誤魔化しきれないルシアナ
ルシアナがシアの姿で裏口から出ようとすると、トーマスだけでなくゼニスもいた。
これにはさすがのルシアナも混乱し、
「何故あなたがこんな場所にいるのですか!?」
悪女なのか素なのかわからない状態で声を上げていた。
「なに、あんたが街に出かけると聞いてね。肩書きだけとはいえ私の弟子なんだ。どんな風に過ごしているのか見る権利があるだろう?」
そう言われてルシアナは気付く。
彼女の悪評はいまや公爵家だけに留まらない。
ゼニスの耳にも届いた。
嘘の身分とはいえ、自分の修道院で育った修道女がその名を穢す行為を城下町でしているのではないかと不安に思ってやってきた。
ルシアナはそう悟った。
まさか、シアの善行までも彼女の耳に届いているとは思いもしない。
ルシアナは悩む。
このままシアとして城下町に出たら、ルシアナの普段の悪女とは到底呼べない普段の行いが露見する。
そして、その事実が父であるアーノルや他の貴族に知られたら、公爵家からの追放の未来が潰えるかもしれない。
だが、ここでルシアナがゼニスの願いを断れば、シアという仮の身分が使えなくなる。
ゼニスはやると言ったらやる女性だ。
例え相手が貴族であっても。
それだけは絶対に避けないといけない。
シアという存在は前世の記憶により生み出された架空の人物なのだが、彼女の半身、いや、それ以上の存在だ。
ここでシアを失うのは己を失うのに等しい。
「あなたには面白いものはありませんよ。ただ食事をして、冒険者ギルドの調合室を使って私のための美白クリームを作るだけです」
「美白クリームを自分で作るのかい?」
「当然ですわ。私の肌をいたわるための薬ですもの。他の誰にも任せることなんてできません。信用できるのは私自身だけです」
「なるほどね。確かに綺麗な肌をしているね」
ゼニスは目を細めて値踏みをするようにルシアナを見る。
彼女は美白クリームによる金稼ぎには興味があったが、美白クリームそのものの効能には興味がなかった。
調合も前世のルシアナに任せていた。
これで興味を失ってくれたら――
「美白クリームには興味はないが、王都の冒険者ギルドの調合室には少し興味があるね。うん、付き合うよ」
逆効果だったとルシアナは後悔する。
トーマスの先導で歩いて目的のレストランに向かう。
「歩いて向かうのかい? 馬車で行くかと思ったよ」
「あら、公爵家の紋章の入った馬車はお忍びで遊ぶには向いておりません。逆に修道女が乗るような馬車は乗り心地が悪すぎます。それなら歩いた方が何倍もマシですわ」
「なるほどね。それで、どこのレストランに行くのかい?」
「あら、レストランではありませんわ。お忍びですからね。下々の民がいく食堂に行くのです」
ルシアナはそう言って目的の食堂に向かった。
ちょうど昼食時ということで食堂は混雑気味だった。
行列ができている。
「これは並ぶ必要がありそうだね」
「貴族の私が庶民の行列に交じって並ぶなどありえませんわ」
ルシアナはそう言って列の先頭に向かう。
そして、そのまま店の中に入った。
割り込みだが、文句を言う者は誰もいない。
ゼニスは不思議に思ったが一緒についていく。
「やぁ、シアちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは。いつものを四人前。それと今日はワインを一本。一番安いもので結構です」
「わかったよ」
ルシアナはにっこりと笑みを浮かべ、案内されるまま席に座っていく。
すぐに飲み物が運ばれてくる。
トーマスがルシアナの陶器のコップに果実水を、修道院長のコップにはワインを注ぐ。
ルシアナは礼を言わずに水を飲む。
冷たくて美味しい。
ゼニスは訝し気な目でワインを飲む。
「予約でもしていたのかい?」
「身分を隠していても私は特別ですからね。当然のことです」
本当は、この店の店主が病気で倒れたとき、たまたま客として居合わせたシアに変装しているルシアナが魔法で治療して助けたことがある。
それから、店主はルシアナが店に来るたびに他の客を差し置いて接客するようになった。
ルシアナも最初は遠慮したのだが、この店の常連は皆、店主の知り合いのため、店主の命の恩人である彼女を優先することに賛成している。
そのため、料金をしっかり支払うという約束で、この待たずに店に入れる待遇を受け入れていた。
申し訳ないと思っていたが、今回はそれがいい方向に出た。
きっと、ゼニスは勝手に勘違いしてくれることだろう。
「シア、聞きたいことがあるんだがいいかい?」
ゼニスがルシアナの目をじっと見て口を開く。
ルシアナは「来た」と思った。
きっとゼニスはルシアナが特別待遇を受けている理由を尋ねるのだろう。
その時、なんて言えばいいか?
金を握らせた? 弱みを握っている?
何と言えば悪役令嬢らしいか。
「なんで四人前も注文したってことは、二人前食べる気かい?」
「食べません!」
思わず素で否定してしまった。
「それは……あぁ、来ました」
店の入り口で金色の美男子が席を見回し、ルシアナを見つけて手を振って近付いてきた。
キールだ。
「こちらは私の護衛のキール。粗暴な男ですが腕は立ちます。キール、こちらはファインロード修道院長のゼニス様です」
「ファインロード修道院……あぁ、シア様がいつも言ってる。なんだ、もっと怖い婆ちゃんかと思ったよ」
キールが笑って言った。
ルシアナは内心でキールに文句を言いたくなった。
何故なら、ルシアナとゼニスは今日が初対面だ。
だから、ゼニスの情報をルシアナから聞いているはずがない。
「ん? 私のことを誰に聞いたんだい?」
「それは……」
「キールがいた町の神官からですわね。確か名前はピピンでしたか。一度外遊を抜け出して散策しているとき、お会いしたことがあります」
「なんだ、あの悪戯ピピンか。余計なことを言いおって」
ゼニスが悪態を吐く。
その間にルシアナはキールに余計なことを言うなと目配せを行った。
その後食事が運ばれてきたが、全然気の休まる暇のない食事だった。
この後、冒険者ギルドに行くことになるのだけど、流石に誤魔化しきれないのではないかと不安になってきた。




