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VRMMO始めました。  作者: 星野すばる(旧:★すばる★)
第四章 竜使い達の死乱舞/ドラゴニクス・デスワルツ
62/64

#61 でぇと

 街から離れた荒野の中で。


「………」


 呼吸を止め、少女はそのスコープの中を覗き見る。

 ……風は、無い。障害物も、無し。


「……ふぅ…」


 長い息を吐き、少女はもう一度体内に酸素を取り入れる。

 ……そうして、もう一度スコープの中を覗き見、そして……指に掛けた引き金を、引いた。


「……竜使い(ドラゴニクス)…っ!」


 サイレンサーを通して発車された弾丸は、乾燥した空気の中をまっすぐに進み……着弾。

 少女は当てた相手の元に駆け寄った。


「……また、違う」

「………っ!」


 少女が撃ったのは、当てたところでダメージの無い麻痺弾だ。

 故に少女にとって、探している人物と違う地に倒れる彼には、もう微塵も興味が無い、が。


「……お前は、別」

「ギュッ!?」


 必死に主人をかばうその小さな竜は、少女のナイフに裂かれるのだった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「なんかここ最近、よく来るようになったよな」

「本当、この料理に助けてもらっているんだ。付与効果目当てだよ、スグル殿」


 黙々と、ハクアさんは【バターキノコパスタ】を食べている。最後にいつも、コーヒーを一杯頼むのだ。


「そろそろ、竜には慣れたのか?もうナイフを向けないみたいだけど」

「なに、遠くを飛ぶ限りは蚊と一緒だ。あちらも、適切な距離を掴んだようだし」

『俺、虫と同レベルなの!?』


 ちなみに、今店内にいるのは従業員を除きハクアさんだけだ。

 開店前から並んでいるのなら、それも当たり前なのだが。


「…ごちそうさま」

「おう、お粗末様。片付けとくからそのままでいいぜ」

「悪いな。では、行ってくるよ」


 そう言って、ハクアさんは席を立った。


『………』

「ん?どうしたノヴァ。深刻そうな顔して」

『いや、なんでも無い』


 ハクアさんが出るのとほとんど入れ違いに、キョウカさんがやって来る。


「おはようございます」

「おう」

「今日もハクアさん来てたんですか?さっきそこですれ違ったんですけど」

「おう、来てたぞ。なんで?」

「……いえ、なんだかいつもとちょっと…」

「ん?」

「………ちょっと、暗い顔をしてたので気になって。何かあったんですか?」


 ハクアさんが暗い顔?そうか?


『やめとけキョウカ。スグルが人の顔を見てその気持ちに気がつくと思うか?』

「失礼な竜だな。サラシに巻いてハクアさんに差し出すぞ」

『物騒すぎんだろ!』

「…いえ、実体験があるので全くその通りかと………人をその気にさせてなんなんですかもう」

「え?何?聞こえなかったもう一回」

「もういいです!」


 んん?よくわからんが……要は俺、鈍感って事なのか?

 …悩みがあるなら、聞いてやればよかった。


「あ、そうそう。ノヴァちゃん」

『ちゃん!?』

「多分大丈夫だと思うけど……最近、竜殺しが出るらしいから、スグルさんと狩りに行く時は気を付けてね?」

『お、おぅ…』

「あ、あとちゃんと回復薬は持って行ってね?スグルさんは結構無茶しちゃうし…それに、転移結晶は持ってね?持ち物はしっかり整理して………」

『オカンか!』

「漫才の邪魔して悪いが、一つ質問。竜殺しってなんぞ」

『何が漫才やねん!ぶっとばすぞ!』


 ツッコミ役のノヴァを無視して、率直な疑問をキョウカさんに投げかける。


「知らないんですか?最近だと掲示板はこの話題で持ちきりですよ?」

「あー…最近見てなかったなぁ……」

「荒野の廃村近くで竜使い(ドラゴニクス)の連れている竜が、結構狙われてるみたいなんです。スグルさんは竜使い(ドラゴニクス)じゃ無いですけど…ノヴァちゃんと一緒にいるのが多いので」

