#59 雷魔法習得
荒野にて、ワイルドギースを細切れにした後。
「…さて、と。勝利を分かち合うのも良いが、まずはドロップアイテムの確認だな」
アイテムBOXを開き、片っ端から見ていく。予想通り、大量の兎肉を手に入れていた。
少しずつ、数を減らしているのはノヴァが抜いているからだろう。
「…一部、見慣れないアイテムがあるな」
見慣れないアイテムとは、兎のツメだとかスキルチケットの事だ。
「ツメはまぁ、何かの素材になるだろうし……チケットは取ってみないとわからないな」
「何をブツブツ言ってんだよ、きめぇ」
「ゲシュタルトには言われたくねぇよ」
「まぁまぁ先輩、抑えて下さい。ワイルドギースを粉砕して入手総数が増えたんですから」
「…チッ」
横槍を入れたゲシュタルトを無視し、再度アイテムBOXに目を向ける。
「チケットは、一度取り出さないとダメかな、やっぱり」
というわけで、入手したチケットを全て取り出す。
【標的探索】
一度見た対象を探索する。レベルに応じて探索範囲拡大。
【地獄耳】
音に敏感になる。
【夜目】
夜間でも昼間と同じように物を見る事が出来る。
なんというか、微妙なスキルだった。
【標的探索】は俺の【危機回避】と似たり寄ったりだし【地獄耳】は使い所が思い浮かばない。
【夜目】なんて、基本的に夜にログインしない俺にとっては不要な物だった。
…これはもう、アレだな。誰かに使わせてもいいヤツだ。
…と言っても、俺の知り合いは少ないし、ヴェルかシェスタに渡した方が有意義ではある。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るぜ、スグル」
「ん?そうか。経験値は稼げたのか?」
「ある程度はな。特に、あのデカウサギが一番オイシイ獲物だった」
そう言って、ゲシュタルトとブラウンさんはパーティーを抜けて転移する。荒野に残ったのは、俺とヴェル、それからハクアさんだけだ。
「ハクアさんは、このあとどうします?」
「そうだな…スグル君がまだ狩るならば、付き合おう」
「いや、俺としてはもう帰る気満々なんですけどね…」
チラリと、ヴェルの方を見た。
一度枯渇した魔力は、少しだけ回復している。
その魔力を使って、雷魔法の習得に励んでいた。
「…頑張る『娘』を邪魔したく無い、そんな『父親心理』が働いてまして、ハイ」
「…ふ、なら、私も付き合おう。幸い、この一帯をワイルドギースが縄張りにしていたおかげで、安全地帯になっているからな」
そんな訳で、俺とハクアさんはヴェルの気がすむまで待つことにした。
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「…ふん、ぬぅ……」
顔を真っ赤にして、ヴェルは空気を圧縮させる。以前と同じく、青白いプラズマは発生するのだが。
「…っは、ぁ」
圧縮しきれずに、プラズマは消えて強風が吹き荒れる。
「どうだ、ヴェル?順調か?」
「…あ、スグル……全然ダメ。あと一息なんだけどね…」
悪戦苦闘するヴェルを助けたいと思ったのか、スグルが一声かけた。
「食材もあるし、ちょっと休憩とかどうだ?なんなら、クッキーでも焼いてやろう」
「…そうする」
昼食に使ったイスに腰掛けて、テーブルに突っ伏していると、スグルがアイテムBOXからコーヒーを取り出して置いた。
ついでに、クッキーも。
「シェスタに言ってな、作ってもらったんだ。途中から楽しくなったのか遊び心があるが…まぁ、許してやってくれ」
そう言われて出された物を見ると、なるほど。
コーヒーはラテアートになり、クッキーは丸い物から人型をかたどった物まで様々だ。
「私も一緒で良かったのか?」
「ヴェルと二人でお茶してんのに、一人放置とかそんな事しねぇよ」
テーブルをスグル、ヴェル、ハクアとキュウで囲み、皿に盛られたお菓子を食べる。
「…甘い」
「甘いものは精神を落ち着かせる効果があるらしいからな。甘すぎても気持ち悪いが、コーヒーと合わされば丁度いい味になるだろ?」
「それもそうだね」
