#58 兎の王様
やっとです。
お待たせして申し訳ありませんです。ハイ。
「うっさぎぃ♪うっさぎぃー♪」
「……」
「うさぎがいない……」
「……」
「うさぎがいない!?」
「……」
「ヴェヒヒ」
「……」
「うさぎがいない!」
「…うるさいですよ先輩。マジックなマッシュルームでもキメてるんですか」
草原エリア某所。
慣れた方ならもうお分かりかとおもうが、ゲシュタルトとブラウンである。
何をしていると聞かれれば、ただの経験値稼ぎとでも答えておこう。
「あのですね、先輩。経験値稼ぐならもっと効率よく出来るクエストがあるんですよ?」
「…なんとなく、うさぎで稼ぎたかったんだよ……」
「意味がわかりませんよ…」
はぁ、とブラウンは大きなため息を吐く。
朝から草原のうさぎを狩り続け、生息地である荒野と往復すること数時間…さすがに疲れてきた。
「そろそろ帰りませんか?空腹バステが付きますよ」
「え、もうそんな時間か?」
そう言われて、ゲシュタルトはメニューの時計を確認する。なるほど、確かにもうゲーム時間で五時間以上は燻兎を狩っている計算になっていた。
「んじゃまぁ、この辺で切り上げようかな」
と、メニューを閉じた後、ゲシュタルトは遠くの方に視線を伸ばした。
「……おい、行くぞブラウン!」
「また燻兎ですか…」
「んー…まぁ、そうだな」
「……?」
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同じく、草原エリア某所。
〈カフェ・スグル〉から転移し、最短ルートで街の外へと出かけたスグル、ヴェル、キュウとそして、ハクア。
狩りの途中というのもあって、引き続き燻兎を探索中だ。
「……全然いないね、兎」
「これは…誰かが根こそぎ狩り続けていると見た方がいいな」
「朝もこんな感じだったような…」
「うむ、なら間違い無いな」
ノヴァがいるならまだ可能性があるが、現状にて燻兎を見つける方法が目視のみとなると……中々見つからない。
……と、かなり遠くから誰かが走ってくる姿を見つけた。
「……誰か来るな」
「うん?……本当だ、大型モンスターに追いかけられてるのか…?」
「…なんか、ウチ嫌な予感がする」
猛スピードで駆け寄ってくる人影が、段々とはっきり見えるようになってきた。
察しがつくだろうが……ヴェルの予感は、的中したのだ。
「「げぇっ!」」
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!ゔぇるたんゔぇるたんゔぇるたん!!かわいいよぉゔぇるたん!ほおずりさせてちょチュッチュ」
「キモいキモいキモい!!!ひぃあっ!抱きつくなっ!」
「ぶびらばっぁりがとうございますっ!」
………無謀にもヴェルに飛びつき抱き付いたゲシュタルトに、ストレートパンチ(キュウ標準装備)を迷いなくお見舞いするヴェル。
そのストレートパンチ(ヴェルパンチと命名しよう)をみぞおちに受けて平然とネタに走るゲシュタルト。
「ごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ!先輩が失礼なことをっ!」
「あぁ、いいよ。もう慣れた」
遅れて平謝りのブラウンさんに、気にしないでとフォローするスグル。
当たり前になりつつある光景が、そこにある。
「……………」
ただ一人を除いて。
「…げ、ゲシュタルト君…?大丈夫かい?」
「……我が人生に…一片の悔いなし…ガクッ」
「…なぁ、スグル君……まだゲシュタルト君の体力有り余ってるんだが…?」
「そりゃ脳筋ですから。ほっとけばいいんですよ、そのうち起きますし」
そうこう言ううちに、ゲシュタルトは上体を起こす。
「おはよう、諸君」
「もっと寝てろ下衆野郎」
「ンだとゴルァ。ドタマかち割んぞ」
「あ"?やってみろよ変態」
「上等だ。表出ろやゴルァ」
「もう表だヴォケ」
「指相撲で勝負じゃゴルァ!」
「ヤッてやんよヴォケェ!」
がっちりと指を組む二人、もちろん爪は食い込ませて当たり前。
……世界一平和な戦いが始まったのだった。
閑話休題。
世界一平和な戦いは、とりあえずは放置。
「そういえば、ブラウン君はゲシュタルト君と何をやっていたんだ?」
「…あ、はい、えぇとですね、燻兎の討伐クエストです」
