにはその本音が筒抜けになることは疑う余地すらないのだ。