ヴェルは、コーヒーにミルクを足して飲む派だ。いつもは砂糖も入れるが、今回はクッキーが甘いのでやめた。
ミルクピッチャーから注ぎ、ティースプーンでクルクルと回して、ある程度馴染んだ……所で。
何気なく混ざる様子をボケっと眺めていたヴェルの脳に、戦慄が走った。
「っあぁぁっ!!」
「うぉい!?ナンダナンダどうしたヴェル!?」
「…そうよ、当たり前じゃ無いの。どうして今まで気が付かなかったのよウチは……」
「あぁっと……ヴェル?」
「…完全に凝り固まってた。なにも一点に集中させる必要無いじゃないの……」
その場で、ヴェルは風魔法を発動。瞬く間に小さな放電が発生した。
「ヴェルさん!?ここで失敗したら俺やハクアさんに危害がっ!」
焦るスグルの言葉を聞かず、ヴェルは圧縮を始める。
いつものように青白いプラズマが発生し、いつものように風が吹き始めた。
「ひぇっ…」
思わず、スグルは目を瞑って突風に身構えた。来るべき強風に備えて。
……しかし。
「……ん?」
「問題は無いみたいだ、スグル君」
恐る恐る、目を見開くと、そこには。
「……出来た」
白い発光体を手の中に浮かべる、ヴェルの姿があった。
若干髪の毛が逆立っているのを見るに、その発光体は間違いなく【雷魔法】で作った球電だった。
「おぉ、すげぇ!」
「…ありがとう、スグル。でも…ダメね」
「…なぜに?」
「簡単よ」
そう呟き、ヴェルは作った球電を解いた。不思議と、以前のような強風は起きない。
「使う魔力と威力が釣り合わないわ。スグルの言葉を使うなら、ハイリスクローリターンって所かしらね」
「…もう少し、詳しく教えてくれ」
そう言うと、ヴェルは事細かに説明してくれた。それによると。
最初は魔力の中心点を定めて、均等に圧縮させてプラズマを発生させていた。
しかしこの方法だと、完全な球を保つのが難しく、余計な集中と魔力コントロールが必要になるそうだ。
……はっきり言って、効率が悪い上に天才的な魔法センスが無いと扱えない方法だそうだ。
次に思いついたのは、中心点を定めずに空気を回転させて圧縮する方法だった。
この方法なら、意識せずとも中心に電気が発生するし、分配する魔力量も大幅に削減出来る。
……ニンジャ風に言うならラセ○ガンといった所か。
威力は申し分なく、効果範囲も広い。なのに「使えない」と断言するヴェルは、その理由をこう語る。
「すでに【雷魔法】として完成された球電は、その先の応用が効きにくいの。やったとしても、圧倒的な攻撃力を誇る一撃必殺にしかならないわ。ウチの求めていた雷魔法に、高い攻撃力はいらないのよ」
まぁそうですね。ヴェルパンチ連打で大抵の敵はコッパムジンですもんね。
同等か、それ以上の攻撃手段をもつヴェルにとっては、消費魔力が多すぎる雷魔法を使う事は……生涯使う事は無いだろうて。
「そういう訳で、スグル。一応【雷魔法】は覚えたけど、もっと他に効率よく電気を発生させる方法を教えて?」
「…俺、全知全能の神でも万能な賢者でも無いんだけどなぁ……」
とにかく、目標であった『雷魔法の習得』が達成されたので、今日はひとまず帰る事にした。
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「……っていう事があったんだよ」
ーーまぁ、そりゃそうなるでしょうね。
荒野から〈カフェ・ド・スグル〉に帰ってきた俺は、ディーナに畑へと連行された。
今日の禊がまだ終わってないそうで、上半身を裸にさせられて、後ろからディーナが抱きついている。
ーーそもそも雷魔法って、普通の魔法とちょっと違うのよ。
「ん?どういう事だ?」
後ろを振り向き、ディーナの顔を覗き込む。
ーーあぁん、スグル君の野生的眼光が私の体をとろけさせるぅ…
「ふざけてないで教えろください」
ーーえっ?えろいこと教えてください?
「………」
ーー野性的眼光が獲物を狩り取る目に!?ゾクゾクしちゃうのぉ…っ!
「…………」
ーーとまぁ、冗談はさておき。雷魔法と他の魔法の違いよね。そもそも、スグル君は魔導大戦については知ってる?
