#52 嵐の前の
あぁ……懐かしい感情です。もう二度と持つことはないと思っていたのに。
私がこの世界に生まれ堕ちた時。その時から、私は博識でした。あらゆる書物を読み漁り、戦略を重ね、百戦錬磨の名声を欲しいままにしていた私が初めて負けた相手…それが我が主〈ヴォルディモ・ル・シル・サタン〉という魔王だったのです。
我が主と初めて対峙し、負ける事を覚った時、私は怒るでもなく、怯えるでもなく、恐怖するでもなく、ただただ尊敬していたのです。そしてそれと同時に、私はこの魔王に忠誠を誓ったのです。
「……覚悟しろよ、鳥野郎」
あぁ…なんとも透き通った、殺意の目でしょう。もし私が生きていたのなら、間違いなく彼の下に跪いていました。彼は、我が主をも凌ぐ王の器を持っておられるのですね…ですが……
「覚悟するのは貴方ですよ。この程度の捕縛で私が負けるとでもお思いか?」
今の私には、貴方に跪く暇など有りはしないのです。
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羽を使えなくなったアモンは魔法が使えない……という訳でもなく。自分の羽を杖の代わりとして使っていたのだろう、法撃精度が落ちるもののまだ戦えるようだ。
「喰らいなさい【フレアウルフ】」
アモンの生み出した黒炎が〈ウルファング〉の形を成す。真っ直ぐこちらに向かってきていて、噛みつかれれば火傷どころでは済ま無さそうだ。しかし動きが直線的で避けるのは難しくない。
「当たるかよ、ばーか」
しかし、避けた後で気づく。後ろにヴェルが横たわっている事に。
「ヤバいっ!」
だが、当たらなかった【フレアウルフ】は途中で消えた。
「……ふぅ、危なかった…射程距離外か」
「勘違いしないでもらいたい。私は貴方と戦っているのです」
「そうかよ、くらえ【鷹の目】……痺れろ!」
スキル【鷹の目】を使い、確率付与される麻痺を使う。レベルが高いため、ほとんど失敗せずに付与させる事が出来るのだ。
「……っ!」
「どうだよ、身体中に電気の走る感覚は」
「……ぁう…ぉ」
「もう喋るな。呂律が回ってねぇからよ、何言ってんのかわかんねぇんだわ」
とん、とアモンの額を指で押した。ただそれだけで、受身も取れずに後ろへ倒れこむ。すかさず右拳銃をこめかみに、左拳銃を口に突っ込んだ。
「お前も変な奴だよな、弱点が頭の中とは」
「……」
「苦労したぜ?探すのによ」
スキル【料理人】を使っても弱点が見抜けなかったのだが、アモンが麻痺した時だけ一瞬見えたのだ。
「……ぉ…ぉぶぁ…え…ば」
「なんだよ」
左拳銃を口から引き抜き、喋りやすくしてやる。辞世の句くらいは聞いてやろうと思ってな。その分、こめかみの銃口を強く押し当てて。
「…はぁ…はぁ……っ、お前は、姫さまを、どう扱うつもりだ」
「…家族として扱うつもりだ」
しばらく俺の目を見た後、チラリとまだ動けないヴェルの方を見る。
「それは、姫さまが望まれた事か?」
「そうだ」
「……ならいい。姫さまに、すまなかったと、伝えてくれ…呪術を掛けたから治りにくいだろうが、塔から出ればすぐに治癒能力が戻る」
「……わかった」
そう告げて、静かに引き金を引いた。
アモンは悲鳴をあげるでもなく、ただ笑ってヴェルを見ていただけだった。そして、フィールドが意味を成さなくなったのだろう、赤い空は歪み、縮小して、暗い空が姿を現わす。どうやら、ここは塔の屋上のようだ。
「……じゃあな、鳥野郎」
ヴェルを傷付けたアモンは許されないが、戦ってわかった。アレはあいつなりの優しさだったのだ、と。俺だって、ヴェルを危ない戦場に連れて行きたくはない。できる事なら、家の中でジッとしていて欲しいものだ。
アモンの亡骸を後にし、急ぎ足でヴェルのもとに戻る。
「大丈夫か、ヴェルは」
「さっき寝たとこよ。強い呪いがかかっていて解除しないと治らないみたい」
「一応、俺の【耐久保護】で死にはしないが、五分もすれば効果が切れる」
「ありがとう、二人とも」
「ゔぇるたん、死なないよな!な!」
「呪いは塔から出たら解けるそうだ。さっさとここから出よう」
眠ったままのヴェルを背中に担ぎ、脱出用のクリスタルに向かう。
「…どうしました?ジュンさん」
「……ん?あぁ、悪い悪い。行くぞ、ハク」
「…ん」
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全員が外に出た後、誰もいなくなった北の塔屋上。
