#53 ボス戦
イベント終了二時間半前。
ここまで時間が迫ると、他のプレイヤーは中央の塔を登り始める。
別に、東西南北の塔を全てクリアしないと中央の塔に挑めない訳ではなく、どれか一つでもクリアすると挑戦権が得られるらしいのだ。
もちろん、全ての塔を何度もクリアするメリットはある。そのメリットを発動させるにはいくつかの条件があるが、簡単に言えば中央の塔ボスモンスターを弱体化させる事が出来るのだ。そしてその弱体化は全プレイヤーに適用される。故に、パーティーバランスの凹凸が激しい俺たちは必然的に最後に残るわけで。その間、掲示板で中央の塔について調べる事にした。
「目標クリアタイムは一時間。突入はイベント終了一時間半前。それまでに、各自情報を頭に叩き込むように!」
「…ふぁい、おー」
昼食が終わると、ジュンさんからチャットが届く。そこには、中央塔前に集合とだけ書かれていた。そうして、全員が集まるとジュンさんはその場を一時的に仕切り始めたのだ。
「……時間経つとやっぱ攻略情報多くなるな」
「うるさいですよ先輩……黙って下さい」
黙々と、全員虚空に浮かぶ掲示板を閲覧する。側から見れば頭のおかしい集団だろうな。
そんな静かな空気の中、敵モンスターの情報を探していると、ノヴァが俺だけに話しかけてきた。それに対して、頭の中で会話する。
『ちょっといいか、スグル?内密な話だが』
ーーなんだよ。
『さっきスグルと離れた時にな、ちょっと中央塔に登って来たんだ』
「はぁ!?」
「うるさいぞスグル。静かに出来ないのか」
「あ…悪りぃ、ショウ」
『アホか』
ーーうるせ。それで、登ってどうしたんだ?
『……気になる事があってな。覗いてみた。そしたら、ボス……その眷属の中にヴェルと似た魔力を持った奴がいたんだ』
ーーそれが?魔力が似てるとどうなるんだよ。
『どう言えばいいか……そう、魔力はスグルの世界で言うとDNAみたいなものなんだ』
……なるほど、言いたい事が判ってきたぞ。つまりボスを倒すにはヴェルの親戚かもしれない人を倒さなきゃならないって事か。
『まぁ、問題はヴェルの親戚が云々じゃない』
ーーどういう事だ。
『アモンの事もある。もしかすると、感動の再会を装ってヴェルがヤられるかもしれん』
ーーつまり、どうにかしてそれを阻止しなきゃならないんだな?
『…ま、そうだな』
対処法は、ある。一番手っ取り早いのは、四六時中俺がヴェルと行動する事だ。だが、それは少し無理がある。特に、戦闘に置いて戦力の分断は基本中の基本。それを仕向けられたらひとたまりも無いだろう。つまり、ヴェル一人で自分を守らねばならないのだ。
だが、それは酷だろう。俺と会うまで一人だったヴェルに、本物の家族が生きていると知れば、きっと攻撃出来無い。だから、せめて敵だと分かるようになれば……。
「……あるじゃねぇか」
「なんだよさっきからブツブツと。暗記か?」
「いや、なんでもない。それよりヴェル、あのペンダントまだ持ってるか?」
「あの?……あ、アモンに貰ったアレね?あるよ、それがどうしたの?」
「今はまだいいが、塔に入る前には付けとけ。さっきみたいな事もあるからな」
「あ…うん、わかった」
さっきみたいな、と言うのは北の塔で会ったアモン……紛らわしいから黄泉アモンで。
黄泉アモンみたく外見を利用して攻撃してくる奴がいるかもしれないからだ。
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突入準備が整うと、ジュンさんが全員に紙を配り始めた。
「それは塔の中の地図だ。掲示板の描写を継ぎ合わせて作ってある。完璧ではないが、八割はそれでまかなえるだろう。参考にしてくれ」
流石、と言うべきか。ギルドを仕切っているだけあって人の使い方を熟知している。
「それからもう一つ、塔に挑むパーティーを小分けする。理由は、クリア率を高める為だ。北の塔と違い、中央の塔は少し複雑化している。大人数で挑むよりは連携の取れた少人数の方が有利だと、ハクが結論した。質問はあるか?」
「ハイハイ、ギルマス!」
「なんだ、ゲシュタルト」
「そのパーティーは俺等で決めて良いですか?」
