#57 狙撃手
新年明けましておめでとうございます。
「……」
「何か話してもらわないと、分からないんだけど」
椅子に座らせてから、一言も喋らないお客……もとい彼女は、名前すら言わない。
メニューから見ようと思えば、いくらでも見れるんだけど…それはちょっと違う。
……そうそう、一応言っておくと「彼女を椅子に縛る」などと物騒な事を考えているだろうが、実際は手首だけを縛っているだけなので拷問みたく問いただす気は無い。
「……まぁ、話したく無いなら別にいいけどさ」
「……」
「なんでこの店に来たの?」
「……は?」
彼女からすれば、この時の俺の顔は無駄に輝いていたのだろう。
さながら、興味津々という風な。
「……別に。情報ギルドのマスターに教えてもらった。それだけだ」
「へぇ……ジュンさんが」
「……っ!?」
この店を知る人はかなり少ない。故に〈カフェ・スグル〉を知りつつ情報ギルドのマスター…となれば一人しか思い当たらない。
俺からすれば些細な、言って見れば独り言のような物だが……彼女には少し、別のものに聞こえたらしい。
「何故お前がジュンさんを知っている」
「ん?なんでって…まぁ、ジュンさんにはかなりお世話になってるし。ギルド同盟っていう事もあるからな、あとは色々だ」
「なるほど、それであの人はここを……いや、すまない。どうやら私の早とちりだったようだな、詫びよう」
「いえいえ」
うん、雰囲気が柔らかくなった。これなら色々と聞けるだろうか。
「すまないが、君のその竜を……私の目の届かない場所に動かしてくれないか?」
「いいけど…なんで?」
「竜が嫌い……と言うよりは、虫唾が走る」
そう言って、彼女はノヴァを睨みつけた。察したノヴァは、大人しく厨房の奥に消える。
「……すまないな。名乗らせてもらうと、私は〈ハクア〉という。ここにはジュン殿の勧めで来たのだ。なんでも、値段の割に腹持ちSSランクの付与効果が確定で出るらしいんだが」
「…それ、別の店じゃ無いのか?」
腹持ちSSランクってなんだよ。付与効果確定ってなんだよ。
どこの高級料亭ですか、それ?
「いや、確かにここだ。路地奥の〈カフェ・スグル〉だろう?ここは」
「あ、それは間違いない」
「なら、私の紹介された場所と差異は無…い……」
そう言いながら、ハクアさんは手首に縛ってあるものを自力で解こうとしている。
「あ、ごめん。解くよ」
「いや、いい。自分でやる」
「いやいや、縛ったのは俺だし」
その後も解く解かせろと自己主張が続き、段々と白熱した口論へと発展する。
そのうち、スグルは無理矢理解こうとハクアの手首を掴み、ハクアはやらせまいと抵抗し……側から見ればスグルがハクアに迫っている様にも見える絵面が完成した。
「どうもこんにちは……ぁ」
「「……アッドウモ」」
もうお約束というか、運が良いとか悪いとか。
キョウカさんが来店する。
「…し、失礼しました……」
「あ、待って待ってキョウカさん、誤解だから」
「い、いえ、その、お邪魔でしたよね、今日は帰ります」
「だから違うって。キョウカさんの思う事は何も無いから」
「いや、その……趣味は人それぞれですから」
「なんの話!?」
兎に角、キョウカさんに一部始終を三十分以上かけて説明し、どうにか納得させる事に成功した。
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「……てなワケで、こちらがハクアさん」
「よろしく」
「…で、こっちがキョウカさん」
「どうもです」
そこで会話は途切れた。
数秒の間をおいて、ハクアさんが口火を切る。
「スグル……と言ったな。一つ確認したいのだが」
「ん?」
「今朝…と言うより、ついさっきの事だが……荒野に行ったか?」
「行ったぞ」
「それは…そこの少女……ヴェルと言ったかな…彼女と一緒にか?」
「あ、あぁ…」
ヴェルの事を〈NPC〉と言わずに〈彼女〉と人扱いした事に少し戸惑いつつも、質問に答えていく。