「もしかして、朝からかい?」
「はい」
「そうか……」
ハクアは、この二人が兎出現率の低下を引き起こしていると察した。
そして同時に思う。スグル君はよくこの二人とフレンドやってるな、と。
「ッシャオラァ!勝ったぜヴォケェ!」
「くっ……ゔぇるたん慰めて」
「………」
「冷たい目線で蔑まされてる!?ありがとうございます!」
どうやら世界一平和な戦いは、スグルの勝利で幕を下ろしたようだ。
「ふぅ……んで?ゲシュタルトも兎狩り?」
「そうだ。経験値稼ぎにな」
「じゃあ、パーティー組もうぜ。兎肉が欲しいんだ」
「いいけどよ…アイテムBOX満タンになったらどうなるんだ?街に戻るのか?」
「いや?それについては多分……」
スグルは額に手を当て、少し念じてみる。
『あーテステス、ノヴァ聞こえるか?聞いてたんだろ?どうせ暇だしな』
しばらくして、返事が返って来る。
『どうせ暇とか言うな。聞いてたよ』
『暇なんじゃねぇか。あのな、俺のアイテムBOXからノヴァが何か取り出すのは出来るか?』
『出来るが、数は少ないぞ?』
『それでいい。兎肉が溜まってきたら取り出して食料庫に入れといてくれ』
『りょーかい』
通信を終え、額から手を離す。
「…多分、なんだよ」
「あぁ、悪い。ノヴァに言って溜まったら外に出すようにお願いしたからな」
「えぇ!?溜まったら外に発射するって!?」
もう無言でグーパンしました。
ともあれ、スグルとゲシュタルトは同じパーティーを組み、共に燻兎を狩り続ける。
「意外と出ないんだな」
「まぁ、狩りまくってたからなぁ…出現率下がってんだろ」
草原、荒野を往復しながら燻兎を探す。
しかし面倒な事に弱すぎて【危機回避】による探知が難しく、かといって目視では【鷹の目】や【魔眼】を使っても難しい。
ノヴァくらいのハイレベルな探知スキルがあるなら、話は別なのだが。
「ところで、ゲシュタルト」
「あん?」
「腹減ってないのか?朝から狩ってたなら、もうそろそろ空腹異常が出るだろ?」
「もう出てるけどよ、兎相手ならこれでも余裕だから良いかなって」
「…あまり減らすと麻痺が付いて動けなくなるぞ」
「……なんか持ってねーか?」
うむ、素直でよろしいっ!
「アイテムBOXに肉がたんまりあるだろ。と言うかその肉くれよ、いらねぇだろ?」
「ばかやろう、いるに決まってんだろ。あとでテメェに高く売るんだから」
「うわひっでぇ」
「んで?その肉がなんだって?」
「燻してるから、そのままでも食えるぜ」
「え、そうなのか!?」
「不味いけど」
「……調理オナシャス、店長!」
と、いうわけで。
暇を持て余した俺たちは、その場で昼食をとる事にした。
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「スグル、何作るの?」
「もしもを考えてある程度の調味料はあるからな、それでなんとか即興するつもりだ」
「…ウチ、サンドイッチか丸焼きしか思いつかないんだけど」
調理ができると言っても、そこがヴェルの限界だろう。料理はその場の発想力が大事だからだ。
……とはいえ、今ある食材の確認からだな。
「……兎肉が大量、アイテムBOXに米と卵…食器はノヴァに届けてもらうとして、だ」
スグルはブツブツと独り言を言いつつ考え込む。
その間に、ヴェルは席とテーブルを土魔法で作り上げた。
「…よし、決まった!他人丼だ!」
「他人…丼?」
スグルの言うことが、いまいちピンと来ないヴェルは同じ単語を繰り返す。
「そ、他人丼。卵から産まれる鶏の肉を使うと親子丼になるんだが、卵から兎は産まれないから他人丼だ」
「…へぇ、上手い事言うのね」
そんなわけで、まずは出汁から作る。
今回も手順が簡単なので、視点変更は使わずにやってみる事にした。
本来は鰹節を使うが、今回は干し魚で出汁をとる。
兎肉とタマネギをカットし、出汁に砂糖、みりん、薄口醤油、塩を入れてタマネギを煮込み、ある程度しなったら肉を入れてまた煮込む。
肉が煮立ったら、溶き卵を入れて蓋をして蒸らす。
後はご飯の上に盛り付けて出来上がりだ。
「出来たぞ、残さず食えよ」
「残す要素が見つからないぜ!いただきまっす!」
それぞれがヴェルの作った椅子に腰掛け、他人丼に食いついた。