「悪りぃ、全然わかんない。荒野ってのはワイルドギースのいた荒野の事か?」

「そうです。あのエリアに、廃れた廃村があるんですけど、その辺りを通る竜使い(ドラゴニクス)が襲われてるって話ですよ」


 そりゃあまた物騒な話だ。通らないように気をつけよう。


「…わかった、気をつけるよ。まぁ今日は行く予定も無いし、安心してくれ。ってな所で、今日も頑張っていくぞぉ!おー!」

「『…お、おー?』」


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「……」

「……」

「…また、ダメ、だった、の?」


 街、中央エリアのその一角。

 〈DB〉のマスター室で、彼女達は執務に追われている。

 片や、椅子ではなくデスクに腰掛け。

 片や、デスクの下に膝を抱え。

 そしてその片割れが、ふと手を止めたのだ。


「ハクさぁん?そっち止められるとこっちの処理が大変な事になるんですけどねぇ?」

「…姉ぇ、足、出し、て」

「ん?揉んでくれるの?ほい」


 色白な細い、運動にはとんと向かない足がハクの前に垂らされる。


「……ん」

「…ハクさぁん?」


 その足先に、ハクのメニュー画面を突きつけた。


「…手、増え、た。これ、で、一緒」

「いやいやいや!おねーちゃんそこまで万能じゃ無いんですけどねぇ!?」


 のそのそと、デスクの下から這い出て、妹は上目遣いで姉を見ゆる。


「…ふぁい、と」


 いっそ清々しいまでに汚れを知らない美少女は、無垢で無表情な顔を向ける。

 しかし実の妹だからと、姉は贔屓する事など。


「うん、おねーちゃんがんばりゅ。はぁと」


 ……してしまったんですね、これが。


「…あの、ジュンさん。茶番はもういいですから」

「えぇ?なんの事?」

「……あなたがギルドの仕事を、するわけ無いじゃないですか」

「それはそれでかなり辛辣な発言だよ、ねっ!」


 デスクの上から降り、ジュンは今度こそ椅子に座る。

 その膝には、ちょこんという風にハクも座った。


「まぁ、仕事してないのは本当だけど……誰かさんの噂を広げるのも潰すのも、大変なんだよ?」

「…それは、感謝してます」

「…という、か、ハクア、最近、活発、だよ、ね」

「そうなんだよハク!今まで通りひっそりやってれば良かったのに、急に元気になってさ!意味わかんない!何かいい事でもあったの?」

「いい事、というか……補正?」


 補正と聞いて、ジュンはニヤついた顔を浮かべる。


「あ、もしかしてスグル君の事?まさかハクアたん、お熱なのぉ?」

「……」

「えっ冗談なのにマジ!?ないわー恋する乙女とか、ないわーバルスッ!」

「あの料理人、なんなんですか。竜は連れているのに竜使い(ドラゴニクス)じゃ無いし、周囲には本当にヒトタラシですし」

「…それ、が、スグ、ル」

「まぁヒトタラシなのは見たままだよね。それで?」

「あの人を紹介したジュンさんの意図がわからない」


 そう言われてなお、ジュンはニヤついた顔を解かない。

 否、眉すら動かさない。


「別に深い意味はないよ?『いい付与効果の出る場所』があるから教えただけだし、それにボクは一言も『知り合いの店』だなんて言ってないし、何より『目的には一歩近づけた』でしょう?」


 確かにそうだ、間違っちゃいない。

 彼女は私に『値段の割に腹持ちSSランクの付与効果(エンチャント)が確定で出る店がある』と言った……行くと決めたのは私自身だし、その場合経営者がジュンさんの知り合いかどうかは関係無い。