「好きにして構わない。ただし、最大四人で組んでもらうぞ。盾役、前衛役、後衛役、回復役だ。三人でまかなえるなら、減らしても構わない」
「じゃあ、ハイ!オレみたいに一人で四役出来る場合は?」
それは無理があるだろ。とは、誰も言わない。
「ソロで、って事かい?やるのは良いけどオススメはしないな。小分けされた後は他のチームは助けに来ないと、そう思ってくれ。他に何かあるか?」
誰も、手を上げない。要するに、理解出来たという事だ。
「…よし。それじゃ、ボクはハクと……キョウカ君、よろしく頼んだ」
「えっふぁえ!?私ですか!?」
「…厨房、で、周り、よく、見て、た……ハク、の、補佐、おねが、い」
「それとも、誰かと一緒に行きたいのかい?」
……なんでジュンさんはこっちを見てるんだろ。
「い、いえ、そういうのは特に……」
「そうかそうか。じゃ、お願いするよ。ボク達は先に行く。生きて、クリアしような!」
そう言って、ジュンさんは塔の中へと入っていった。
……さて、誰と組もうか。
「ギルマス、人の取り合いとか考えて無かったのかな」
「考えるまでも無く、パーティーが決まるんじゃないですかね?」
「ま、そりゃそうだな。とりあえずはブラウンと組むとして、前衛は…スサノオ!こっち来い」
「えっオレショウ兄と……」
「あぁん?ショウはスグルとマミナさんと組むに決まってんだろ。くしなだたんもこっちおいで〜」
「……あの、ショウさん。私と一緒に行きましょう?」
そんなにゲシュタルトが嫌か。
「悪いな、クシナダちゃん。俺、ゲシュタルトの言う通りスグルと組むつもりなんだわ」
「……そう、ですか」
「大丈夫だって。戦闘中は、ゲシュタルトすっげぇ紳士だから」
「…わかりました」
そんなこんなで、結局俺等は三班に別れる事となった。
ハクジュン姉妹プラスキョウカさん、バカップルとスサノオクシナダ、俺とショウとマミナとヴェルだ。
ノヴァとキュウは数に数えてないが、それぞれ飼い主 (?)の所へ。ディーナはビンに詰めてアイテムBOXに。
「じゃあな、スグル。俺ら先行くぜ。ゔぇるたんにケガさせてみろ首から先が消し飛ぶと思え」
「ンな心配するよりさっさと行けや変態野郎」
「ぁんだとゴルァ」
「はーいはい、時間もったいないですよ。行きますよ先輩」
ブラウンさんに引きずられ、ゲシュタルトは塔の中へ消えるまで悪態を吐き続ける。
「…俺達も、行くか」
「ボス直行で良いんだよな?」
「そうね、なるべく雑魚処理は避けて行きましょうか」
ヴェルも、ペンダントを首から下げて準備完了のようだ。ノヴァは俺の肩、キュウはヴェルの頭の上と定位置に居座り、戦う気満々である。
「……」
「どうした?ヴェル」
「…なんでもない。行こ、スグル」
「お?おぅ」
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「『「「「……せまっ!」」」』」
それが、中央の塔に入った最初の印象だ。
「なんなのよこの道幅……二人歩いたらもう肩がぶつかるじゃないの!」
「ホントに道あってるのか?上がるどころか下がってる気がするぜ?」
「いや、このマップを見る限り上の部屋はダミーで、最下階に本体がいるらしい。最上階は……なんだこれ【ドールハウス】?」
塔の上の部屋に書かれているのはDoll Houseのロゴ。小さく、ハク命名と書かれている。
そこ以外には宝物庫とかトラップなどと書かれているから、最上階の部屋だけハクちゃんが書いたのだろう。なかなか可愛らしい所もあるんだな、表情読めないけど。
「ドールハウス?それってどういう意味?」
「どういうって……そうか、ヴェルは知らないか。まぁ、人形部屋だな」
「人形!部屋いっぱいに人形が飾ってあるの?」
「かもな」
この場合のヴェルの言う人形は、手のひらサイズの物を言っているんだろうけど。きっとこれは生物の亡骸を指しているのだろう。その中に、ヴェルの親族がいるかもしれないなど、言えるはずも無いが。
「へぇ……ちょっと見てみたいかも」
「終わって、時間があったらな」
「うん、わかった。約束だからね?」
「……あぁ、約束だ」
ひどい話だよな。ボスを倒したら、そのままイベントエリアから即帰還なのに、出来もしない約束なんか。