「あっ美味しい!」
「あるもので作ったとは思えない……」
「さすスグ」
「さすスグってなんだよ」
ヴェル、ブラウン、ゲシュタルトは美味しいと言いながら食べ続けてすぐに無くなり、ハクアはゆっくりと味わって食べた。
「「「ごちそうさまでした」」」
「お粗末様」
米粒ひとつ残さず、綺麗になった丼の器はヴェルの水球で洗う。
「えぇと、じゃあいつもみたいに洗ってくれる?」
「……ごめ、無理…」
「え、なん……あぁ、そうか…」
水魔法を使いながら風魔法を使うのは難しいんだっけ?いつもはノヴァが重力で手助けしてるから出来るけど……くそぅ、ノヴァの得意げな表情が容易に想像できる。
「分かった、俺が洗うよ。そのまま浮かせててくれ」
そう言って、スグルは水球に両手を突っ込んで洗うのだった。
「…無くなって初めて分かる有り難みだな」
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昼食の後、再びスグル達は兎狩りを始めた。
時間を空けたからなのか、発生率は戻りつつあるようで。
「…一匹、捕捉したぞゲシュタルト」
「よし、手筈通りに。俺、スグルで先手、ヴェルとブラウンは後方支援、ハクアさんはトドメの一発だ」
「よし…散!」
むしゃむしゃと草原の草を食べている燻兎目掛けて、スグルが一発。
続けてゲシュタルトが上に打ち上げた所を狙撃。
「…ふぅ、結構集まったな」
「まぁ少しずつ狩ってるからなぁ…出現率も上がってんだろ」
「完全にウチの出番がない…」
「ゔぇるたんは俺の目の保養剤でっす!」
「いやだぁ!」
そうこう言いつつ、俺たちは同じ方法で兎狩りをする。基本は一匹を狙うが、時々二匹同時も狩っていった。
そうして…何十匹目かもう数えるのも嫌になってきた頃。
「…っらぁ!」
荒野にて、ゲシュタルトの打ち上げた燻兎をハクアさんが遠くから撃ち抜く。
「っしゃあ次ィ!」
「…いや、まてゲシュタルト。何か様子がおかしい」
「ん?」
打ち上げ、撃ち抜かれた燻兎は……確かに体力はゼロなのに、光の粒子とならずそこにとどまっていた。
弱々しく、それでもなお立ち上がった燻兎は、ただ一鳴き。
ーーピイィィィィィィィィィィィ………
ただ一鳴きし、そしてパタリと絶命する……刹那。
「……よ、避けろぉっ!」
巨大な黒い…片目に縦傷のある兎が、荒野の岩柱からさながらムーンサルトの様に飛び……着地。
いや、落ちてきたと言うべきか?もうもうと土けむりを立てながらヒップドロップをお見舞いされた。
「…あぶねぇ……」
「助かったぜ、ゲシュタルト」
まぁ、ゲシュタルトの一声でとっさに避けたから当たりはしなかったが。
ーーピギィィィィィィィィィィィ………
「なっ…先輩!何ですかあれは!」
「しらん!」
「堂々と言うんじゃねぇっ!」
「頼りにならないゲシュタルトですねっ!」
だけども、ある程度察しは付く。
おそらくは燻兎の親玉…燻兎のK種だろう。
「とりあえず俺が引きつける!スグル達は岩陰に!」
「応!」
そう言って、ゲシュタルトは最初の一撃を燻兎王に当てた。敵意を稼ぐつもりらしい。
「へいへいへーい!コッチだこっちぃ!」
「うぜぇ挑発だなぁおい」
挑発し、銃剣でチマチマと攻撃しつつゲシュタルトは一人、スグル達と離れて戦いやすい位置に燻兎王を誘導する。
ーーピギュルル…
ギロリと攻撃してきたゲシュタルトをにらみ、動き出し、そして何故か。
「……あれ?」
「ちょ、ゲシュタルトてめっ……!コッチに来てんじゃねぇか!」
敵意を稼いだゲシュタルトには目もくれず、まっすぐスグル達を追い始めた。しかも速い。
ーーピギャァァ!
視認できない速度となった燻兎王……いや、正確には〈ワイルドギース〉という名前の大型モンスターは、スグル達に追いつくと、その強靭な脚で蹴り飛ばした。
「…っぐ」
直接ダメージを受けたのはスグルだけだったが、その余波でヴェルとブラウンさんが吹き飛ばされる。
とっさに【蜘蛛の糸X】を張り、スグルを媒介にして二人を助けた。
「ありがと、スグル」
「あぁ……しかし」
眼前まで迫ったワイルドギースに、今はなす術がない。
もう無理かと、強すぎる兎を前に、どうやってヴェルとブラウンさんを逃がすか考えていると。
ーーピギャ!?
