#48 前兆
グロ注意!
イベント七日目。
「みゃあああああ!!」
「落ち着けクシナダ!」
「キモイキモイキモイ!」
「クシナダちゃん!早く次の魔法!」
「ムリムリ絶対ムリ!」
海岸エリア。
「こいつに物理はほぼ効かねぇんだ!今はクシナダに頼るしかないんだよ!」
「大丈夫だって!オレとショウ兄で支援するから!」
現在地は、数ある遺跡のうちの、一つ。
「いやぁあああ!」
「くっ…やはりクシナダちゃんでもダメだったか……」
「こういう時の男は、ある意味最強だね。ショウ兄」
ショウ、スサノオ、クシナダの目の前にはこの遺跡のボスがいる。ぬらりと体から粘液を出しながら、こちらを攻撃してくる。現実世界だと、この軟体動物はナマコと言うらしい。攻撃されると、口から腸やら臓器やらを出して逃げる。それでも死なないほど、ナマコはしぶといのだ。
そして仮想世界のナマコには物理攻撃は全て効かず、ダメージは入らない…効くのは、魔法だけだ。
「ちぃ、まずいな、時間が……スサノオ、リキャストまであと何秒だ?」
「十秒ちょい」
「…それならいけるか…?よし、そんじゃあ行くぞ?ーー【敵意集中】」
一人のプレイヤーが一部のスキルを使うと、連続して使用する事が出来ない事になっている。これをリキャストと言い、その反対をアクティブと言う。
「こっち向けよ、軟体動物」
しかし、物理が効かないと言っても、スキルは通じる。それがたとえ、物理攻撃に見えるアタックスキルでも、だ。あれは自分の剣に魔法をかけているのと、同じようなものだからな。
「ショウ兄!リキャスト終わったよ!」
「よし、行け!」
スサノオがもつ二本の剣…それが、赤と青に光る。
赤い剣には火属性、青には水属性が付与されており、それぞれスサノオのユニークスキルだ。元々【火属性付与能力】は持っていて、もう一つの【水属性付与能力】は先ほど雑魚モンスターから落ちたのだ。
ついでに言うと、俺は二枚の盾を装備していて、定期的に【耐久保護】を施している。そのうち一枚はスサノオの物だと言うことは、言うまでもない。
え、なんでそんな事になったかって?海底神殿のあの時に、スサノオがクシナダちゃんを助けただろ?その後に、クシナダちゃんがスサノオにお礼を言ったらしいんだけど、それが嬉しかったようで……。
あれ以来、二本持ちから離れないんだよなぁ………しかも、そのうち一本は俺のだし。
「まずはその臓物を引きずり出してやる」
「いやぁあああ!やめて!キモイ!」
クシナダちゃんはまだ騒いでいる。無理もないな……何しろ、今俺たちの足下には攻撃を当てた分の臓物が散らばっているのだから。アニメっぽく、少しは美化されているが。
ちなみに、散らばった臓物にそのまま触れると猛毒状態になるので、気をつけなくてはいけない。靴を履いていれば、踏む程度なら問題無いようだが。
「落ち着け、クシナダちゃん。軟体動物の体力は残りわずか、それもスサノオがあと一発で仕留めてくれる。飛んでくる臓物は、俺がなんとかするから、だから…頼むから、回復頼んだ」
二枚の盾を両手に持ち、合わせて構えた。ただでさえ【耐久保護】を施しているのに、さらにそれを合わせて使うなんて…チートも良いところである。
クシナダちゃんに至っては、ボスエリアに入ってからはずっと戦意喪失で、唯一の回復担当が機能しないという…まぁ、俺とスサノオの二人でなんとか耐えている状態だ。しかし問題が、一つ。あと数分で空腹メーターが底をつき、バッドステータスが付与される。そうすると、移動速度は半減するわ防御は減るわ魔力は回復しないわで、正直戦いどころでは無くなるのだ。
「堕ちろ、マナコめ」
「…ナマコな」
スサノオの最後の一撃の後、巨大ナマコは俺に向かって体内の器官を全て吐き出し、散らばった臓物と共に光の粒子となって消え去った。と同時に、空腹メーターも底をつき、俺もスサノオも膝から崩れ落ち、そのままふらつきながら、三人でドロップ品を確認する前に、遺跡を後にした。
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「……きっつ」
「…当たり前だろ。飯なしで遺跡に突入しちまったんだから」
「…ごめんなさい、私の所為、ですよね?」