 そして、何より。


「…竜使い殺し(ドラゴニクスキラー)はいなくなり、代わりに竜殺し(ドラゴンキラー)が出現。ハクア君の動きやすい狩場も手に入れた。万々歳だよね?」

「……」


 反論は、無かった。

 竜使い(ドラゴニクス)を毛嫌いしていた私は、話す竜と出会い……少なくとも、使っている人間にはほとんど嫌悪感を抱かなくなっている。


「…これを、この結果を含めて想定通りだって言うなら……策士ですね」

「…褒めても、何も出ないよ」

「皮肉です」

「そうかい」


 そう言って、ジュンは妹の頭を撫でる。

 ハクは姉に撫でられて、気持ち良さげな声を出した。


「……次行く時は、スグル君を連れて行くといい」

「…は?」

「あぁ、この場合はスグル君単体じゃないよ?『みんなまとめて』だからね」


 唐突に突きつけられた、最善の結果を出すための最善の選択。


「それ、は……あの黒竜も、ですか?」

「……みんなは、みんなだよ。スグル君を連れて行く時、着いてくる生き物みんな。今回、君に選択肢はない……そういう、取引だったろう?」


 妖艶な笑みを浮かべながらも、妹を撫でるその手は揺るがない。


「…わかった」


 そう言って、ハクアはマスター室を出るのだ。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 別日。


「付かぬ事をお聞きしますが、キョウカさん」

「は、はい?」

「今、お付き合いされている方はいらっしゃるのでしょうかっ!」

「は、はいぃぃぃ!?」

「いないのでしたらばっ!俺とどうかお付き合いくださいっ!」


 またか、と。スグルは厨房でため息を吐きかけ、調理中につき飲み込む。

 最近、この手の客が増えた。


『相変わらずの人気だな、あの二人は』

「二人っていうか、一人と一匹な」


 現在、このカフェで働くウエイターは三人。その内一人はレジ役なので、実質は二人だ。

 つまりケモミミ執事風のキュウと、隠れ美人のキョウカさん。


「今キョウカさんに辞められたら、結構な痛手だよな」

『……それは無いと思うが、まぁそうだろうな』

「お前はいちいち一言多いっていうか…まぁ、いいや。メンドクサイ」


 して『この手の客』というのはつまり、キュウとキョウカさんを目当てに来る客の事だ。

 もちろん、キョウカさんの答えは決まって、


「え、えと、あの、すいませんごめんなさいっ!私にはもう決めた人がっ!」


 …と、こう来る。

 周囲の客は、その結果にほくそ笑んだ。


「よっしゃキマった」「これで奴もこちら側か…」「今回はかなり早かったな」「通算何人目よ、これで」「おめでとう、奴は記念すべき二十人目です」


 通いつめ、キョウカさんに名前を覚えてもらい、仲良くなって、告白して、玉砕する。

 そんな一連の流れは、もはや定番と化していた。


「…もうアレは通例なのか?」

「ん?あぁそうだな。ある意味うちの名物だよ」


 今日は珍しく昼食の時間にやってきたハクアさんは、カウンター越しに訊ねる。


「くそぅ、くそぅ……」「ようこそ二十人目」「粉砕!玉砕!大喝采!」「今日は俺たちのおごりだ」「俺たちの天使はどっかの野郎にお熱なのサ」「幸せな野郎だよなぁ」「知らねぇの?ここの店長にお熱なんだぜ?」「うそん!?初耳!」


 玉砕した男性客は、そのままカフェの一角……その集団の中に紛れる。

 話を聞く限り、彼は二十人目のようだ。


「はい、お待たせ。いつものな」

「あぁ、ありがとう」


 カウンターにパスタを置き、コーヒーカップを準備しておく。


「にしても、今日は珍しいよな」

「何が?」

「いや、だってそうだろ?いつもはもっと、遅いじゃん」

「あぁ、それは、だな……その…」


 お?なんだよお悩み相談か?