ワイルドギースの顔面に煙幕が発生し、同時に念話が届いた。
「スグル殿、無事か!」
「ハクアさん!?俺たちは大丈夫です!」
「煙幕玉を当ててやった。今のうちに隠れろ!」
「助かる!」
ヴェル、ブラウンさんを引き連れ、スグルは近くの岩陰に姿を消した。
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しばらくして、煙幕が晴れるとワイルドギースは辺りを見回す。見失った俺たちを探しているようだった。
「……ふぅ」
「…なんとか…逃げれた?」
「いや、あっちはまだ諦めてないみたいだからな。見つかったら今度こそやられる」
「スグルさん、あの兎が離れて行きましたよ」
「よし、こっちも移動して合流しよう。作戦会議だ」
ゆっくりと岩陰から顔を出しワイルドギースを見ながら移動する。
ゲシュタルトには事前に連絡をしており、あちらも俺たちとの合流を目指して移動中だ。
「スグル殿」
岩柱の上から、ハクアさんが音もなく下りてくる。
「あ、ハクアさん。さっきは助かった、ありがとう」
「いや、礼には及ばない」
「にしても、よく煙幕なんて持ってたな」
「狙撃手だからな、私は。近づかれると厄介だから、逃走用に短刀と煙幕玉は持っているんだ」
「なるほど」
しばらくワイルドギースを観察していると、近くの岩陰から動く小さな影が見えた。おそらくはゲシュタルトだろう。
「スグル」
「おう。見つかって無いよな?」
「当たり前だ」
「じゃあ、作戦会議といこうか」
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ワイルドギースを【危機回避】で捉えつつ、円卓を囲むように座る。
「まず、あいつの攻撃を受けた俺から言わせてもらうが、攻撃力はそんなに高くなさそうだ」
「だけど、範囲にも攻撃判定がある感じだったよね?ウチもブラウンさんも、それで吹き飛ばされたわけだし」
「ああ。きっと一対多数があいつの戦闘スタイルなんだろうな」
地面に兎の絵を描きつつ、矢印を複数付け足す。わかりやすいように、図解しているのだ。
「で、だ。もう一つ、あの兎の速さだが……」
「それなら俺もわかるぞ。対抗出来るのは、うちのギルマスとサブマスかゔぇるたんだけだな」
「そうだな。正直言って、さっき逃げられたのとハクアさんの煙幕玉が当たったのは……偶然だ」
ハクアさんの煙幕玉が当たらなければ、あそこで俺たちは殺られて街に強制送還だろう。
「…それから、これはゲシュタルトに聞きたいんだが」
「ん?」
「あの時本当に、攻撃は当てたんだよな?」
「ああ。外すわけないだろ」
「なのに、ワイルドギースは俺たちを狙った?」
「そこが謎なんだ」
俺とゲシュタルトが思い悩んでいると、ブラウンが口を開いた。
「あの、私ちょっと心当たりがあるんですけど」
「なんだブラウン、言ってみろ」
「はい、まずワイルドギースが出現した条件なんですけど…確か燻兎を倒した後、鳴き声を発したから…ですよね?」
「そうだな」
「それでですね、もしかして……いままで倒した兎の数が関係しているのではと」
「……なるほど」
「もしブラウンの言うことが正しいなら……おいスグル、メニューの中にモンスター図鑑があるから、燻兎の討伐数を教えろ」
言われて、メニューから図鑑を開く。燻兎を探し、討伐数を確認した。
「…243匹だ」
「俺は186匹」
「私は98匹ですね」
「…私は75匹になっているぞ」
いやいや、みんな少なくないか?それとも俺が多すぎるのか?
「…流石ブラウン、という事なのか?」
「先輩が鈍いだけだと思いますよ」
「…まぁいい。とりあえずは謎は解けたワケだし、本題に戻ろうか、スグル」
「あぁ。あいつの倒し方だったよな……俺は正直、まともに戦って勝てるとは思ってない」
「…ほう?」
ゲシュタルトから僅かに殺気が感じられた。
「…だから、まともじゃなく……罠を仕掛けようと思う」
「具体的にはどうする?」
ハクアさんの問いに、俺は少し怪しく笑う。
「まずはこいつを見てくれ。どう思う?」
「すごく……痛そうです」
「大丈夫なの?スグル」
「で?それがどうしたんだよ」
みんなに見せたのは、俺の手のひら。そこには、何かで切ったような傷が残っていて、パックリと割れている。
「さっき【蜘蛛の糸X】を使った時にな、やらかした。普通ならすぐふさがるんだが、糸には麻痺効果と魔力阻害効果があって、回復が遅い。痛みは無いぞ」
「…スグル、お前の言いたい事がなんとなく分かった」
「え?どういう事なの?スグル」
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辺りを探し回っていたワイルドギースは、ついにスグルを見つける。
ーーピギィィィィィィッ!