魔導大戦と聞いて思い浮かべたのは、ヴェルの両親の事だ。敵国の王と英雄の恋物語は、脚色を加えればいいおとぎ話になる。
「…昔、人と魔種族が起こした戦争だって事ぐらいは」
ーーうん、それを知ってるなら事前知識としては十分かな。その大戦で、雷魔法は『作り出された』の。
「…ん?魔法は太古の昔に与えられたんじゃないのか?」
少なくとも、俺はマミナからそう聞いている。
ーー違うよ?魔法を与えたのは、私たち精霊なの。火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊……この四大精霊ね。
「…その水の精霊って、まさかディーナじゃ、ないよな?」
ーー当たり前よ。私は水の精霊から生まれた、第六世代ですもの。与えた精霊は初代様よ。
精霊がどうやって精霊から生まれるのか気にはなるが……分裂とかそういう事だと、考えておこう。
「まぁいいか。それで?虚無の精霊と雷の精霊は?」
ーー虚無の精霊様はわからないわ。会った事ないもの。雷の精霊っていうのは…存在しないわね。
「じゃあ、なんで【雷魔法】なんてのがあるんだよ。おかしいだろうが」
ーーいいえ、普通よ。雷魔法は、本当に、存在しない、存在しなかった魔法なの。それを作ったのは……他でもない、人族よ。
淡々と、ディーナは怯えるように言う。
ーーあの魔法は、他のどの魔法とも相性が良くて相殺出来ない上、確実に相手を仕留める魔法なの。【炎雷】【氷雷】【旋雷】【地雷】の合成魔法を作る事が出来、今でこそ風魔法の上位互換なんて言われてるけど…本当はどの属性魔法からでも、習得する事は出来るわ。あれは、人が戦争のために作った………兵器よ。
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禊を済ませ、カフェの二階へ。
ーーー兵器よ。
そう言ったディーナは震えていた。きっと昔、どこかで雷魔法をその身に受けたのだろう。
『どうした、スグル。そんな思いつめた顔をして』
「…なんでもない」
『ふむ、そうすると恋か。ならば俺に相談するといいぞ?ドラゴンは博識だからな!』
「ノヴァは産まれて一年も経ってねぇだろっ!」
『バレたか』
「バレないと思った根拠を教えてくれ…」
『肩の力、抜けてよかったよ』
「……さよか」
とにかく、思わぬ所で雷魔法についての知識を得た。今晩にでも、ヴェルに教えておこう。
ヴェルの事だから、何か天才的なひらめきで解決しそうだしな。
「…さ、仕事しようぜ!肉は大量に狩ってきたからな、大変だぞ?」
『下処理なら任せろ』
「ハハッ、狩った肉が多すぎて一日じゃ終わんねぇぞ?」
『どのみち客なんかこねぇんだ、一日かければ終わるだろ』
「ハハッ………笑えねぇ」
悲しい現実を受け入れるため、そして兎肉の下処理をするため、二階から下の厨房へと足を運んだ。
が、しかし。
「『……どういうことだってばよ』」
予想に反して、カフェは大盛況だった。
それこそ、閑古鳥も逃げ出しそうな勢いで。
「あっ、あっ、料理長!戻ってらしたんですね。ちょうど良かったです、手伝ってください!」
「お、おぅ。何から始める?状況は?」
「レジにシェスタさん、厨房にヴェルちゃんがいます」
「よし、じゃあ俺は厨房へ行く。ノヴァはキョウカさんの手伝いを」
『了解した』
結局、お昼の時間は丸々カフェの厨房で過ごし。閑古鳥が帰ってきたのは、それから三時間あとの事だった。
「…ふぅ、どうにか、乗り越えましたね」
「あ、あぁ……疲れた…」
「ウチ、もうお腹ペコペコ…」
「じゃあ、何か、作……りたくねぇ」
時計は見ないが、おそらくは夕方の三時か四時。一般的なピークの時間帯を抜けたようだ。
空腹状態異常も発動する頃合いだし、何か食べないと。
「……というかそもそも、なんで今日に限ってこんなに人が来るんだよ」
「え?いつもこんな感じじゃないんですか?」
「…ぅえ?」
キョウカさんは疲れた顔をしながらも、当たり前じゃないのか?という顔をする。
「私は、今日初めてお手伝いしましたけど……いつもはどんな感じですか?」
「一日中、閑古鳥が鳴いてるよ。言ってて悲しくなるくらいには」
「え…ちょっと待ってください。料理長は、まず朝起きて…何から始めますか?」
「何って…えぇと」
まず、朝起きて…身支度をして…まぁ、変わり映えしない朝を迎えるだろ?
厨房で食材の下ごしらえをして、時間になったら外の看板をCLOSEからOPENに変えるだろ?
……営業が終わるまで店を開けて、終わったら看板をOPENからCLOSEに変える。
その日の売り上げを計算して、おしまい…かな?