「いや、クシナダちゃんは悪くないよ」
さて、腹を空かしてまでダンジョンに潜ったのには理由がある。そもそも事の発端は俺とスサノオにあった。
……
…
朝食を食べた後、ぽつりとスサノオが口を開く。
「昼には、寿司でも食いたいなぁ……」
初めは「何言ってんだこいつ」程度にしか聞いていなかったのだが、欲には勝てなかった。
「いいな、それ。米もあるし、海岸だし、頑張れば作れるかも…?」
二人して、クシナダちゃんの方を見る。
「…そうですね……お寿司のルーツは保存食と聞いた事がありますし、可能かもしれませんよ?」
「「よっしゃああ!」」
ですが。と、クシナダちゃんは話を続ける。
「お酢がないので酢飯は無理です」
「…酢飯じゃなかったら、どうなるの?」
「ただの白いおにぎりとお刺身です」
「えぇ………どうしよう、ショウ兄」
「諦めるな。まだ俺達には、掲示板があるっ!」
早速メニューから掲示板を選択し、食用のお酢を探す。すると、ある遺跡のボスがそれらしきものを落とすと書かれた記事を見つけた。
「ふんふん、なるほどな」
「どう?ショウ兄」
「ここから海岸沿いに三百メートル歩いた所にある遺跡のボスが、落とすみたいだ。出て来るモンスターも、水族館で見かける魚がメインで、突発性のクエストに海洋動物が多数出現する…らしい」
「えっ!水族館ですか!?」
「お、おぅ…」
なんだ、どうしたクシナダちゃん。らしくもない声を上げて……。
「うわぁ…私、行ってみたいです!水族館なんて一度も行ったこと無いですから…」
「あ、そうなんだ。じゃあ、みんなで行くか?遺跡もそんなに危なくなさそうだし」
「はいっ!」
…
……
その結果が、冒頭のアレだ。道中の雑魚モンスターは尾ビレで歩くような魚だったから、つい観光気分で歩いていたのだけど。
はっきり言って、ゆっくりしすぎた。もう少し早くボスに到達できれば、バッドステータスの心配をせずに立ち回れたかもしれない。
「で、二人共。ドロップ品はどうだった?」
「ええ…と……【粘液質な皮】、【厚い体皮】、【ナマコの肝】……だな」
「私は、【ナマコの肝】、【猛毒体液】、【解毒袋】…だけですね」
「…うーん、二人共目的の物は無しか。残るは俺のだけど、見るの怖いなぁ…」
おそるおそるメニューを開き、アイテムBOXを確認する。欲しいアイテムは【解毒液】で、クシナダちゃんの持っている【解毒袋】の中身だ。
「…落ちたアイテムは……」
「…なんか、無駄に緊張するな。クシナダ」
「…う、うん……」
「…アイテムは、【ナマコの肝】、【厚い体皮】、【猛毒袋】、そして…【解毒液】だ」
黙って聞いていた二人の顔に、歓喜の表情が浮かんでくる。俺もなんだか嬉しくなって三人一緒にハイタッチなんかしながら喜びを分かち合った。
実に単純である。
「さて、材料も揃ったわけだし、クシナダちゃん!昼食お願いします!」
「はいっ!みんなで頑張ったんですからね。飛び切り美味しい物を、作りますよ!」
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誰でも喜ぶ!美味しいお寿司の作り方
材料
食用の刺身三種程・酢と寿司酢・塩・米
作り方
①刺身に塩を振り、二時間置く。
②米を炊く。
③❶が終ったら水気を取り、酢に一時間漬ける。
④炊き上がったごはんに寿司酢を混ぜ、しゃもじで切るように混ぜ、うちわなどでゆっくり冷ます。
⑤酢漬けにした刺身と酢飯を合わせて、出来上がり。
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「…さぁ、出来ましたよ」
「おぉ、美味そう!」
「さすがクシナダちゃんだな。いいお嫁さんになれるぞ」
「い、いえ、そんな、お嫁さんだなんて……」
クシナダは顔を紅く染めるが、ショウは目の前の寿司に気を取られて気付きもしない。
「これ、もう食べてもいいよな?」
「はい、どうぞ。ワサビは今手元に無いので、全部サビ抜きです」
まずは一口、何も付けずに食べる。魚の種類は知らないから、食べてみないとわからない。味は、とろりとした舌触りで、しっかりと脂の乗ったネタだった。近い味だと、サーモンかな?
