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美白クリームの噂

 貴族令嬢は色めき立っていた。

 間もなく舞踏会が行われるためだ。

 そして、当然、マウント合戦が始まる。

『イエメン様からお誘いを受けた』とか『アリオ伯爵家の次男とガリア子爵家の長男の両方からエスコートのお誘いを受けていてどちらを選べばいいか悩む』と言ったダンスのパートナーに関する話から始まり、『ダンス当日に用意したドレスはファースト工房の最新モデルで――』『父上に頼んで家宝のサファイアの首飾りを使わせていただくことに――』などと着ている服や装飾品の話に至る。

 また、美容にも気を使う。

 普段のお茶会の比ではない。

 お茶会は通常、十人以下の集まりだが舞踏会にはその十倍以上の人数が参加する。

 そして、その中には普段会うことのできない人物も含まれる。

『舞踏会にシャルド殿下が参加するみたいよ』

『ですが、殿下は既にルシアナ様と婚約なさっているのでは?』

『ルシアナなんて公爵家の令嬢ってだけでしょ? 舞踏会で殿下の目に留まれば婚約破棄して私に夢中になるに決まってるわ』

 などと自信満々な令嬢も現れる。

 周囲の令嬢たちは、『ルシアナ様に聞かれたら何を言われるかわからない』とやきもきしていたが、実際ルシアナが聞いていたら喜んでいただろう。

 ルシアナの目標はその婚約破棄なのだから。

 そんなマウント合戦が続いていたある日のことだ。


「あら?」

「どうなさったの?」

「あそこの――」


 貴族令嬢たちが校舎の外を歩く女性生徒の一団を見つけた。

 そして、その女性生徒たちを見て、貴族令嬢たちは自分の目を疑ったが、身体が同時に動いていた。

 走り出していたのだ。


「あなたたち!」


 声を掛けられた女性生徒たちは驚いた。

 この通路は普段は平民しか使わない場所だ。

 校則で決まっているわけではないが、慣例としてそうなっている。

 その慣例を破ってまで貴族令嬢が声を掛けてきたのだ。

 まさか、自分の知らない間に貴族の機嫌を損ねたのだろうか?

 だが――


「あなたたち、その肌は何なのですの!?」


 貴族令嬢たちが平民令嬢の肌をじっと見つめて尋ねた。

 その言葉に女性生徒は声を掛けられた理由に気付き安堵するが、貴族令嬢はそれどころではない。

 声をかけた生徒たちの肌はとても白い。

 ただ、瀉血した後のような青白い病気的な白さではなく、おしろいを塗りたくっただけの真っ白さだけではない。

 おしろいを使って染みやそばかすなどを消そうとすると、どうしても化粧が厚くなりまるで真っ白いお面を被っているような状態になるのだが、彼女たちの肌は自然な感じがする。

 それでいて肌の粗さが見つからない。

 こんな肌を見せられたら焦って当然だ。

 平民たちが自分よりも美しい肌を見せつけたのだ。


「答えなさい。その肌はどうしたの?」

「美白クリームを使っております」

「美白クリーム?」

「はい。薬学の講義の時間に作った薬です」

「薬学の?」


 貴族令嬢たちは薬には興味はない。

 しかし、薬師ギルドで化粧品の調合が行われていることは知っている。むしろ、その情報だけならば、見習いの薬師たちよりも詳しいくらいだ。

 そんな彼女たちも美白クリームについては全く知らなかった。


「あなたたち、いまその美白クリームとやらを持っていますわよね? 使わせていただけませんか?」

「はい。あ、でも…………」

「なんですの? まさか私たちに使わせるのがイヤだと? もちろん対価は支払いますわよ」

「私たちが使った美白クリームは平民用の試供品でもう無いんです。貴族令嬢の皆様でしたら、一級品を使った高級美白クリームを使われてはいかがでしょう? 薬学科の前で販売されていますが、早くいかないと売り切れてしまいます」


 売り切れると言われて、貴族令嬢たちは礼も言わずに走り去った。

 ヒールの高い靴でどうやったらあの速度が出るのか?

 そう思いながら、残された平民の女性生徒たちは笑った。


「シアさんの言った通りになりましたね。最初は調合数を少なくして数量限定にしたら貴族たちは絶対に飛びつくって」

「うん。最初は驚いたけれどね。あの貴族様、絶対美白クリームを買うよ」

「シアさん言ってましたよね。平民用と貴族用の二種類の美白クリームを用意したら貴族はプライドが高いから絶対に貴族用の美白クリームを使うから、私たちがこっそり持ってる美白クリームが奪われる心配ないって」