「…頼みがある」

「なんなりと?」


 パスタにも手を付けず、両肘を着いて口元に手をやった。

 ……何か、覚悟を決めるようだ。


「…よし!」

「んん?」


 立ち上がり、スグルの手を取ると。


「スグル殿!」

「ん?」

「付き合ってくれ!」

「んん?」


 店内に響き渡るその声で、時間が止まる。


「おお、いいぜ」

「「「「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」」」」


 響く悲鳴。その中でも、キョウカさんの悲鳴は一際大きかった。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 ハクアさんから『お付き合い宣言』された翌日。

 カフェの休業日ともあって、みんなで出かける事になっている。

 そこで『ある人』と待ち合わせているのだが。


「すまない、待たせた」

「全然待ってねぇよ。今来たところだ」

『待ち合わせ時間よりちょっと早いけどな……開始数秒でナイフ突きつけるのやめよ?ね?』

「ウチ、着いてきて良かったの?でぇとなんでしょ?」


 街の一番大きな転移結晶の前には、ハクアとスグルの他にノヴァとヴェル、スカーフに化けたキュウがいた。

 ……付け加えて、離れた所にキョウカさんと、さらにその後ろにファン達がいる。


「デート?なんの話?」

「え?」

「付き合ってくれって、狩りだろ?キョウカさん」

「もちろんだ。それと、武器の新調だな」

「あぁ、そう言えば煙幕弾とか色々あるもんな。それか」

「じゃ、いこ?ウチ、買い物とかちょっと楽しみ!」

『…俺はいつ解体されるか不安で仕方ねぇよ』


 じゃあなんで来たんだと、そう言ってやりたいが。

 本格的に狩りに行くなら必然的にノヴァの力は欲しいし、その為にヴェルに無理をさせるわけにもいかなかったのだ。


「お、おいヴェル。待てって、引っ張るなよ」

「えへへ、スグルとお出かけ、楽しみだったんだもん!」

『もんって……』


 はしゃぐヴェルに腕を引かれて、スグルは街の商業エリアへと消えた。


「……なんの話をしてたんですかね」


 そんな彼らの後を尾ける影が、二十一体。尾行するにしても大所帯すぎて気付いてもおかしなモノだが……そこに気がつくほど、スグルは察しが良くなかったのだ。

 余談ではあるが、キョウカは今変装中である。普段はあどけない少女の様な、大人しくも清楚なファッションだが、今回は趣向を変えてかなりボーイッシュなファッションを選択している。

 ホットパンツにパーカー、頭にはキャスケットを被り、色のついた眼鏡を装着。

 ……しかしそれでも全身から溢れる美少女オーラは隠しきれず、こうしてファン達に発見されたワケだが。


「本日のキョウカたんは見応えありですぞ」「ばかやろう!聞こえなるでねぇか」「…商業エリアでキョウカたん発見、と……スレ立ておk」「あぁ^〜心がぴょんぴょんするんじゃあ〜」「いつもの清楚な感じもいいが…今日もまた、イイッ」「誰か尾けてんの?」「あの店長がデートするんで観察だとさ」


 スグルが動けば、それに合わせてキョウカも移動する。

 キョウカが動けば、それに連れられてゾロゾロと動きだす。

 何とも異様な光景がひろがったのは、言うまでもない。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「おおお!?すっげえ!」