二口目は、白くてツヤのあるネタに手を伸ばす。醤油はまだ無いので、入手したお酢と柑橘系の果汁を合わせたポン酢を付けて、いただいた。コリコリとした食感の後に濃厚なクリームのような味がする。これは、イカだな。
「ど、どうですか?美味しいですか?」
「あぁ、もう最高だ!クシナダちゃんも食べなよ」
「いえ、私はまだ作りますから」
「そんなの後でいいから。な?」
「で、でも……」
「いいからいいから。なんなら、俺が握るよ。ほら、クシナダちゃんは俺の席にでも座って食べててくれ」
今日一番頑張ったのは、クシナダちゃんだからな。少しは、いたわってやらないと。
さぁ、いっちょやりますか!
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同時刻、砂漠エリア。
「ハクっ!状況報告!」
「…了。敵対MOB残り体力、二割」
「ジュンさん!回復魔法、行きます!」
マミナ、ジュン、ハクの三人は、例によって【砂竜を討伐せよ】を受注していた、のだが。
突発性のクエストが発生し、三人の前には普通の砂竜より大きい〈砂竜・王〉と戦っていた。
「いつもより大きい分、当たりやすいんだけどなぁ」
「ジュンさん!口より体動かしてください!」
「…むぅ、マミ、ナ、おこって、る?」
「ハクちゃんは、目の前に集中!」
少し前から、あたしも指示を出している。これはハクちゃんの負担を少しでも減らすためだ。
「…っ!……痛ぅ…」
「姉ぇ!」
「大丈夫!あたしが回復させるから!」
〈砂竜・王〉の攻撃を受けたジュンさんを回復させる。【突攻騎士】という職業柄、たった一度の攻撃を受けただけで七割削り取られる。だから、回復担当のあたしが、しっかりしなければならない。
ハクちゃんだけなら、こういうミスも瞬時に対処出来るのだろうけど。
「ラストスパート、行くよ!二人共っ!」
「はいよ」
「…らじゃー」
ハクちゃんの魔法壁で反射したジュンさんが、自分の体重移動だけで回転を加える。そこに、あたしの魔法…例えば、火魔法でも当てられれば、ジュンさんは炎を身にまとう事が出来るのだ。
ーーヒャギァァァァァァァ!!!!
「お?最後の力ってやつか?無駄だ、やめとけ」
ジュンさんが炎をまといながら【砂竜・王】の口から入り、そしてそのまま尻尾を引き裂いて出て来る。同時に、あたしたちの頭にクエストクリアの音楽が流れてきた。
「…ふー、終わったなぁ」
「……つかれ、た」
「…うん、あのさ、達成感に浸っているところ申し訳ないんだけど」
「「…?」」
「まだ、突発性クエストが終わっただけで、本命のクエストは続いているんですよね」
「……そうだった」
「…ふか、く」
「ハクちゃんは覚えてて欲しかった…」
「仕方ない。続きやるぞ、ハク」
「…ん」
【砂竜を討伐せよ】クリアまで、あと七匹。
早く終わらせて、宿舎でゆっくりしたい。
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街に戻って、クエスト掲示板前。
「なんだ?随分と混んでるな」
「…もう、すぐ、イベント、終わ、り…最後、の、スパー、ト?」
「…っていう感じでも無さそうですね」
群がる人の合間を縫って、クエスト掲示板の全部が見える位置まで出る。受注していたクエストを報告して、皆が見ている方向に目を移した。
「…あぁ、これね」
一度人混みを出て、二人の元に戻る。
「なんだったんだ?アレ」
「なんて言うか…イベントの中間発表みたいな感じ?その記事が貼り出されてたの」
「…ハク、と、姉ぇ……順位、は?」
「……圏外。ごめんなさい」
「別に謝んなくてもいいよ。好きでこうなったんだから」
「…ハク、は、悔し、い……」
本当に、ごめんなさい。
「どうしよう?またあのクエスト受ける?」
「…いや、ちょっと街中を歩こうか。少し疲れた……」
「そうしましょう。よく考えたら、街中を歩いたのって初日だけだったし」
ジュンさんが疲れるのは、滅多にない事だ。
その原因としては、不特定多数の人間が群がっているのに混ざる事、らしい。なんでかは、知らないけど。