「貴族用の美白クリームが売り切れたら危ないけどね。でも、シアちゃんってなんであそこまで貴族に詳しいんだろ? 修道女ってみんなそうなのかな?」

「わからないですよ。でも、これでお金が貰えるなら、実家に仕送りができるよ。うち貧乏だから助かります」

「うん、わたしも実家に帰るときにお土産いっぱい買って帰れるよ。シアちゃんに感謝だね」


   ※ ※ ※


 ルシアナたちが調合した美白クリームは即日完売となった。


「シアさん、なんで美白クリームを追加で作らないの?」

「いまはまだその時じゃないからです」

「美白クリームを買えなかった貴族令嬢から早く作れって催促が来てるのよ」

「大丈夫です! 買えないからと貴族の権力を振りかざして暴動を起こす危険人物の生徒にはしっかりいきわたるようにしていますから」


 ルシアナは敢えて調合数を抑えて美白クリームを作った。

 しかも、販売数の素材の入荷次第のためと言って、販売再開時期も伝えずさらに予約受付も行わないことにした。

 何故なら、誰もが欲しいのに買うことができない幻の美白クリームと言われたら、無事に購入することができた貴族令嬢たちはこぞって自慢するからだ。

 きっと今頃、美白クリームを使って講義に出て――

「とてもきれいな肌。もしかして――」

「ええ、例の美白クリームを試したの。これまでのおしろいとは全然違いますわ。そういうあなたも?」

「はい。使用人に買いに行かせてなんとか最後の一個を。舞踏会前に手に入れることができて本当によかったですわ」

 肌を自慢し合っていているに違いない。

 同時に美白クリームを買えなかった令嬢たちはそれこをハンカチを食いちぎらんばかりに悔しがっている。

 

 そして舞踏会前に販売再開したら、それこそ買える限り――個数制限を設けたら上限いっぱい美白クリームを購入してくれることだろう。

 原材料費の数十倍の値段を付けたとしても。

 それこそ、前世のルシアナだったらそうしていたから間違いない。


 その利益の一部は調合に携わった生徒たちに、そして残りは薬学の講義で使われる実験器具を買いそろえるのに使われる予定だ。

  

「シアさん、よくそんなこと思いつきますね」

「あの……一つ気になることがあるんだけど」


 販売を手伝ってたアリアが不安そうな表情でゆっくり手を挙げて言う。


「購入者リストの中にあのルシアナがいないんだけど、怒鳴り込んでこない?」


 彼女は時折、ルシアナのことを呼び捨てで言う。

 まさか、目の前にいるシアこそがルシアナ本人だとは思ってもいないだろう。

 怒鳴り込むもなにも、本人がそう指示を出したのだから怒る理由がない。

 なんならいつでも自分で作る事ができるし、普段から美容によく効く薬を勝手に作っては自分の肌を実験台に使っているので必要ない。

 悪役令嬢を演じるなら怒鳴り込む演出をした方がいいだろうか? しかしそうしたらロレッタに迷惑がかかる――などとルシアナが考えていると、同じく販売を手伝っていたジーニアスが説明をする。


「師匠は知らないと思いますが、ルシアナというのはルシアナ・マクラス公爵令嬢のことです。直接会ったことのない者を言うのはどうかと思いますが、評判はあまりよくありませんね。アリア嬢の言う通り、放置しておけば嫌がらせしてくる可能性もあります」

「そうなのですか?」


 ルシアナは心配する素振りをしながらも、思った以上に悪評が広がっているので、これなら怒鳴り込む演出は必要ないだろうと思った。

 でも、彼らを不安にさせないために、「彼女の分は作って届けている」と嘘を吐こうかと思ったが。


「ルシアナ公爵令嬢ならきっと心配いりませんよ。彼女の手元に届いているはずです」


 ロレッタが言った。

 もしかして、シアの正体がバレたのでは? と不安に思ったがそうではなかった。

 それを知ったのは、ルシアナが貴族寮の部屋に戻ったときだった。


「お嬢様。シャルド殿下から贈り物が届きましたよ。とても人気の化粧クリームだそうです。高位貴族でも滅多に買えないそうですが、さすが殿下ですね」


 マリアが見慣れた美白クリームの化粧瓶を持ってそう言った。

 ルシアナはその美白クリームを受け取る。

 当然、彼女にとっては珍しくもなんともない品だった。

 だけど、前世のルシアナがこんな風にシャルドからプレゼントを貰った記憶はない。


「ふふっ」


 ルシアナは思わず微笑んでいた。

 美白クリームの入っている化粧瓶には付けた覚えのない赤いリボンが結ばれている。

 きっとレジーが気を利かせて用意したのだろう。

 例え愛情によるものではなく、同じ目標に進むための同士への贈り物だとしても、とても嬉しい。

 そう思い、ルシアナは感謝の手紙を書き記すことにした。


シャルド「ルシアナ、本当に喜んでくれただろうか?」

レジー「感謝の手紙はいただきましたが、気になるなら直接聞いたらどうですか?」

シャルド「…………善処する」

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― 新着の感想 ―
二重生活は大変だけど色んな方面から面白い出来事や話しが舞い込んでくるのは楽しいだろうな。
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