「朝起きて、看板をOPENからCLOSEに変えて、終わったらまた看板を戻す。それだけかな?」
「……それじゃあ、お客さんは来ないですね」
なんだとぅ!なにが悪いってんだよぉ、嬢ちゃん!
…と、思えど言わない。
「…キョウカさんなら、どうしますか?」
ならば過去最高売上を出したキョウカ副料理長に聞くしかあるまいて。な?
「まず、お店の看板をCLOSEからOPENに変えて、今日のオススメメニューを書き加えます」
「…ほぅ?」
「朝のピークが過ぎたら、表通りに出て、メニューと店までの地図…それから得られるエンチャントレベルの記載されたビラを配ります」
…は?ビラ?チラシって事か?
などと思っていると。キョウカ副料理長はそのチラシを見せた。
「全部、私が書いたんですよ?」
「…へぇ、上手いもんだな」
聞けば、二十枚ほど手書きで作り、その内数枚は大通りの壁に。残りは道で配ったそうな。
「最初に来た時から少しずつ書き溜めていたのですが…まだ足りませんね」
「最初っていうと、アレか。ギルドを作った時か」
「そうです。何度も道を歩いて覚えて、周辺の地図や目印も見つけて。おかげで、迷ってもすぐに帰れるくらいにはなれました」
「……」
驚きで、声も出ない。日がな一日のほほんと過ごしていた俺とは、大違いだ。
「あとは料理長の見たままですね。昼から少しずつお客さんが増えて、先にヴェルちゃんが帰ってきて。一番忙しい時に料理長が戻ってきてくれて、助かりました。ありがとうございます」
しかも、カフェがそんな事になっているとは思いもせず、畑と二階でのんびりしていた俺に『助かりました、ありがとうございます』だなんて。
「ふぇあっ!?」
「…ありがとう、キョウカさん」
気がつけば、俺はキョウカさんを抱きしめていた。
「りょ、料理長!?何を…っ!」
「……助かる」
恥ずかしがっているのか、引き剥がそうと抵抗するキョウカさん。
しかし、それを拒むように俺は抱きしめた。
「ちょ、料理長、あのっ!もういいですから!」
「絶対に離さない」
「……っ!」
多大な恩を返すには、全然足元にも及ばないが、それでも。俺の気がすむまで抱きしめる事にした。
「…あの……スグル。そういうの後でいいから、午後の仕込みを手伝って」
『…キョウカも、程々にな』
それからもう一度、俺はキョウカさんにお礼を言い、疲れただろうから二階の部屋で休むように言った。
部屋は、俺のを貸した。
「…あ、そうだヴェル。店が終わったら話がある。部屋で待っててくれ」
「うん?…うん、わかった。待ってる」
そういう事で、キョウカさんは二階へ。俺とヴェルは厨房、ノヴァとシェスタには客席を任せた。
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夜、閉店後。
その日は過去最高売上を達成し、単純だが記念にささやかなパーティーをした。
疲れたシェスタとキュウはすでに眠っている。キョウカさんは、もうログアウト済みだ。
「…で?話って?」
「うん、話っていうのは【雷魔法】についてだ」
「さすがスグルね。もう思いついたの?」
「いや、何をどうすればいいってのは、まだ考えてないんだけどな?魔法について、ディーナに聞いてみたんだよ」
俺はヴェルに、聞いた話をかいつまんで伝えた。
「…なるほどね……」
「まぁ、それだけだ、話ってのは。何かヒントになるかなって」
「…ありがとね、スグル。もう大丈夫……というか、ほとんど正解だし」
「ん?どの辺が正解なんだ?」
「…今から試したい事があるんだけど、ついてきてくれる?」
「あぁ、良いぞ」
ヴェルに連れられ、カフェから外に出る。路地を抜け、右に左に曲がり、先に進むと。
「…着いた」
「ここは?」
そこは見知らぬ場所、見知らぬ空き地だった。
「ここはウチの秘密基地。道は今来た一本しか無いし、誰にも知られて無いから誰も来ないわ」
「いつからこんな場所を見つけてたんだ?」
「えぇっと……忘れた。でも、雷魔法を習得しようとして、部屋をグチャグチャにした次の日かな」
「…はぁ。こんな人気の無い場所は危ないだろうが。どこから変質者が来るかもわからないだろ?こんな、逃げ場の無い場所じゃあ」
特に、ゲシュタルトとか。ゲシュタルトとか。