「…ハク、お腹、空い、た」
「ボクもお腹空いた。どこか食べに行かない?」
「賛成。そろそろお昼の時間だし、食べ歩きも悪くないわね」
ずっと同じクエストを受け続けていたから、所持金はそれなりに増えている。宿泊費と食費はセットだったし、お金を使う機会も無かったしね。
「さぁ、どこから行こうか?」
「お肉、食べ、たい」
「じゃあ、ケバブでも食べようか」
立ち並ぶ商店街の中から、ケバブを売っている店を探す。流石に街中の商店街なだけあって、沢山の人で溢れている。
「あった。二人共、どれくらい食べる?」
「百五十グラムで」
「…五十、おね、がい」
「わかった」
屋台のおじさんに、欲しい分を注文し、対価を支払って二人の元に戻った。
「えぇと、こっちがジュンさんので、これがハクちゃんのね」
「…ありが、と」
「いやぁ、悪いなぁ。何から何まで本当に…」
「仕方ないですよ。二人共、人混みは苦手でしょう?」
「…ん、まぁ……な」
本当なら座って食べたいのだけど、屋台の食べ物は歩きながら食べる事に意味があると思うから、次の出店を探しながらケバブを口に運ぶ。
「…ん?あんまし美味くねえな、これ」
「……塩分、控え、め?」
「変ですね。初日はもっと味が良かった気がするんですけど」
一応、初日に訪れた屋台も回ってみたが、やはり味が薄くなっている。心なしか、わたがしも一回り小さくなっているように感じた。
「…何かの前兆ですかね?」
「あはは、まさか。これ位で天変地異なんて起こるわけがないでしょ」
「…そう、ですか?」
「…ハク、も、同感……何か、の、前兆…」
「あはは…はは…………聞き込み、行ってみる?」
「行きましょう。情報収集は早い方がいい、ですよね?」
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商店街の人たち、通りすがりの人、酒場のマスター……色々なNPCに声を掛けまくり、偶に発生するお使いクエストなんかをクリアしたりして、情報を片っぱしから集めまくる。あらゆる所から集めきった時には、既に西の空が赤く染まっていた。
そして、すぐさま宿舎の部屋で情報を整理する。部屋の料金は追加で支払っているので、イベント終了まで使える算段だ。
「……情報提示開始」
「……情報処理開始」
「屋台から入手した情報…物価の上昇。道行く人から入手した情報…毎夜の地響き…酒場から入手した情報……通貨価値の低下」
「各情報最適化…了……共通性の解析……有……了……続けて最悪の結末を迎える確率…………九十九・九パーセント………」
二人の情報提示から、予測演算までが終了したらしい。
「どう?どんな結果が出たの?」
「「…………」」
一呼吸置いて、まずはジュンさんが話し始める。
「…まず、落ち着いて聞いてくれ。ボクが示した情報…これは、聞いてた?」
「う、うん。物価の上昇と、夜中に聞こえる地響きと、通貨の価値が下がった…だよね?」
「……それ、で、ハクが、予想…した」
息切れが収まったハクちゃんも、口を開く。
「どう言えばいいのか…イベントとしては、なかなか良い展開なんだが」
「…見方、の、問題」
「…どういう事?」
二人は、言葉を噛みしめるように、言った。
「「明日、世界が、統一される」」
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ーーイベント、八日目…最終日午前零時。
ズ、ズン……という地響きと共に、各エリアの一角に…小高い、塔が生えた。
森林エリアの、澄んだ泉の背後に。
火山エリアの、灼熱の溶岩の中に。
海岸エリアの、海底神殿の真上に。
砂漠エリアの、古代遺跡の真横に。
この事実を知っているのは、砂漠エリアで完全演算を行った本人と、演算を見ていた二人だけだった。
そして、その完全演算すら予想しきれなかった、五つ目の塔が、生える。
森林、火山、海岸、砂漠……決して交わる事の無い四つのエリアを繋げ、一つの世界にした塔。
世界の中心にそびえ立つその塔には、圧倒的な力が君臨していたのだった。
ご愛読ありがとうございます。