本来なら光の粒子となって消えるはずの、アモンの亡骸が目を覚ます。
「『ク……ククク…見つけた、見つけたぞ〈完全例外〉』」
むくりと上体を起こし、辺りを見回す。
「『全く、素直に僕の下僕になればよかったのに。自分で自分を封印してまで、なりたくなかったのかな』」
フワリと羽も使わずに空を飛び、塔から離れる。しばらくすると、屋上に本物のボスが現れた。
「『この肉体は回収しておこう。頭の知識はかなり重要だからね…』」
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地上に降りてしばらくすると、ヴェルは目を覚ます。
「…う…あれ?」
「起きたか、ヴェル」
「……ん…スグル…」
寝ぼけ眼で自分の状況を確認し、やがて背負われていることに気がつく。
「…………もうちょっとこのままで」
「なんか言った?」
「……」
また寝たのか?まぁ、傷口はもうふさがってるし、このままでもいいだろ。
「ゔぇるたん今起きなかった?」
「うん、でもまた寝たっぽい」
「ヘーホーフーン…ちょっとぷにぷにしてもいいかな?」
「触んな変態」
手を伸ばすゲシュタルトから、ヴェルを遠ざける。
「ちぇ…おさわり作戦失敗か」
「作戦というかあからさまでしたよね、先輩」
「あるぇー?ヤいてんのぉー?」
「……ぐぬぬ…」
「ほらほら、ふざけるのもそこまでだ。もうすぐ安全地帯だぞ」
森を抜け、開けた平原に出ると、今までの比ではないほど人が集まっていた。
その目的は、元森林エリアに位置する小さな食事スペース。つまり、俺の作ったカフェなのだ。
「……なんか朝の時より大きくなってない?」
「なってますね。ほら、キッチンが明らかに増えてますよ?……私、ちょっと手伝ってきますね」
そう言って、キョウカさんはせわしなく動く【料理人】達の中に加わる。
……なんだか「副料理長」とか呼ばれてるみたいだけど、結果が目に見えてるから近づかないでおこう。
「……姉ぇ、お腹、空い、た」
「そうか?…じゃあちょっとボク達食べてくるよ」
「あ、俺も行きますよギルマス。またね、ゔぇるたん」
「でしたら私も。それでは…」
かくして、ハクジュン姉妹、のろけバカップルは少し早い昼食を取りに行った。
何しろ、イベントは今日の十五時終了だからな。日の位置からして今は十時半くらいだから、残っているのはあと四時間半しかない。
「ショウ兄ぃ、一緒にメシ食おうぜ!」
「あ?俺?別に構わねぇが……クシナダちゃんの意見も「私も!行きます!ショウさんとご飯!」……お、おう」
「いってらっしゃい、あたしはスグルの料理食べるから」
「えっ…俺とヴェルとノヴァの分引いたらかなり少なくなるぞ?キュウにもやらなきゃいけないし」
「いいんじゃない?ショウはクシナダちゃん達と一緒に食べるみたいだし。ねー、クシナダちゃん」
「はいっ!」
「まじかよ…いいなぁ……あ、そうだ。これを渡すの忘れてた」
虚空を操作し始め、何かを選択する。どうやらメニュー画面から俺にプレゼントするようだ。
「って!米じゃねぇか!!」
「幅が広がるだろ?ついでにコレも」
「……解毒液?」
「舐めてみ」
「……お酢だ!」
「米、酢、魚を使った料理は?」
「寿司!えっなに、まさかイベント中に寿司食ったのか?」
「おう」
「くっそぉ!俺も食いたかったぜ!」
今すぐ作りたいが、あいにく魚が手元に無い。カフェに行けばあるだろうが、今ここに俺がいる事を知られたくないからな。そっちには頼れそうもない。
ここは素直に、アイテムBOXに入れておくとしよう。
『おーい、スグルぅー』
「お、ノヴァか。おかえり」
『まだここにいるって事は、勝ったんだな』
「ん……まぁ、そうだな」
個人的には戦った気がしなかったけど。
『結構人が減ってるな…魔力は感じるから死にはしてないだろうが。どこに行ったんだ?』
「キョウカさんはみんなの手伝い、ハクジュン姉妹とバカップルは一緒に昼食、別行動でスサノオとクシナダ、それからショウがメシ食いに行った」
『ふぅん、じゃあ俺の昼飯はマミナとヴェルとスグルとキュウが一緒か』
「まぁ、そうなるな」
背中からそっとヴェルを下ろし、ノヴァに簡易キッチンを作ってもらう。火は、キュウにやってもらおう……言う事を聞いてくれれば、だけど。
鍋とか小道具なんかはそうだな……こういうのはあまり好かないんだが、主従契約を通してヴェルのアイテムBOXから使おう。目覚めた時に一言入れればいいかな?
