#47 精霊と第二次魔導大戦
ーーイベント六日目。場所は、ノヴァが捕まった泉の近辺。山菜採りついでに、幾らかの魚を調達しに来た。
『だからさ、俺は勧めないぜ?悪い事は言わないから、諦めろ』
ーーえぇ?なぁに?聞こえなーい。
『聞こえないフリすんなよ。スグルに水精霊は合わない』
ーーあのね、私はスグル君と契約したのよ?だったら、これはもう運命じゃないかしら?
魚の調達と言っても、ただの釣りに過ぎない。使っている釣竿は、料理の代金代わりに、とある客が置いていったボロい釣竿で、一緒に働いている魔法職の人にそれを修理、強化して貰ったものだ。
『それは最初に言われただろ?不可抗力だって。もう諦めてくれないかなぁ?』
ーーいやっ!私はぜぇったい、スグルについて行くのっ!
『いやいや、仮にスグルが承諾したところで、あんたはこの泉を離れられないだろ?」
ーー気合でどうにかするのよ。私、これでも結構なお姉さんなのよ?
『水精霊なんだから、完全に婆さ……いや、お姉さん。どのみち気合でもどうにもならないから。真面目に、諦めて。な?』
ーーうーん…ていうか、スグル君はどう思ってるわけ?私と、一緒にいたいよね?
「…よーし、今日も大漁だな。帰るぞ、ノヴァ」
『おう』
ーーちょっと、スグル君?私と、スグル君は運命的な出会いをしたのよ?返事くらいしてよぅ。
「いや、運命…っていうか……」
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イベント四日目…すなわち、二日前の事だった。
その日も、朝からカフェを取り仕切り、新しいメニューやらなんやらを開発したり、オーダーを取ったりとしていた。そんな中、何やら客席でもめ始めたのだ。
「本当、頼むから。これでどうにかならないかな?」
「いえ、それは困ります。食材が無いのでしたら、無料で提供させて頂きますので」
「それじゃあ俺の気がすまないんだ。頼むから、な?」
どうやら、料理の代償として持ち寄る食材が無いらしい。俺も鬼じゃないから、くれと言われれば出すのだが……どうも、それが嫌らしい。
「あ、料理長…」
「あんたが料理長か。なぁ頼むよ、これで、なんとか手を打ってくれないか?」
「……わかりました。受け取らせていただきます。ご注文は?」
とにかくこれで、騒ぎは収まるだろう。貰ったものは未鑑定アイテムだが、後で返せばいい。
………
……
…
…
……
………
さて、困った。返そうと思っていたら、すっかり忘れてしまった……。
『あれ、そのアイテム返してなかったのか?』
「うん、返そうと思ってたんだけど…気付いたら、貰った相手も食べ終わったらどこかに行っちゃったし……どうしよう」
『どうもこうも……もう貰っとけよ。後で返せって言われたら、返せばいいし、しかもスグルは、今このエリア内で超有名人だからな。すぐ分かるだろ』
「有名人?俺が?」
『ああ。少なくとも、知らない奴はいないだろ』
俺、何かヤバイことやったかな…悪目立ちはしたくないんだけど。
『とりあえず、鑑定して貰おうぜ?魔法職は、周りに結構いるし、誰か暇そうな奴にお願いしとけ』
「それもそうだな」
まぁ、そういうわけで。休憩中の魔法職の方に鑑定をお願いする。ありがたいことに、喜んで鑑定をしてくれた。そして、鑑定されたアイテムは……。
「『〈ボロい釣竿〉……』」
耐久度は、一回使えるかどうかという何とも絶命寸前の釣竿だった。しかし、人の脈というのは不思議なもので、鑑定してくれた魔法職の人の知り合いに、剣とか盾なんかの耐久度を回復させたりレア度を底上げ…つまり、強化や進化的な事をさせたり出来る人がいるらしく、こちらも快く受けてくれた。
そうやって、回り回って最後に俺の元に戻ってきた時は、ボロい釣竿がSSレアの〈達人の釣竿〉に変わっていた。
「ありがたい限りだよ、本当に」
『人脈の重要性』
「元ネタ知らないから何とも言えない。そんなことより、これ使ってみたいんだけど」
『いいんじゃないか?もうここも、スグルがいなくても回ってるし。なんなら、あの子に…ええっと、名前なんだっけ?ほら、最初にスグルの調理場を貸して欲しいって言ってきた子』
「キョウカさんの事か?」