「ほらほらこっちだ!…頼んだぜ、ヴェル」
「うん!」
高速で接近するワイルドギースに対抗して、ヴェルはスグルを担いで逃げ回る。
荒野を縦横無尽に走り回り、翻弄した。
「…今だ、ブラウンさん!」
「はいっ…【魔法壁】!」
ワイルドギースの目の前に、魔法の壁が生成される。
強度はそこまで強く無いから、攻撃すれば一発で破壊出来るけど…いきなり眼前に展開されれば、誰だって一瞬は怯む。
「ゲシュタルト!」
「応よ!くたばれクソ兎ぃ!」
その一瞬を狙って、ゲシュタルトが渾身の一撃を食らわせた。ヨロヨロとバランスを崩したのを見るに、相当のダメージなのだろう。
もちろん、ワイルドギースはゲシュタルトを睨むだけで、相変わらず追いかけるのは俺だ。
「…もう少しだな」
「…っスグル、ウチもう……魔力が、切れそう」
ずっと最速で動き続けているんだ、そりゃあ【魂魔庫】でも底は尽きる。
あくまで【魂魔庫】は上限なく溜め込めるだけで、無限にあるわけじゃ無いのだから。
「大丈夫だ、あと少しで罠が張り終わる」
「…わかった」
その後も、ヴェルは荒野を走り続ける。岩柱を縫うように動き…時に低姿勢で、時に岩柱を足場にして走り続ける。
所々、ブラウンさんの足止めやゲシュタルトの一撃、ハクアさんの狙撃でダメージを蓄積させていった。
「…よし、罠が張れたぞ!ヴェル、後は打ち合わせのポイントに向かうだけだ!」
「うん!」
最後の魔力を振り絞り、ヴェルはまっすぐ突き抜ける。曲がらないと分かったからか、ワイルドギースは徐々に速度を上げた。
……おいおい、どんどん上がってるぞ。ヴェルより速いんじゃねぇの?
「……も、限界っ!」
ボフンと音を出し、キュウは変化を解く。同時に、ヴェルは足をもつれさせて転び、自身の出した速度に任せて宙を舞った。ゴロゴロと全身を打ち付けて、スグルは放り出される。
ーーピギィィィッ!
これ幸いと、ワイルドギースが攻撃しようとするが…手遅れだ。
走っていたヴェルは届かなかったが、放り出された俺は、予定のポイントをギリギリ超える事が出来たのだ。
ーーピギ!?
ワイルドギースの体に、何かがまとわりつく。
それはまるで網の目のように貼り着き、跳ね返そうとする。しかし、網の基点となっている岩柱はワイルドギースの速度と重さに耐え切れず、根元からボキリと折れた。
ーーピギ、ピギィィィ!
折れた岩柱は数回ワイルドギースの周りを回ると、それぞれがぶつかって粉々に砕け散る。
「……ふぅ、手こずらせやがって」
俺は見えなくなるまで細くした糸を回収しつつ、ワイルドギースの上に乗った。
ーーピ、ピギィィィ!?
「わけわかんねぇって顔してるから、教えてやるよ。ヴェルが闇雲に走ってたと思っていたなら…間違いだな。わざと岩柱のそばを走らせて、俺がその都度糸を張らせた。こうやってお前を捕まえるためにな」
ーーピギィィィッ!ピギィィィィィィッ!
「…で、実を言うとこの糸って回収出来るんだよ。一本に繋げている以上は絶対に切れない糸なんだけどさ……これ、今回収したらどうなると思う?」
ーーピ、ピギィ…ピギィィィッ!
どうせ、ヤメローシニタクナイ!とか言ってるんだろうけど、知らんな。ヴェルに攻撃した罰だ。
お前の命を持って償ってもらう!
「くたばれ、クソ兎ぃ!」
ーーピ…ピギャ、ァァ、ビギィィィッ!
ワイルドギースにまとわりついた糸は絡み合い、体を細断して糸玉になった。
上から光の粒子になって、経験値と化す。
そうして、俺たちは戦いに勝利したのだった。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
トドメを刺したスグルに群がり、ゲシュタルト達は勝利を分かち合った。
そんな様子を遠目から見る影が、一つ。
「………ふん、しぶとい上に見事な策略。侮れんな、奴は」
双眼鏡をしまい、影は姿を消した。
ご愛読ありがとうございます。