「そんな事は無いだろう。これでも小さな店だ」


 NPCの経営する、銃専門店。

 コワモテな顔をした店員が、騒ぐスグルをけむたそうに睨んだ。


「これと、これと……これもいるな。お、こっちは新商品か」

「スグル、これスゴイよ。当てるだけで、ずっと敵の位置がわかるんだって!マーカー弾って言うんだよ!」

『結構色々あるんだな…うわ、パーティー用のクラッカーガンまである……』


 棚には高そうな実用品から、遊び心広がるジャンク品まで様々な品揃えだった。


「すまない、待たせた」

「んにゃ、全然大丈夫。問題ないよ」

「じゃあ行こうか」

『撃たれないかヒヤヒヤした……』

「一発だけなら誤射かもしれないね」

『その場合即死なんですがそれは』


 銃専門店から徒歩で来た道を戻る。

 もちろん、キョウカもその後を尾けていた。

 戻る最中、ずっとスグルの手を繋いでいたヴェルの足が、止まった。


「…どうした?」

「………ん、何でもない。行こ」


 そう言いつつも、ヴェルの目線はその店に釘付けだった。


「…すまん、ハクアさん。ちょっといいか?」

「んん?……あぁ、構わないよ。ついでだ、私も寄ろう」


 少し予定を変更し、スグル達はその店に足を運んだ。

 そこは現実世界だと知らない人はいない店……主に洋服を手がけ、その年齢層は老若男女を問わない。営業利益は既に一千億を突破しており、未だ衰える事を知らない。

 基本的には、過度に個性のないデザインの商品が多い。製造小売業への転換後、良品質のカジュアル衣料を低価格で提供する路線を進めてきた事もあり衣料品としての完成度は高く評価されている部分がある。1,900円のフリースや2,900円のジーンズなどが、価格破壊の象徴としてマスメディアなどにも紹介されて爆発的にヒットし………中略………その店舗を、人は【ウニクロ】と言った。


「いや、かなりすんなり入ったけど、なんでここにウニクロがあるの」

「そりゃ、公式スポンサーだからね。ここ以外にも店はあるよ」


 店内では、ヴェルが目を輝かせていた。

 しかしその表情は、どこか遠慮している感じだ。


「好きなの選んでいいからな、ヴェル」

「ほんと!?」

「あぁ、予算は二万Cな。試着も出来るし安いから、悩んだらとりあえずカゴに入れとけ」

「うんっ!」


 カゴを持ち、店内を急ぎ足で見て回る。

 …思えば、ヴェルにはこういった娯楽に連れて行ってあげられなかった。

 産まれた後も、魔王城で過ごしていたのなら遊び相手もいなかったろう。


「……たまにはいいな、こういうのも」

「私も見て回ってもいいか?」

「どうぞどうぞ。わがまま言ったのは俺だし」

「では失礼して…」


 落ち着いた雰囲気を出しつつも、ハクアさんはどこか嬉しそうだった。

 ……俺も何か見てくるかな。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


「スグルさんの好きそうな店の後には洋服……完全にデートだコレ!」


 ウニクロを見下ろせるカフェテリアに、キョウカはスグルを見ていた。


「ぐぬぬ……スグルさんも断るわけでもなく受け入れて…やっぱり大人な女性が好みなの?」


 ぷっくりと頬を膨らませ、アイスティーをすする。

 もう何度ストローを甘噛みしたか覚えてない。


「……えぇいままよ!のりこめっ!」


 見てるだけでは我慢できず、カフェを出て自分もウニクロへ。

 ……思いのほか、スグルはすぐに見つかった。


「…何してるんでしょうか」


 メンズコーナーを端から見て回り、適当にカゴへ服を入れていく。

 いっぱいになったら、迷わず試着室へ。


「……」


 カゴを外に置き、スグルは上下二着ほど持って個室へ。

 出てきた姿を見て、キョウカは言葉を失った。

 明るい色のパーカーに、ストレッチシャツ。それにジョガーパンツを合わせた春コーデだ。

 決して短足ではないスグルの足に、ぴったり張り付いた感のするジョガーパンツはスラリとした美しさを魅せる。


「なんっか違うな」


 一人、納得をしないスグルは一度着直すようだ。


「…スクショ撮っとけば良かった」


 ファッションショーを始めたスグルは、心なしか楽しそうだ。

 その後もスグルのファッションショーは続き、時にはシンプルにポロシャツとジーンズだけだったり、時にはスポーティーにインナーを着こなしてみたりと……その全てを、キョウカは心のシャッターで切り取っていった。