「…よし、昼食は何がいい?リクエストはある?」
「スグルの作ったやつならなんでも!」
『右に同じ』
「それが一番困るんだよなぁ……」
なんでも、ねぇ…せっかくだから米を使った料理がしたいんだが、どうも和食と言う割にはおかずが少ない。かと言って少ない食材で工面すると考えると、どうしても一品入魂みたいな事になる。
「まだかなーまだかなー」
『おい落ちつけ。催促したって出てこねぇよ』
……そもそも今の食材全部使って作っても良いのか?持ち帰れるなら、控えないと。
「……んぁ…よく寝た…」
「あぁ、おはようヴェル」
「……あれ、ウチおんぶしてもらってなかった?」
「やっぱ一度起きてたのか」
「…ま、いいや…今スグル何やってんの?……ふぁ…」
半分寝たままの頭でヴェルは周囲の状況を確認する。
「昼食を作ってる。道具はヴェルの荷物から取ったからな。使わせてもらうよ」
「別にいいよ、もともとスグルのだし。ウチも返そうと思ってたし」
ちらりと、ヴェルが俺の手元を見る。そこには米と少量の具材が置いてあった。
「わぁ…何作るの?」
「それを今考えてる。何かリクエストはある?」
「んー…焼き系で」
「焼き…焼きか……」
〈燻兎〉の小肉塊を見つめ、いろいろと考えを巡らせてみる。
紐で縛ってロースト、角切りにしてサイコロステーキ、薄くスライスして焼肉……焼き料理って言っても結構あるなぁ……どうしよ。
「スグルまだー?」
『だからぁ!催促しても一緒だっての』
「あたしお腹ぺこぺこなんですけどぉー」
『それ以上言うと口を縫い合わせるぞ』
「ぷぅ……」
早く…焼き……一品………もうちょいで何か閃きそうなんだが。
「きゅ!きゅっきゅきゅ!」
「そうだねー、お腹空いたね。もう少ししたらスグルがお皿にご飯の山を作ってくれるからね」
「きゅぅん!」
「それだっ!」
「うわっえっなに!?」
「ヴェルは水魔法、キュウは火加減、ノヴァは質量のアレを使って米を炊いてくれ!俺は足りない食料を今から取ってくる!」
「『えっあっうん』」「きっきゅっきゅぅ」
さぁ、こうしちゃいられない。まだ舌に残る、あの濃厚な卵を取って来なければ。それに今もっている卵は繁殖用だから、あまり使いたく無いんだ。
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えぇと、どの辺だったかな……マップが削られているのか圧縮されているのか、あの時とは随分違う感じだ。
ーーねぇスグル君。
「……ディーナ?」
ーーここ、狭くて暗くて苦しいよぅ……出してぇ…
「それは悪かったな。今出してやる」
すぐさまアイテムBOXから〈水精霊入りのビン〉を出す。フタを開けると半分はビンに体を入れたままでもう半分は俺と同じくらいの大きさになった。
ーーん…あぁ、久々の外って感じ。
「で?何か用か?」
ーーそうだよ!スグル君がヴェルちゃんを溺愛してるのはわかったけど、水魔法なら私に任せて欲しかったなぁ!