本当は、このペンダントも無い方がいいのに。
「じゃあ、しゅぱぱーんと終わらせて行こう!ね?あとどれくらいで着きそう?」
「そうだなぁ…あと五分くらいかなぁ」
地図によると、このまま道沿いに進めばボスのいる部屋へと直行する事になっている。
「ねぇスグル、この地図本当にあってると思う?」
「なんだよマミナ、ジュンさんの情報処理技術を疑うのか?間近で見たんだろ?」
「うん…そうだけどさ、スグルはおかしいと思わないの?」
「マミナの頭が?」
「誰がバカよ!そうじゃなくて、私たちの今の状況!」
「別に普通だろ?モンスターと鉢合わせないだけで」
「それがおかしいのよ。あのねスグル、この通路はどうして細いのか考えた事ある?」
「…無いな。なんでだ?」
「私が思うに、ここって裏道だと思うのよ」
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スグル達が塔に入る少し前、ゲシュタルト達が中に入ると、ジュン達が待っていた。
「あれ、どうしたんですかギルマス?」
「…少し中に。外へ声が漏れるとまずい」
手招きし、奥の方へと招きこむ。
「ボクが渡した地図があるだろ?アレを回収したい」
「は、はぁ……まぁミスがあったなら俺の方で書き直しときますけど」
「…ちが、う…そう、じゃ、ない」
「最初に渡した地図はダミーだ。偽物だよ」
「に…偽物ぉ!?そ、それじゃあこの書かれてる道は……」
「あぁ、それは実在する。だけど、ボク達はその道を使わない……いや、使えない」
「どういう意味ですか?」
曰く、偽物に書かれてる道は、言って見れば専用通路。それも限られた条件を満たす魔種のみが通る事を許された通路だそうで。
「北の塔でアモンの最期を見ただろう?他のモンスターは光となって消えるのに、あいつは消えなかった。ずっとその事が納得出来なかったんだ」
「…でも、掲示、板、読ん、だら、納得、し、た」
「最上階のドールハウスで、青い片眼鏡の鳥型魔種の情報を見つけた。つまり、そういう事だ」
少しばかり長考した後、今度はブラウンが口を開く。
「…消えて無くなるはずの物が別の場所で目撃されているという事は、既にその対象の外にいるという事。そんな得体の知れないモノがまともな道筋を通って最下階に戻るはずも無い……だからこその、ボス専用通路。そしてボスかどうかを判断する基準が最大魔力量だとすると【魂魔庫】持ちのヴェルちゃんなら通過する事が出来る……ですよね?」
「正解だ。だから、ボク達はその道を通る資格がない。ヴェルちゃんと行動を共にする彼等なら、話は別だけどね」
ちなみに、ここまで話について来れたのは〈DB〉の四人のみで、残った三人は何の事だかわからず硬直していた。
「まぁそういうわけだ。だからボク達がする事は……わかるよね?」
「雑魚がゔぇるたんに行かないようにする事、ですよね?」
「正解」
「脇道はどうするんですか?所々で出口が設定されてますけど」
「そこはハクの出番だな」
「…ん……〈壁〉…〈染〉」
そう唱えると、ゲシュタルトの後ろに巨大な壁が出現した。いつもの半透明な魔力壁ではなく、周囲と同じデザインの壁が出現したのだ。
「…すげぇ」
「これで迷いようがない。後はスグルたちに気づかれないように移動し、雑魚敵を殲滅しつつ道をふさいでいく」
「…ハク、たち、は、捨て、歩……裏、ルート、使っ、て、クリア、は、難し、い」
「そういうわけだ。だからな、キョウカ君引き連れてゲシュタルト達は上に行ってくれ。捨て歩はボク達だけで十分だ」
話を最後まで聞いたゲシュタルトは、しばらく間を空けてから笑みを浮かべた。
「ギルマス、珍しく勘違いしてませんかね」
「…なにが?」
「俺は〈DB〉のメンバーなんですぜ?頭が命張ってんのにそれを支える手足がさっさと逃げるのは、そりゃあ野暮ってやつでしょ?」
「ゲシュタルト……君ってやつは…」
「私もっ!私も同意見です。いえ、私だけでなく、ここにいる全員がギルマスの為に動くつもりです!」
済し崩し的に、蚊帳の外だった彼等も巻き込まれたわけだが、そもそも話が理解出来ていないので、この後繰り広げられる地獄絵図など想像もつかないのであった。
