第009話 『巨大遺跡の開かずの扉』④
だがその繰り返しを無駄だと思わずに済んだのは、周期が長くなり続けるとはいえ時に訪れる自身の『成長』と、たとえ千里の道であっても、一歩一歩とはいえ進んでいると実感できるある要素ゆえである。
進捗状況とでもいうべきものを、その扉は可視化してくれているのだ。
もっともそれは扉というよりも、聳え立つ壁といった方が正しい。
表面には苔や土泥、伸びた樹木の根や草を纏っているとはいえ、ここまで渡ってきた空中回廊と比べても数千年にわたる時の浸食をほとんど受けていないようにしか見えない、明確な人工物。
その表面にはシロウが魔法を行使する際に現出する積層魔法陣に酷似している巨大な文様が刻まれ、緩やかな鼓動のようにゆっくりと明滅を繰り返している。
先のシロウたちの一連の会話は、その壁とも扉ともいえない、今その目の前に到着した巨大な遮蔽物――『開かずの扉』についてだ。
もちろん最初は物理的に排除、もしくは人が通れる程度の穴をあけることが可能かどうかを試している。
その際に最も有効な手段と看做されるのは当然、この場に湧出する最強級の魔物であっても一撃で消し飛ばすシロウの『魔法』だ。
革で装丁された『魔導書』のカタチをした魔導武装、その中でも最大の攻撃力を誇る頁である『雷槍』を叩きこんでみるのはまず誰でも思いつく選択肢だった。
だが『野晒案山子』が誇る最強の力――『魔法』を以てしても、その壁には小傷一つ刻むこともできなかったのだ。
念のために次善の策としてカインの剣、ヴァンの拳、果てはシェリルの盾突撃やフィアによる回復魔法をかけてみたりもしたものだ。
結果、上位の魔物すら屠り去るそれらの力であっても、堅牢を誇る扉には全く通用しないという変わらぬ結果に終わる。
だが変化はあった。
破壊はおろか傷一つつけることができなかった代わりというわけでもなかろうが、巨大な扉の表面にそれにふさわしい大きさの魔法陣が浮き上がったのだ。
そしてそれは魔法や武技を叩き込むごとに光度と範囲を拡大し、緩やかに明滅を始めた。
何度もの試行錯誤の果て、どうやら魔法や武技を成立させている根源――すなわち『魔力』を吸収しているのであろうという推論にたどり着く。
これは攻撃である魔法や武技であっても、フィアの使う治癒術であっても同じような反応を返したことから、シロウとカインが導き出したとりあえずの推論である。
そしてそれはわざわざ魔法や武技を経て叩き込まなくとも、魔物からとれる魔石から直接注ぎ込むことが可能だということもすぐに判明した。
これによって最初は何の役に立つかわからなかった、魔物からとれる美しい石がどういう代物なのかを理解することもできたのだ。
シロウとカインの二人はもちろん力としての魔法、武技、それらを成立させる魔力を利用して戦う戦士でもあるが、古のヒトが作り上げた逸失技術としての魔法体系を研究する研究者でもある。
今は魔導武装に頼りきりの状況であるにしても、失われた力である『魔法』に関しての試行錯誤は、世に溢れるありとあらゆる娯楽をしのぐ愉悦なのだ。
少なくともシロウとカイン、その二人にとっては。
魔力が鍵代わりだということがわかれば、鍵となるまで必要な量を注ぎ込めばよい。
この場所においては大気に満ちているはずの『外在魔力』を直接吸収するのではなく、魔法や武技、もしくは入手した魔石を消費することでしか充填できないカラクリもまた、ヒトの制御下にある魔力こそが鍵であるという確信を持つに至るには充分であった。
ある程度以上理論立った推論があり、それを実証するためとなれば地道な繰り返しを厭うような研究者などいはしない。
その上繰り返すたびに強くもなれ、慣れれば戦闘行為そのものに内在する爽快感も楽しめるとなればなおさら苦にはならない。
注いだ魔力に応じて、巨大な壁を覆うほどに広がり、ゆっくりとはいえ力強い脈動を繰り返すようになることで、自分たちの進捗具合を確認できることもよかった。
そうしてここ数年の長い期間、いつか必ず来る『ひらけ胡麻』の日を目標として攻略を繰り返してきた。
その過程で幾度かの『成長』を遂げた結果、シロウたち『野晒案山子』の党員たちは、平均的なヒトから逸脱した戦闘力をはじめとした各種能力を身に付けている。
シロウたちの人並外れて整った容姿もそのうちの一つ。
ヒトという種の本質的成長階段をいくつも登った個体は、容姿までもがその能力にふさわしく変じるのだ。
長年の繰り返しの間に、明滅する魔法陣の中央に浮かぶ中心円が少しずついっぱいになっていっており、前回それが満ちたと見えたが故に、『野晒案山子』の党員全員が今日こそ開くと期待していたのだ。
だが結果は今までの彼らの会話のとおりである。
であれば今回、いっぱいに見えて僅かに足りなかったかもしれない最後の魔力を注ぐことによって、ついに扉が開かれることを期待するなというほうが無理というモノだろう。