「溺愛っておまえなぁ……そもそも、なんでディーナは俺について来ようと思ったんだ?」
ーーそれは…そうね、夜な夜なあはんうふんしてもらう為よ。
「………」
やっぱりこいつ変態だ。ゲシュタルトは半分ネタでやってるけどこいつは根っこから変態だ。
「やっぱディーナには任せられないな。水に何を入れられるか分かったものじゃない」
ーーお望みなら媚薬でも入れようか?
「丁重にお断りさせていただく」
ーーあら残念。それはそうと、何か探しているの?案内してあげようか?
「……鳥の卵って言っても分かんないだろ」
ーーそれは濃いやつ?辛いやつ?不味いやつ?
「辛いやつと不味いやつに興味があるが、探しているのは多分濃いやつだ」
ーーそれならこっちよ。その鳥はこういう木の上には巣を作らないから。
そう言って、ディーナは先導する。この森に詳しいのか、それとも博識なのか……井戸に住んでもらって浄化と綺麗な水の供給をしてくれる従業員が出来たと思っていたが、それ以上の価値があるのかもしれない。
ーースグル君?どうしたの?私に見とれて興奮しちゃった?
この変態成分を除けば。
「なぁ、一応聞くが…濃い卵の親鳥ってどんな感じだ?やっぱ戦わなきゃダメな方か?」
ーーそうねぇ……今は問題ないと思うわ。
道すがら、ディーナの博識を確認するために色々と質問してみる。
「今はって事は危険な時期があるのか?」
ーーあるわよ。その卵の親鳥は〈コイワシ〉って言ってね、繁殖期になると気性が荒くなるの。
「そうなのか。他には?その〈コイワシ〉について全部話してくれ」
ーー他には…うん、その時期はメスの上にオスが覆いかぶさって繁殖行為するの。一ヶ月はその状態ってトコかしらね。産む卵は一個か二個だし、有精卵は特に濃厚よ。普段は岩場で暮らしているのだけど、子育てする時期だけは高い木の上に巣を作るわ。
なるほど、それでさっきはこの辺には無いって言えたのか。思い出してみれば、比較的低い木が群生してた所だし、最初に見つけた時は木が根元からポッキリ折れてたもんな。
ーー着いたわよ。この辺りなら、高い木が多いし岩場も近くにあるから見つかるんじゃ無いかしら?
「そっか。ありがとうな、ディーナ」
ーーそ、そんなお礼を言われるほどの事なんてしてないしうぇへへ。まぁどうしてもって言うなら今すぐ私を襲ってもいいんだけどなぁ。
一番高い木となると…ダメだな、ここからじゃわかんねぇや。手っ取り早く登って探す方が早いかもしれない。
ーーあれ、聞いてる?ほらほら、こんなに可愛いお姉さんが誘ってるのよ?
糸を使っても届くかどうか……せめてはっきり視えたら、届いたのにな。
とにかく、ゆっくり登っていこう。
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「……スグル遅くない?」
『気のせいだろ。っていうか今話しかけないでくれ気が散る』
「……むむむ」
「きゅぅぅぅ……」
うん、お米を炊くのは難しいな。
絶えず同じ圧力をかけ続け、火加減は消えるか消えないかの微調整し、沸騰した水は固定せずに対流に任せて形状を保つ。
最初につくり方を考案した人に、もう呆れを通り越して尊敬すら覚えるよ。
「まったくスグルってば、いつも思い立ったらすぐ行動しちゃって……どうにかしないと、いつか痛い目見るわよ」
ぶつぶつとマミナは不満をつぶやく。
まぁ確かに、スグルが一人で突っ走って失敗するのをよく見る。熱が入ると周りが見えなくなるのだろう。
だからこそ、スグルは常に誰かと一緒にいないとダメなのだ。
「ちょ、ノヴァ!圧!圧!」
『おおっと、すまない』
気を抜くとすぐにこうだ。ここで圧を抜いたら全てが水の泡になってしまう。気をつけないと……。
しばらくして、そろそろ炊き上がる頃。
「ただいま」
ーー今帰ったよぉ!
「あ、スグルおかえり。何を探してたの?」
「卵だよ。切らしてたからな」
『それ以前になんでそいつが出てるんだよ』
ーーん?もしかして妬いてる?