「最後の質問だが……その時、誰かに狙撃されたりとかして……?」
「あ、されたな。ハズれたけど」
その答えを聞いた途端、ハクアは椅子から転げ落ちんばかりの勢いでスグルの足元に手と額を打ち付ける。
「申し訳ないっ!それは私だ!」
「へぇ………は?」
いわゆる土下座をくらったスグルなのだが、いまいち意味がわかっていない。
「……実を言うと、君達を見つけたのは草原での事だ。尾けさせてもらった」
土下座をしつつ、ハクアは事情…と言うより、その時の事を話し始めた。
それによると、経験値稼ぎをしにクエストを受けてこなしている最中に俺たちを発見し、竜使いが大嫌いなハクアさんはクエストそっちのけで後を尾けた所、人気のない所へ進んだのを好機と思って高台から狙撃した……そうなのだ。
まぁ、結果として弾はハズレて俺は無傷。ハクアさんも、位置がバレたので狙撃ポイントを変えているうちに俺たちが飛んで帰ったから諦めたのだ。
「……その話をジュンにしたら『リベンジするなら付与効果してから行けばいいよ。格安で付けてくれる所を紹介してあげる』と言われてここへ来た次第なのだ」
「……ジュンさん…わかっててここを紹介したな」
今頃はハクちゃんと一緒に悪い笑顔をしているのだろう。そのうちお礼に行かないとな…
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「………おいコラクソ親父」
「なんだ」
「…本当に仕事場がここなのか?」
「そうだな。今回の獲物はここのデータの中にある」
そう言って、翔の父……翼は大きなビルを見上げる。
「いやいや、このビルがどこか分かってんの?」
「当たり前だろう。今や超人気ゲームの主要媒体を開発した大元のSENY社だ」
「頭おかしいんか!セキュリティ万全に加えて盗るモンがメインサーバーの中とかどうやっても潜入出来ねぇだろうが!」
先日、翔はCDOからログアウトする際に自分の親と話をした。
かなり応急的なハックだったから、時間で言えば数十秒だろう。
その時曰く『明日、中央ホテルのニ八三号室で待つ』と伝言を受け、場所的にログアウト後すぐ家を出なければ間に合わないと踏んだ翔は出かけた次第なのだ。
「……まぁ、いい。親父の頭のネジがトンでるのは昔からだからな」
「はっはっは」
何も面白くねぇよ。
「んで?絶対不可能のセキュリティに潜ってSENYのメインサーバーに何のご用で?」
「何だっけなぁ……ほら『ナントカギア』と『しぃーでぃーおー』を作った人」
「リンクギアとCDOな。作ったのは宮藤陸っていう神だ」
「そうそう、ソレ。どうにもキナ臭い感じがしてな」
「……どういう意味だ」
その問いかけに、翼は意地悪な笑みを浮かべる。
「それは今夜のお楽しみ」
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というわけで、その後なんやかんやと一頻りの交渉を経て、ハクアさんがお詫びの意味も込めて……ノヴァ抜きで……燻兎狩りに付き合ってくれることになった。
『えっまじで俺留守番?』
「仕方ないだろ?ドラゴンが嫌いなんだし」
「本当にすまないな、ノヴァ君」
『…本当にそう思ってるなら首筋に当てたナイフをどけてくれ』
「こうしないとマトモに君と話せないんだ。それに、言う割には余裕そうじゃないか?」
『そりゃそうだろうな!』
不機嫌極まりないノヴァではあるが、自分の命と天秤にかけるなら留守番する方が良い。
『で?店はどうするんだ?また閉めるのか?』
「そうだな…料理スキルを持ってるヴェルが一緒に留守番…「ウチも行くからね?」…は無理だしなぁ……」
そこでふと、キョウカさんと目が合う。
……ちょうど良い人材がいるじゃないか。
「キョウカさん」
「は、はいっ」
「後のこと、頼んでもいいかな?」
「任せてください!」
「ありがとう、キョウカさん」
そう言って、午後の経営を全てキョウカさんに任せるのだった。
ご愛読ありがとうございます。