「スグル殿」

「お?なんだよハクアさん。似合ってるよ」

「あ……ありがと。いやそうじゃなくてね?私はもうそろそろ出発したいんだが」

「あ、ごめん。ヴェルが品定めしてるから、もうちょっと待って」


 ヴェルも選んだ服を一通り着て、ウンウンと頭を悩ませていた。

 事実、ヴェルのカゴには服が大量に入っており、予算を少しオーバーしてしまっているのだ。

 とはいえ、少し超えた程度なら出してもいいのだが『約束、守る、絶対!』と言って拒否したのだった。


「……決めた!これにする!」

「そうか。んじゃ、外でハクアさんと待っててくれ」


 決めたのは、諦める服だ。

 それで、予算にはギリギリ収まった。


「……すいません、この服はこっちと同じ会計で」

「かしこまりました…お包みしますか?」

「お願いします」


 気を利かせてくれたのか、小声で話してくれる店員さんだ。

 ヴェルのカゴはもういっぱいだが、スグルのカゴにはまだまだ余裕がある。

 ……贈り物をしたって、怒られないだろう。


「よし、行くか。キョウカさんも、一緒に行く?」

「わっひょい!」


 上手く隠れていたつもりのキョウカがアッサリと見つかり、スグルは何も考えず狩りに誘う……いや、誘ったつもりだ。


「い、いつから気付いて…?」

「店にキョウカさんが来た時から、かな。いつもとちょっと違うから、一瞬分からなかったけど」

「せ、せっかくのお誘いですけど……」


 呼吸を整え、心を落ち着かせる。


「…ハクアさんとのデート、その途中ですよね?私は遠慮しておき……」

「何言ってんの?違うよ?」

「ほえ?」


 違うとは、何が違うのでしょうか。

 デートであってデートでないとか、俺の好きなのはハクアじゃねぇよとか、ヴェルの買い物に付き合ってもらったとか、そんなことでしょうか。

 ……個人的には二つ目の憶測に、好きなのはお前だって付け足されるのがいいですけど……何想像してんですか私っ!


「この後、ハクアさんの狩りを手伝うんだけど……一緒にどうかなって。聞いてる?」

「…えっ!あっはい聞いてます!カリですよね、カリ……カリ?かり……狩り!?」


 合点がいき、その全てが自分の勘違いであると気付く。


「ぁぁぁぁぁぁ………」

「おう、頭抱えてうずくまってどうした」


 な、なんという事でしょう!

 恥ずかしい勘違いをしたにも関わらず、あまつさえ自分に都合のいい妄想までしてしまってました!

 ハクアさんの立ち位置に自分がいたらどれだけ良かったか、とか。

 買い物が終わったからこのままお持ち帰りされるのだろうか、とか。

 お持ち帰りされたら私はむしろ嬉しいですけどハクアさんがされたら完敗する、とか。

 死ぬほど恥ずかしいですしむしろ死にたい!


「おぉいキョウカさん?眉間にシワが寄ってると美人が台無しだぜ?」

「……はっ!?」

「大丈夫か?」


 いけない、いけない。

 落ち着け私、今すべき選択を間違えてはいけないのよ。


「…大丈夫です。それで、なんのお誘いでしたっけ」

「あぁ、ハクアさんと狩りに行くんだけど、キョウカさんも一緒にどうかなって」

「行きます。行きたいです行かせてください」


 とりあえずは感情のはけ口が欲しいので、着いて行く事にします。


 ▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎


 余談。

 掲示板にて、その話題はいつ誰が掲載したのかは分かっていない。

 しかし最初の掲載から既に、コメント限界数を達成させ、再度新しい掲載が載せられた結果、総コメント数は万を超えた。

 そのうち、とあるカフェの副店長が話題となってファンクラブもとい、ファンギルドが設立されたり。

 人気に火が点いてCDO公式雑誌に掲載されたり。

 ファンギルドが料理人スカウトに一役買ったり、副店長が芸能界入りを果たしてCDOイメージキャラクターになったりするのだが。

 ……それはまた、別のお話。

Q.日常回ですか?

A.いいえ、グダグダ準備回です。


ご愛読ありがとうございます。

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