『いや、単純に嫌いなだけだ』
「もっと仲良くしてくれ、頼むから。それで、米は炊けた?」
『今蒸らしの行程だ。もう炊ける』
そう言って、ノヴァは俺から目線を外す。その先には宙に浮く巨大なおにぎりが。
「……何これ」
『ん?白いご飯だが?』
「いや、そうじゃなくてな?なんで鍋とか使わなかったのかなーって」
『…………』
しばし、沈黙。冷たい視線がノヴァに突き刺さる。その主な発生源はヴェルだ。
「…ちょっとノヴァあんたねぇ……」
『うわ、ちょ、待て待て!』
蒸らしの行程に入ってる為、キュウは既にヴェルの頭の上に鎮座している。もちろん、水も全て米が吸っているからヴェルも手が空いているわけだ。
「どういう事よ!鍋でも炊けるならウチのあの苦労はなんなのよ!」
「きゅぅっ!きゅっ!」
『よせ、馬鹿っ!今俺の集中が解けたらアレが地面に落ちるっ!』
「こんのぉ……誰が馬鹿よ!誰が子どもよ!これでもウチあんたより年上なのよ!」
『誰もそんな事言ってないだろ!?』
「きゅぅぅ!きゅっ!」
「そうね、キュウ。この礼儀をわきまえないドラゴンにはきっちりとオキュウを据えなくちゃあね!」
あっ上手い。キュウとお灸を火でととのえたのか。いや違うそうじゃない。ケンカを止めないと。
「そこまでにしとけ。ヴェルは大人だろ?だったら、妥協しないとな」
「む……ぐぬぬ」
「キュウ、お前もだ」
「…ぶっきゅぅ……」
いかにも不機嫌そうなキュウだが、己が主人が引き下がったのを汲んだのだろう。ジト目をノヴァに向けながらも、大人しく引き下がった。
「……で、マミナは大皿抱えて何やってんだ?」
「そこの巨大おにぎりがもし落下した時用にステンバーイしてたの」
「それで受け止めるつもりだったのか……」
食い意地は相変わらずだな。まぁ、落ちない可能性も無きにしもあらずだが。
「それで、スグル。今日のお昼はなんぞ?」
「炒飯」
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美味しい炒飯のつくり方。
〈材料〉肉、ネギ、卵、ご飯、油、香辛料、塩、コショウ
〈作り方〉
①ネギをみじん切りにし、肉を五ミリ角に切る。
②フライパンに油を入れ、火をつけて温めます。
③❷で❶を炒めます。
④溶き卵を作り、その中にご飯を入れます。全体に馴染むよう、しっかり混ぜます。
⑤❸をサッと炒めたら❹を入れて炒めます。
⑥❺に塩、コショウ、香辛料を入れて更に炒めます。
⑦完成です!
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「ふぉぉぉぁぁ……美味いわぁ……」
「何コレ旨っ!流石はスグルだね、ウチなんて足下にも及ばない」
『俺、心底スグルと会えてよかったと思うぜ』
「ふきゅー!ふきゅー!!」
「お前ら…褒めても何も出ないぞ」
大皿に盛られた、人数分の炒飯。ただ一人を除いて。
ーーいいなぁ……
「仕方ないでしょ?ディーナは体が液体なんだから。代わりにあたしが美味しそうに食べてあげるわよ」
ーーずるいずるいずるいぃ!私も食べたいぃ!
『諦めろ。そもそもお前ら精霊は食べなくても生きていけるだろ』
ーーそうだけどっ!食器も持てないけどっ!食事は精霊にとって娯楽の一つなのよ!?
そう、ディーナは体が液体…つまり食べた物が半透明な水の体の中に浮かぶのだ。そしてそれは不純物を押し出すように体外へと棄てられる。
そんな粗末な事を俺が許すはずもなく、しかし何処か可哀想だと思いつつも、ディーナには昼食を与えなかった。
ーーね、ね、お願いスグル君。一口でいいから食べさせて!
「…まぁ、体の構造上の事はどうにも出来ないとして、味わえるのかよそもそも」
ーーその点はご心配無くっ!精霊は全身が五感を総ているから、体内に入ってから外に出るまでずっと味わえるのよ!もちろん、スグル君と行為に及ぶなら文字通り全身が感じるのだけどねっ。
「…………」
ーーあっあっごめんなさい!無視しないでっ!
「…まぁいい。つまりは食った物を吐き出すのか」
ーーそうだけどそうじゃなくてっ!味が無くなるまで味わうからぁ……
はぁ、とため息。
「一口だけだぞ」
ーーありがとう!スグル君大好きっ!
