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ゼニスの疑念

 ゼニスがトラリア王都に訪れるのは実に七年ぶりとなる。

 彼女はあまり王都の教会が好きではない。

 かつての中央の教会は上層部は金勘定と権力闘争に明け暮れていた。

 現教皇になり、少しはマシになったが、その時の上層部連中が全員いなくなったわけではない。

 顔を見るだけでも嫌な気分になる。

 とはいえ、立場もあるため、全く顔を出さないというわけにもいかない。


「お久しぶりです、師匠」


 声を掛けてきたのは中央の教会で働くゼニスの弟子のひとりで、中央で取った最後の弟子でもあるペコムスだった。

 彼は中央で出世し、教皇に次ぐ枢機卿の地位にいる。


「久しぶりだね。随分と老けたじゃないかい」

「貫禄がついたと仰ってください。ゼニス様はお変わりないようで」

「それにしてもいいのかい? 枢機卿のあんたが護衛もつけずに辺境のババアに声をかけて」

「師匠相手なら問題ありませんよ。立ち話もなんですから、一緒にお茶――いえ、ワインでもいかがですか?」

「わかってるじゃないか。いただくよ」


 ゼニスは酒好きだがタダ酒しか飲まないことは彼女を知る人間なら誰もが知ることだ。

 だから、酒の誘いは基本断らない。

 要人を相手にするときに使われる応接間に案内される。

 金の杯に入ったワインを彼女は何も言わずに飲んだ。


「随分と安酒じゃないかい。器が泣くよ」

「そうですね。でも、私はこういう安いワインが一番好きなのです。兄弟子たちとあれこれ語り合ったときに師匠の目を盗んで飲んだこういうワインが」

「私が隠していたワインだろ?」

「ええ、師匠にバレて氷の張った池の中に突き落とされたときの衝撃は今でも覚えていますよ」

「私もあの時飲めなかったワインの恨みはいまでも忘れないよ」


 そう言ってワインを飲む。

 あの時飲んでいたワインもこのような味だった。


「師匠はもうファインロード修道院に帰るのですか?」

「その予定だったんだが、ちょっと寄るところがあったのを思い出してね」

「どちらへ?」

「ヴォーカス公爵家だよ。あそこから結構な寄付を貰ってるから礼を言いにね」

「そう仰る割りには不機嫌そうですね」

「感謝はしてるよ」


 だが、不機嫌であることは否定はしない。

 公爵家からの多額の寄付の理由は、ありもしないシアという名前の修道女をでっちあげることだった。

 なんでも、公爵家の一人娘がお忍びで城下町に出るときに使う身分らしい。

 貴族のお嬢様の遊びに付き合うなんてゼニスからしたらたまったものではないが、得られる対価が大きかった。

 結果、その話を受けることにした。

 ある程度の年齢の子どもたちや修道女たちにはシアという人物の設定について教え、誰かに聞かれたらどう答えたらいいか覚えさせた。

 何年か前に、諜報員らしき剣士がシアについて聞きに来たことがあったので、無駄ではなかったようだ。

 確か、その貴族の娘の名前は――


「あそこの娘のルシアナ・マクラスって嬢ちゃんについて知ってるかい?」

「当然ですよ。殿下の婚約者ですから、ゆくゆくはこの国の王妃になられる方ですからね。ですが――」

「どうしたんだい?」

「ここだけの話、評判はあまりよくないのです」


 ペコムスは語った。

 侍従であるメイドにきつくあたる。砦に支援物資を持って行くも気に食わないからと全て持って帰る。パーティに出席しても他の令嬢といざこざばかり起こす。


「あのような方が婚約者など、シャルド殿下が不憫でなりません」

「なるほどね」


 ゼニスの想像以上だった。

 そのような令嬢がファインロード修道院の名を使って王都の町にお忍びで遊びに行っているとなると不安になる。

 いまのところゼニスの耳にその悪行は届いていないが、時間の問題かもしれない。

 ヴォーカス公爵に連絡をして、ファインロード修道院の名を使わないように頼むか。

 寄付金は惜しいが、いまの蓄えだけでも数十年は子どもたちを飢えさせることはないだろう。


「情報感謝するよ」

「いえ、師匠が危惧するのもわかります。あ、そうそう。師匠には言わないといけないことがあったんです」

「私に言わないといけないこと?」

「はい。シアという名の修道女、ご存知でしょう? ファインロード修道院の出身だと聞いています」


 ゼニスは内心で頭を抱えた。

 ルシアナの悪評がペコムスの耳にも届いていたのだろう。

 恐らく彼が語るのは、その愚痴とゼニスから注意をするようにという嘆願に違いない。

 そう思ったのだが、逆だった。


「とても素晴らしい修道女ですね。各地から感謝状が届いているんですよ」

「感謝状?」

「ええ。病気で苦しんでいる家族に無償で薬を調合してくれたとか、大怪我をした冒険者の傷を瞬く間に治したとか。私が知る限りでも二桁以上は」

「それは本当なのかい?」

「本当ですよ。師匠の教えが素晴らしいのでしょうね。聖女の再来ではないかとまで言われていますよ」


 どういうことかわからなかった。

 シアというのはルシアナの仮の名だ。

 しかし、ルシアナの悪評を聞く限りでは、彼女がそのような善行に勤しむとは思えない。

 別人がシアの名を騙っていると考える方が自然だ。


 これは少し調べてみる必要がありそうだと思った。

 それは修道院長の使命感からではない。

 なんとなく面白そう――という身勝手な理由だった。

 

 こうしてゼニスはヴォーカス公爵家へと足を延ばした。

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