「そうか、そうか…ハク、おねーちゃん涙が止まらないよ……」
「……よし、よし…あた、ま、なで、なで」
そしてゲシュタルトを含む誰もが、今後とも気付く事なく良いように使われるのは、もっと想像できなかった。まさに計画通り。
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そんな事がスグルの数分前に起こっていた事など知る由もなく、無事に最下階に到着。
ボス部屋とは似ても似つかないボロボロの両扉に、ヴェルは手をかけた。
「……行くよ、スグル」
「…あぁ、行こう」
「………」
結局最後まで、マミナは疑問を拭えないでいた。
そしてその疑問は、ヴェルが扉を開けた瞬間、解けたのだ。
「ヴェルちゃんダメッ!扉を閉め……」
「…は?」
「…へ?」
マミナが言うより早く、半開きの扉から何かが飛び出し、ヴェルの腹部を全てえぐり取った。
何が起こったのか、何をされたのか。全くわからず、ただ結果として、現象として、ヴェルが即死した事実だけが頭を駆け巡ったのだ。
「なーんだ、裏ルートから来るからどんな奴かと思ったけど、この程度か」
扉の中から聞こえたのは、魂そのものに語りかけるような声。
ノヴァのように頭で会話するでもなく、ディーナのように心で会話するでもなく、耳から入って腹の底に響くような……そんな声だ。
「……まぁでも、流石は〈完全例外〉って所かな。悪くない味だ」
「………テメェ…」
「おぉっと、怖いなぁ。君たち何か勘違いしているようだけど、よーくその娘を見てごらんよ」
ヴェルの事を食べ残し、と呼んだのは腹立たしいが、あちらから攻撃してくる様子はない。スグルはボスを警戒しながら、ちらりとヴェルを見た。
「……ぅ…」
「ヴェル!?生きてるのか!」
「当たり前だろう?その娘は自分の親に与えられた力をその体に宿しているのだから。かすり傷で発動しなくても、即死級のダメージなら発動しないわけがないんだよ」
ヴェルの体は、えぐり取られた腹部が再生し、千切れた上半身と下半身を繋げようとしている。まるで早回しの動画のようだった。
「……うん、クセになる味だな。もう一口いっとくか」
ボスは治りかけたヴェルに何かを伸ばした。が、それはスグルに防がれる。
「へー、この速さを見切るのか」
「一度の失敗は、二度目に繋げる。お前に、三度目は無い」
「おーこわ」
そう言いつつ、ヴェルに向けた何かを引き戻そうとするが、微動だにしない。
「……どっせい!」
「ショウ!?」
「……っ痛ぅ」
上からショウが降ってきたかと思いきや、スグルの持っていた何かを切断した。
その手には盾一枚と、月夜見之剣……ではなく、普通の豪剣が握られていた。
「何すんだよ。引き千切ってやろうと思ったのに」
「スグルばっかにオイシイ場面取られてたまるかってんだ。俺にも手柄よこせ」
「……そうだな」
手に持った何かの一部を、装備した【二丁拳銃】で粉砕する。
その直前で、スグルは何かの正体を確認した。それは、いわば大きな口のような手で、えぐり取られた風に見えていて、その実態はただかじられただけなのだ。
「……全く、人の話も聞かずに攻撃しちゃって…まずは自己紹介だろう?僕は〈絶対規制〉だ。世界に存在する七冊の統括管理書の一冊…【暴食】だよ」
「そうかよ、俺はスグルだ。とりあえず今はテメェをビリビリに引き裂く事が目的だ。以後よろしく」
そんな物騒な自己紹介なんて初めて聞いたぞ、というショウの心の声が聞こえてきそうだが、それを考える間も無く、スグルは突っ込んだ。
「ノヴァ!」
『わかってる』
最初の一撃は〈加速弾〉だ。初速を極限まで高めるあの撃ち方だが、少し工夫をしている。最初から最速だと反動が生まれるが、砲身から撃ち出してから加速させれば反動は無い。威力は少し落ちるが。
「無駄な事を……」
【暴食】がその弾丸を残っている右手で受け止める。本来なら貫通して骨に風穴が開く所だが。
「…不味い。返すよ」
「なっ……!?」
受け止めた右手から、スグルの撃った弾丸が帰ってきた。それも、撃った時より速い速度で、正確に、急所を、狙ってきている。
…避けられない……っ!