キョウカさんは、このエリア内で出会ったプレイヤーだ。ノヴァが捕まったあの日、昼食を作る際に使った簡易キッチンを使わせてほしいと、言ってきた人だ。そして彼女は、このカフェの発案者でもある。
【料理人】スキルのレベルも俺とほぼ一緒だし、何と言っても作れる料理のバリエーションが俺より多いのだ。人当たりも良く、周りに気を配れて、おまけに掃除洗濯などの家事全般にまで長けているのだ、彼女は。
『どうした、スグル。目が潤んでるぞ』
「…いや、キョウカさんは出来た子だなぁって。俺より年下で家事全般を卒なくこなす姿を想像するだけでもう……意味もなく涙が止まらない」
『お前は娘を嫁に出すお父さんか』
「…ぐずっ……よし、話を戻そう。なんの話だっけ?」
『キョウカさんに全部任せて、スグルは少し暇をもらう話』
「そうだったそうだった。要はアレだな、キョウカさんの許可を貰えばいいんだな」
果たして、キョウカさんは俺の外出願いを聞き入れてくれるだろうか。それさえ突破できれば、あとは昼食を作って出るだけなんだが。
「いいですよ」
「マジで!?」
「はい。料理長…いえ、スグルさんはこのカフェを取り仕切ってますけど、それは他の人がスグルさんに頼ってるだけですから。そもそもこのカフェ自体、半ばボランティアですし」
「……じ、じゃあ…俺の引き継ぎを任せても?」
「構いません」
やったぜ。これで遊べる。
「ありがとうっ!助かったよ。これからもよろしくな」
「っ…ぁあ、はぃ」
キョウカさんの手を取って、感謝の言葉を言った。照れているのか、キョウカさんは耳まで赤くなっている。早速、弁当をこしらえてカフェから離れた。
『この女たらしめ』
「なんか言ったか?」
『別に』
森の中に足を踏み入れ、近くの泉に来た。手頃な岩をノヴァに持ってきてもらって、それに腰を下ろす。
次いで、アイテムBOXから【達人の釣竿】を出して、泉の中に投げ入れた。
『スグル、祈りは捧げたか?』
「祈り?」
『…まぁ、身を清めるわけでも無いし、人間の男だからいらないとは思うけど……こういう、精霊のいそうな場合は形だけでも祈った方が良いんだぜ?大漁になるからな』
「早く言えよ」
すぐさま釣り針を回収し、形だけ祈る。再度、針に新しいエサを付けて投げ入れた。
『………』
「……釣れん」
『そんなに早く掛かったら怖えよ』
「だよなぁ……昼食でも食って時間潰すか」
自分の足下に盛り土をし、そこに釣竿を立てかける。アイテムBOXから弁当箱を出して昼食を摂った。
今日の昼食は乾麺のあんかけだ。
パスタ用に作った麺生地を〈ベットリソウ〉の植物油でゆっくり揚げる。キツネ色になるまで揚げたら、常温で冷ます。
冷ましている間、白菜と同じような植物と塩コショウで炒めた〈燻兎〉のバラ肉、それから食用のキノコを煮詰めて最後に片栗粉の代わりに小麦粉を使ったあんを加えて、完成。
アイテムBOXの中は時間が止まっているから、自分の好きな温度のままで持ち運べる。まさに夢のような機能だ。
先割れスプーンで乾麺をバリバリと壊したら、とろりとしたあんに包まれた具材と一緒に頂く。うん、少し水っぽいかな?次はもう少し小麦粉を増やして作ろう。それでダメなら、その次は煮詰める水の調節を………。
『引いてるぞ、スグル』
「もぐ、んぐ……あぶねぇ、逃すところだった」
暴れる魚に合わせて、竿を動かす。まずは完全に食いつかせるのだ。そして、ある時点で動きに逆らい、針を食い込ませる。
『手伝おうか?』
「いや、これは俺一人でやる。ノヴァは手を出さないでくれ」
あまり長く粘ると、糸が切れる可能性が高まる。針はもう外れないみたいだし、一気勝負を着けようか。
「…ぃぃぃよぉいしょおお‼︎」
『…掛け声がおっさんそのもの……』
「ふぅ、釣れた…で、なんだこれ」
ビチビチ跳ねる約十五センチの魚に、以前作った黒曜石製の刃物でトドメを刺してアイテムBOXに入れる。メニュー画面からアイテムBOXの一覧を再度出して、今釣り上げた魚の名称を確認する。名称は〈カオリアユ〉と表記されていた。
「カオリアユ…ってことは、副菜かな?名前からして、香りが強いんだろうな……」
『ん?目当ての魚でもあったのか?』
「ああ。ノヴァが持ってきた、あの魚だよ。あれは美味かった…まだ舌に味が残ってるほどにな」