「…ごめんなさい」
「まぁ、教えてくれたからいいさ。んで?試したい事って?」
「うん、まずはこれを見て欲しいの」
ヴェルは右手で魔力を集め、空気を圧縮させる。しばらくして、雷魔法が完成した。片手で、だ。
「これが昼に見せた【雷魔法】ね」
「おう」
「で、次にこっち」
右手の球電を維持したまま、今度は左手で氷塊を作った。
「これは結構前から出来るようにはなってたんだけどね…実はこの二つ、似てるのよ」
「…どこが?」
俺には全くわからない。きっと魔力のベクトルがーとか、属性の量がーとか、天才にしかわからないんだろうなぁ。
「右手の球電は、空気を。左手の氷塊は水を。それぞれ『圧縮』して作っているの」
「…それとディーナの話で、雷魔法が完成するのか?」
「うん」
「なじょして?平凡なわたくしめに分かるよう、ご説明願いまする」
あかん、頭ン中おかしなりそうや。パンク寸前やで。
「ウチも、最初は『五属性』で考えてたんだけどね…【雷魔法】を除いて『四属性』で考えたら、ウチの思考の歯車みたいなのがガチってハマったの」
ヴェルの見解はこうだ。
【火属性】を『炎』ではなく『熱』に。
【風魔法】を『風ではなく『空気』に。
残り二つは変換せずそのままの意味として捉えると、不思議な事に『天候』を操る事が出来た。
『熱』を使えば雲を、気温を。
『空気』を使えば気圧を、風を。
『土』を使えば風向きを、貯水を。
『水』を使えば雨を、冷却を。
それぞれ、再現する事が出来た。
「…なんとなく、分かった……気がする」
「ウチも、感覚でしか説明出来ないんだけどね…」
そして、今回の肝心な部分…雷だ。
「空気を圧縮して球電を作った事を踏まえて、水を圧縮してみたの。でも、ただ圧縮すると結晶化するだけ。だから、この圧縮に一手間加えて…動かすと」
右手の球電を消し、左手の氷塊に集中。硬い氷塊がグネグネと動くと、しばらくして氷塊の中に電気が生まれた。
「…わかった!静電気だ!」
「固体の氷を動かすのは難しいけど、液体の状態ならまだやりやすいかな。これくらいの雷魔法を少ない魔力で生成出来れば、完璧かな」
「ヴェルは、最終的に雷魔法でどうしたいんだ?」
「体に流して身体能力の向上、相手に流して無力化かな」
むぅ、考えてる。
どれも叶いそうな事だしな。
「…なるほど。じゃあ、まずは体内で電気を発生させなきゃな」
「…どうやって、作ろう?」
「体内の液体、もしくは魔力を圧縮させればいいんじゃないかな」
「やってみる」
やろうとして出来るのは、天才なんですけどね。
目を閉じ、静かに佇むヴェル。
「…ごふっ」
「お、おいヴェル!?」
ヴェルが血を吐いた。
「…大、丈夫……」
「って言われても信じられるか!」
やめさせようと、ヴェルの肩に触れる。
「熱っ!」
「……っ」
熱かったのだ、とても。
ヴェルの体が炎のように熱かったのだ。
よく見れば、ヴェルの体からは紅い湯気が立ち上っていた。
「…ヴェル」
ようやく、分かった。分かってしまった。
ヴェルは天才なんかじゃない。誰よりも、誰よりもずっと、努力して。
口には出さず、平気な顔をして。
分からなくなったら、俺や、キュウや、ノヴァに、アドバイスをもらって。
ずっと、求めてきたのだ。
もう何も、失わないように。自分の手で、全部を守れるように。
「…っ!がほっ」
血反吐を、吐きながら。
ならばそれを、一体誰が止められようか。
「…もう、少し……」
「……」
見届けなければ、ならない。
連れて帰らねば、ならない。
そうしなきゃいけない様な、気がした。
「…ん」
体から立ち上っていた湯気が消え、代わりに放電が始まった。
黒かった髪は、紅い、血の蒸気と、白い、放電で、オレンジになった。
魔眼も片方だけ開眼し、オッドアイになっている。
「……出来、た…これで、ウチ、一人でも……戦え………」
雷魔法が解け、ヴェルの髪は元の黒髪に。魔力が無くなり、ヴェルは意識を失った。
「…っと……お疲れ様、ヴェル」
まだ高い熱を持った、頑張り屋の少女を抱える。風邪を引かないよう、上着を着せて。
寒空の下、俺は満面の笑みを浮かべた少女を抱き上げて、カフェに戻ったのだった。
これで、ヴェルは全属性のエキスパートですね。残すは虚無だけです。
ご愛読ありがとうございます。