「このやろっ……!」
またしても上からショウの声がした。次に降ってきたのは盾だ。
それは弾丸の軌道を反らす。
「ショウ…悪い、助かった」
「悪いと思ってるなら一旦引け。もっと周りを見ろ」
ショウの言う通りだ。感情に任せていても、いい方向には傾かない。スグルは数メートル後ずさりし、ヴェルの状態を確認した。
「大丈夫か、ヴェル」
「…うん、なんとか……」
「暴食が言ってたが、親の力ってなんだ?特殊な何かだったのか?」
「……」
「言いたくないなら、言わなくていい。だけど、もしその特殊な力を持っていると気付いたなら、意識するんだ。それだけで、発動は容易になる」
「……うん」
そのうち、気持ちの整理がつけば、ヴェルなら打ち明けてくれるだろう。その時まで、じっくり待てばいい。
だから今は、ヴェルが余計な事を考えないように、目の前の障害物を取り除いてやるんだ。
「ショウ」
「…なんだ」
「俺が距離を詰める。ショウは、それに合わせてサポートしてくれ」
「…簡単に言ってくれるよなぁ」
「出来るだろ?」
「…まぁな」
その間、じっとこちらを伺っていた【暴食】は、やっと出番が来たかとストレッチを始める。
「もうじれったいからさ、さっさと終わらせていいよね?」
「あぁ、テメェが消え去るなら、な」
言うが早いかスグルは一発の弾丸を【暴食】に放つ。
速度はさっきの弾より遥かに遅い。何かあると、暴食が警戒したその時、スグルが弾丸の上に立ったのだ。
「……っ!?」
【立体逃走】を使い自分の弾丸に立ったスグルは、一秒に満たない速度で接近する。暴食の目の前でピタリと止まったかと思うと、その勢いのままこめかみに回し蹴りを食らわせた。
吹き飛ばされた暴食は壁に強く打ち付けられ、小さく跳ねる。間髪入れずに近付いたスグルのアッパーカットが炸裂し、それにより体勢は縦から横になり、ちょうどスグルが暴食の下に入る形になる。
「……まっ」
「待つかよバカ」
再度、上向きに回し蹴りを食らわせ、高く蹴り飛ばす。その先には、あらかじめ待ち伏せていたショウがいた。
「落ちろ!蚊トンボ!」
蹴り上げた勢いが消えないうちに、ショウはかかと落としを決め込む。
暴食と一緒に落下したショウは、地面に着くとすぐさま飛び退き豪剣を手にする。着地と共に再び接近し、剣を振るった。同じく反対側からはスグルが飛び込んで来ており、豪剣が暴食の首を刎ねると同時に、スグルの突撃で胴体だけが宙を舞った。
鈍い音を立てて、分断された物が地に叩きつけられる。
「「詰みだ」」
そう言って、スグルとショウは拳を合わせた。なんで、って言われれば、なんとなく、だ。
「……すごいね」
「まぁ、あの二人が特別なのよ。スグルなんてスキルほとんど使ってないし」
スグルが使ったスキルは【射撃】と【立体逃走】のみ。【重力操作】はショウが使った。
つまり、現実と同じ体術だけで仕留めたのだ。
「これで終わりか」
「……いや、油断するなよ?もしかしたら復活するかもしれないからな」
「そんなバカな話があるかよ」
とは言いつつ、気になったショウは落ちた物を再度確認する。
そこにあったのは、刎ねた首と……それだけ。
「…おい、確か俺たち胴体もぶっ飛ばしたよな?」
「あぁ」
「…落ちてないぞ?」
「だから言っただろ。油断するなよって……」
スグルが言い終わるより早く、天井からある物が降ってくる。
「…なんだ?」
「………」
落ちてきた物はゆっくりと動き始め、それが人型である事が分かった。完全に立ち上がると、今度は【暴食】の頭を拾い、どこから持ってきたのか胴体とくっつけて、繋ぎ目を縫い始めたではないか。
「…痛いなぁ…待てって言ったのにさ…なんで本気で殺りに来るかなぁ……」
「やっぱあれぐらいじゃ死なねぇか」
「当たり前でしょ?」
首の縫い付けが終わった暴食は、全身の骨を鳴らして準備万端とでも言うように、何かを待っていた。
「もうそろそろかな……」
「テメェの最期がそろそろだぞ」
「君たちの最期だよ……ねぇ、僕の可愛いお人形たち」
次々と、天井から何かが降ってくる。その全てが、最上階に位置するドールハウスから降り注いでいるのだ。その数、十数体。
「これは鑑賞物の一部だけどね、ユニークな強いお人形だよ。最強のオモチャは最後に出すとして、まずは前座から始めようか」
「……ほざけ」
「あぁ、全くふざけてる」
「ふふ……僕の異名は【暴食の傀儡師】。喰べた魂を保管し、飲み込んだ肉体を永遠に保存する。〈絶対規制〉統括管理書の一冊。さぁ、楽しい演目を始めよう」
その言葉を起点に、全ての亡骸が、スグルたちに襲いかるのだった。
ご愛読ありがとうございます。