「口開けろ。ほれ、あーん、だ」
ーーあーん……
大きく開かれたディーナの口に、スプーンを持っていく。
口を閉じ、水没したスプーンから一口分の炒飯が全身に散らばっていった。
ーーあっ…あぁっ……!すごいっ…これが、これがスグル君の味なのね……
身をよじり、ぞくぞくと音が聞こえてくるようにディーナは全身を紅く高揚させる。やがて人型を保つのが困難になり始め、波紋がなびく様にブルブルと震え始めた。
ーーしゅごいっ!キテるっ!スグル君のっ!スグル君がっ!私の全身を駆け巡ってっ!何かが…クルのぉっ!
ディーナの紅みは更に濃くなり、紅緋とも言えるほど紅みを帯びる頃、彼女の身体はフツフツと沸騰を始めた。湯気を立て、それでもまだ身じろぎするディーナ。
マミナを含めた他の皆は、またか。と何を気にするでもなく食事を続けている。
ーーあっしゅごいっ!しゅごいのぉっ!スグル君が私のナカにハイって掻き乱すのぉっ!このままだと私…私ぃっ!イっちゃ
これ以上は危険と判断し、そして静かに、俺は〈水精霊入りのビン〉にフタをした。
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場所は変わってショウサイド。
クシナダがいるから、料理には困らないのだが、あえて俺たちは例のカフェに訪れていた。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
あくまで事務的に、キョウカさんは話しかける。
「まだ決まってないよ、後で呼ぶから」
「かしこまりました……ところで、料理長は?」
「人目につかない所で昼飯だ」
「そうですか……」
しゅん、と項垂れるキョウカさんは如何にも残念そうだった。
しかしすぐに、そう言えばと、話を切り替える。
「先程、順番待ちの方の中にジュンさん達を見かけましたよ?呼びましょうか?」
「あー…いや、やめておく。もし彼女達が相席したいと言うのなら、拒みはしないが」
そうですか、それではごゆっくり。と、そう言い残してキョウカさんは一人の従業員に戻った。
再び、俺は席に設けられたメニューに目を落とす。
「あの、ショウさん」
「ん?」
話しかけてきたのは、クシナダちゃんだ。
「ショウさんは、イベントが終わったら……どうしますか?」
「どうって……別に今までと変わらない。戻ってスグルやマミナと一緒に冒険するだけだ」
「…私が聞きたいのはそういう事では無くてですね、イベントで仲良くなった……ジュンさんやハクさん、私やスサノオ君と交流してくれますか?」
なるほど。今こうしてクシナダちゃんやスサノオと連むのも、期間限定という事が前提となっている。
つまり、イベントが終わったらこいつらとは別れてハイさようなら、となるのか、あるいはその後も交流があるのかを聞きたいのだろう。
「まぁ、別れる理由も無いし、疑似的とはいえ一週間は生死を共にした仲間だからな。そっちが良いなら今後も交流していきたいと思ってるよ」
「…っ……そう、ですか。良かった……」
「それに、だ」
身を乗り出し、隣でメニューに一喜一憂するスサノオには気取られない様に、クシナダちゃんの耳に囁く。
「……クシナダちゃんの恋路、まだ叶ってないからな」
「…………ッ!?!?!?」
耳まで真っ赤になり、ガタンっ!と後ろにのけぞる。若干騒がしかった店内はしん、と一瞬だけ静まり返り、赤面したクシナダちゃんは静かに着席する。それと同時に、周囲も賑わいを取り戻した。
「…あの、ショウさん」
「ん?」
すー……はぁー……
意を決したように、クシナダちゃんは深呼吸する。まっすぐ俺の…ショウの目を見つめて、言った。
「……ショウさん、私は、私は貴方の事が好「ショウ兄ぃ!オレこの〈ジャンボパフェ〉食って良い!?」…………」
「あん?お前そんなに食えるのかよ」
「成長期なめんな!」
「……ちょっと、スサノオ君」
「ん?どうしたんだよクシナダちゃん」
「頼んで良いから、五分くらい黙っててくれない?」
彼女の、ただならぬ殺気を感じたのだろう。スサノオは「お、おぅ」と黙り込んだ。
「……あの、ショウさん。私は貴方の事が好きです」
