第五十四話
女神様の言葉が届いたように、皆が一斉に目を覚ます。
共に戦ってくれた仲間達も身体を起こし始めた。
「っ、ここは、城下……?」
ヴィオラ様が口にしたのと同時に、王太子殿下が慌てたようにヴィオラ様の身体を支える。
「ヴィオラ、身体は!?」
「安心して。大丈夫、眠らされただけだわ」
「そうか、良かった……」
ヴィオラ様の言葉に私も安堵しながらエリアスを見上げると視線が合って。
その間にも、空が虹色に輝き女神様の包み込むような温かい声が響く。
『突然この場所に集められて驚いたわよね。
でも、安心して。私があなた達をどうにかしようと思っているわけではないから。
むしろ、その逆。私はあなた達人間の味方。
そして私の名は、花の女神・フルール。神々を代表して、私がお話しさせていただくわ』
花の女神の言葉に、目を覚ました人々は口々に戸惑いの声を上げる。
「花の女神……!?」
「神が私達に話を?」
「本物なのか?」
「でも、こんな不思議な空の色を……、力を今まで見たことがない……」
(人々が混乱している……。自分が神だということを名乗ってまで、女神様は一体何をなさろうとしているの?)
戸惑いながらも見たことのない幻想的な色の空を見上げ、話の続きを待っていると、女神様は言葉を発した。
『あなた方は魔物を、“悪”や“敵”として今まで排除の対象としてきた。
それは他ならない、あなた方の知らない古い歴史があるから。
……時代と共に変化し、失われてしまった歴史。
その真実を、今からあなた方にお話するわ』
そう言った女神様は、私とエリアスが天界で教わった“創世記”と同じ内容を誦じる。
そうして、聞き終えた人々に動揺が走った。
「かつて世界は、人間と魔物が共存していた……?」
「つまり、魔物達と一緒に住んでいたということか!?」
「そんな話、聞いたことがないわ……」
ざわめく人々の言葉は女神様にも届いているらしく、女神様は言葉を発した。
『そう、真実は全て時代と共に風化し、そして魔物は“悪”と決めつけられてしまった。
その結果、あなた方は魔物達の姿が視えなくなった。
でもそれは、決してあなた方に魔力がないからでも、魔物達が姿を視えないようにしたわけでもない。
本当は視えているのに、恐れから顔を背け彼らを視ないようにしているのは、他ならない自分自身……』
女神様の言葉の後に刹那、黒い靄が現れる。
それが魔物達のものであることを一目で分かった私達は一瞬身構えるけれど、その筆頭に一人の人物が立っているのを見かけ、エリアスと二人で「あっ」と思わず声を上げる。
フードを目深に被った人の瞳がこちらに向き、人差し指に口を当てたその姿は、先程お会いした魔王であるノア様だった。
ノア様は女神様の言葉を引き継ぐように言葉を発する。
「ボクは、魔界で魔物達を管理している神のノア。
……皆、ボクの後ろにいる魔物達をよく視て。
本当に、あなた達には魔物の姿が視えない?」
ノア様に対して応えたのは、平民の子供達だった。
「うん! みえるよ!」
「可愛いワンちゃんとかネコちゃんとかいっぱい!」
「真っ黒で可愛い!」
子供達の言葉に青い顔をする大人達を見て、ノア様は「そうだよね」と頷く。
「子供達にはやっぱり視えているんだよね。
だって彼らは、魔物達を“恐れる”という概念がないから。
そんな子供達が成長して、大人になって視えなくなってしまうのは、大人達が怖いものだと決めつけ、視えてはいけないものだと教えこんでしまうから。“恐れ”を、意図的に植え付けてしまっているから」
「「「…………」」」
ノア様の口から静かに語られる言葉に、その場がシンと静まり返る。
ノア様はその反応を見て柔らかな口調で諭す。
「安心して。怒っていないよ。誰だって怖いよね。
人間や動物とは違う見た目をしていて、夜になると見えないところで暴れ回るなんて。
……でも、どうか彼らを怖がらないで。目を背けないであげてほしいんだ。
だって彼らは、以前はキミ達と同じ仲間だったのだから」
ノア様はそういうと、木で出来た杖を取り出し宣言する。
「今からそれを、証明してみせるね」
ノア様が杖を高らかに掲げ、何かを呟く。
すると、魔物達の姿が小動物の見た目から姿を変え始める。
驚いている間に、天からもまた金色の光が温かく降り注いで……、姿を現したのは。
「っ!? 人間……!?」
「まさか……!」
私とエリアスはハッと息を呑む。
ノア様の耳にも私達の声が届いたようで頷き、告げた。
「そう。魔物達はなにも、キミ達を傷つけたくて暴れていたんじゃない。
ただ大切な人たちに会いたくて暴れていた、かつては人間として生き、未練を残したまま亡くなった人々の魂なんだ。
正体が分かれば、ほら、もう怖くはないでしょう?
さあ、皆も行っておいで」
ノア様が杖を振ると、光を纏う人々がふわりと舞い、それぞれ自分の大切な人たちのもとへと舞い降りる。
「あなた……!」
「ママ……!」
皆涙を流しながら再会を喜ぶ。
人の形を模っていても言葉は話せない。
けれど、心はきちんと通じ合っているように見える。そして。
「「!!」」
エリアスの向かいにもまた、二人の男女の姿が現れる。
それを見たエリアスは呟いた。
「……父上、母上」
「えっ……!?」
驚き向かいにいる方々をまじまじと見つめれば、確かにエリアスと雰囲気が似ている男性と容姿が瓜二つの女性の姿があって。
お二方は申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げる。
(魔物は、“かつては人間として生き、未練を残したまま亡くなった人々の魂”。
ノア様は確かにそう仰っていた。つまり、エリアスのご両親である公爵夫妻は……)
エリアスが俯き、グッと拳を握る。
その手に両手を添えれば、エリアスと目が合って。
私は側にいると頷いてみせると、エリアスは公爵夫妻に向かって口を開いた。
「……俺は、あなた方のことを今も許していない。
大切にしてもらった記憶などないから。
でも、何不自由ない生活を送れたのもまた、あなた方のおかげです。
……生きていなければ、彼女と出会うことなど出来なかった。だから」
エリアスは視線を合わせないまま頭を下げた。
「俺を産んでくれてありがとうございました」
エリアスの言葉に、ご両親が目を瞠る。
その姿を見て、私はエリアスの腕に抱きついて言宣言する。
「大丈夫です、公爵ご夫妻が泣いて悔しがろうとも私があなた方の分まで……、いえ、それ以上にエリアスを愛しますから!」
「っ、ははは」
エリアスが耐えきれないと言ったふうに笑う。
そして、私の肩を抱き寄せると言った。
「こうして彼女がいてくれるから俺はもう寂しくなどない。
だから、安心してください」
エリアスが彼らに伝えたいこと……、本心から、彼らが自分のために未練を感じてほしくないのだということが手に取るように分かる。
(これが、エリアスなりのけじめなんだわ)
エリアスの言葉に、ロディン公爵夫妻は顔を見合わせると困ったように眉尻を下げながら、もう一度頭を下げて空に向かっていく。
「……これで良い」
彼らを見送りながらそう呟いたエリアスの横顔は、晴々としていた。
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