「「………………」」
その言葉に、俺とスサノオは呼吸が止まった。
「…えっと……それは、ほらアレだよな?友達としてとか」
「恋愛対象として、です」
「ク、クシナダちゃん、ショウ兄ぃとは結構離れてるよ?それにほら、オレ達って小学生だぜ?」
「ショウさんはっ!お互いの気持ちが大事だって言いました!」
「…うん、言った。確かに言ったね」
ショウは、自分がクシナダに言った事を思い出す。そして、今思えば会話が噛み合って無い事にも気付いた。
「……私と、付き合って、くれますか?」
「…………」
クシナダちゃんの隣で、話を聞いていたスサノオは、必死に何か言うのを堪えていた。
時間にして、数秒。しかし彼等彼女にとっては数分とも言える間の末、ショウは口を開く。
「…クシナダちゃんが、十八になっても、まだ気持ちが変わってなければ、もう一度告白してくれ」
「……分かり、ました…」
ガックリと項垂れたクシナダちゃんを見て、更に言葉を繋ぐ。
「だからまぁ、その…なんだ。それまでは、親友って事で」
そう言って、右手をクシナダちゃんに差し出す。
「……っ!はいっ!」
その手をクシナダは、両手で持って激しく降るのだった。
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もう一度場所を変え、今度はハクジュン視点。
空に浮いた魔力壁、そこで彼女ら姉妹は、己がギルドの隊員二名と昼食を食べている。
食事そのものはスグルの店からテイクアウトしてきたお弁当だ。
「んっ、美味しいな、コレ」
「…さす、が、スグ、ル?」
「正確にはスグルの教えが、な」
温かいまま、とは行かないが、冷めつつも美味しさを保つ弁当に舌鼓を打ちつつ、雑談する。
「そういえば、ですけど。ギルマスは砂漠エリアに飛ばされたんでしたよね?」
「おう」
「どうでしたか?上位は狙えそうですか?」
「いやぁ、無理じゃないかな?マミナが途中でダウンしてさ、丸三日は何もしなかったんだよ」
「…そう、ですか……」
悪い事を聞いてしまったと、バツが悪そうにブラウンは頭を垂れる。
「…気に、しない、で……ハク、と、姉ぇ、が、決めた、事、だか、ら」
「そうだぜ、ブラウン。むしろ仲間を見捨てない精神に俺は感激すら覚える」
頭を撫で、ゲシュタルトはブラウンを慰める。
そして話題を変えるため、ゲシュタルトは自分の飛ばされた火山エリアの出来事を話し始める。
「ふぅん、そこでヴェルは覚醒したのか」
「キュウってもしかして相当強い……?」
「炎岩龍を一人で!?」
あらかじめ、スグルと合流した時に話したとは言え、さらに深く掘り下げて話す内容に姉妹は一喜一憂した。
やがて、ゲシュタルトはヴェル伝に聞いた〈第二次魔導大戦〉について語り始める。
魔種にのみ許された〈無二消全〉と人にのみ許された〈有利得瑠〉の、その実態を。
「…………」
話を聞くうち、ギルマスであるジュンは、顔をしかめた。全てを聴き終わった後、ハクの目を見つめ、何か確信を得たような表情をする。
「…なぁ、ゲシュタルト君。君は、その話を聞いて違和感を感じなかったのかい?」
「……いえ、別に」
意味がわからないと、首をかしげる。
「ブラウン君は?」
「……当たっているかは分かりませんが、引っかかる事はあります」
「言って、ごら、ん?」
「ヴェルちゃんの母親……ビアンさんの、死因です」
具体的には、とジュンさんが訪ね、ブラウンは一言一言を確かめる様に話す。
「ヴェルちゃんが城を追われる理由となった魔王討伐作戦に置いて、〈魔王妃ビアン〉は封印されたと、聞かされています」
「そうだ。だがそれは人伝に聞いた情報だ。最も近しい、肉親からの話では、死亡と…聞かされたのだろ?」
「…………あぁっ!」
そこまで聞かされて、ゲシュタルトはようやく気付く。
その反応を見て、ジュンは笑みをこぼした。
「……さて、失われた彼女の不死性は何処へ行ったのかな?」
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ーーイベント終了まで、あと三時間。
ご愛読ありがとうございます。