とにかく。目当ての魚ではないので、再チャレンジだ。最初に付けたエサは〈カオリアユ〉が食べてしまったので、新しいエサを付ける。
そしてやはり、掛かるまではする事も無いので、引き続き昼食を摂るため弁当箱に手を伸ばした。が、しかし。
「『あ』」
うっかり手を滑らせて、まだ中身の入った弁当箱をそのまま泉に落としてしまった。なぜもっとしっかり持たないのか、数分前の俺に知らせてやりたい。
「うわ、うわ、やっべぇ、どうしよう」
『お、落ち着け。まだ遅くない。水位は深いが、今ならまだギリギリ手の届く位置だ』
「よ、よし。動くなよ、俺の弁当箱ぉ……」
この時点で一人と一匹はかなり焦っていたので、重力操作で取れるとか、そういうのは考えていなかった。実にバカである。
「『ああぁ……』」
やらかした。ぷかぷか浮いている弁当箱をさらに手の届かない位置に押しやってしまった。再三にわたって言うが、この時点で一人と一匹は重力操作の事を考えていない。もはやただのバカ以下である。
『おおおおち、落ち着け。そうだ!その釣竿で取れないか?上手く針を掛ければ引き戻せるぞ』
「よ、よし。その手で行こう」
ちなみに、スグルがここまでして弁当箱を追いかけるのは、何も食い意地が張っているわけではない。単に勿体無いからだ。食い意地が張るのは自称ヒロインで十分だ。そしてもう一度言おう。この雑魚以下の一人と一匹は重力操作を (ry
「よし、掛かった!」
『慌てるなよ?ゆっくり引き戻そう。まずは深呼吸』
「ひーひーふー、ひーひーふー」
『それ深呼吸違う。出産の時のやつだ』
釣竿の糸を、手繰るように引き寄せる。もう少しと言う所で突然、水面が揺れた。
「な、なんだっ!?」
『おい、スグル!糸から今すぐ手を離せ!』
「はぁ?」
『指が切れるぞ!』
先程まで、ぷかぷか浮いていた弁当箱は今にも沈みそうだった……いや、引き込まれていると言うべきか。それと一緒に、糸も釣竿も持っていかれそうになる。慌てて、手繰り寄せていた手に力を入れた。
ーー誰?
頭に、響く声が聞こえた。
「…くっ……ノヴァ、なんか言ったか?」
『離せって言ったんだよ!』
ーー私、眠いのよ?
「…眠い、だとっ!?」
『…まさか』
ーーどうして、私を起こすの?どうして、静かにしないの?
『…スグル、今すぐ、手を離せ。この場合、指が切れる方が安いぞ』
「なんなんだよ、これっ!」
ーー騒がないで。うるさいのよ、あなた達。
「騒がしくしたのは悪かった!もう帰るから、俺の昼食と弁当箱と釣竿を返してくれ!」
ーーどうしようかしら。私今、不機嫌なのよね。代わりに、何かくれるなら返さないでもないけど?
得体の知れない何かと戦いながら、俺はなおも握る力を緩めない。もうここまで来たら半分以上は意地だ。
「こっちだって渡せるものなんか無いっての!」
ーーじゃあ、諦めなさい。
…くそぅ、もう手が痺れてきやがった。
糸は手のひらに食い込み、一部からは少し血が出ている。釣竿の糸が切れないか、なんて考えもしたが、まだまだ耐久力はあるようだ。
「…ちぃ、ノヴァ!重力操作でどうにかならないか!?」
『無理だ。実体のない精霊種には掛けようがない』
気づくのが遅すぎた。手遅れとかそういうのを全部考慮しても、一人と一匹は気付くのが遅すぎた。
だが、ある時をしてこの綱引きは決着を迎える。スグルの手から流れ出た血液が、糸を伝って相手側……つまり、水精霊の体内へと溶け込んだ。途端に、水精霊は引き込む力を抜いた。
「うわ!?」
ーーあらあら、渡すものが無いとか言っておいて、精霊契約なんて考えたものね。
「…何言ってんの?お前」
ーーうん、秘めた魔力も結構多いみたいだし、何より人の血は……あぁん、ゾクゾクしちゃう。
『…スグル、やらかしたみたいだな』
「何が?」
ーースグル、と言ったかしらね?スグル君、今からあなたは私の主人よ。
「いや、だから何言ってんの?精霊契約……ってなんの事だ?」
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…という、回想を挟んで冒頭に戻る。
「…うん、やっぱりあれは不可抗力だな」
ーーラッキーだと思って、私を連れて行きなさいよ。私と契約するのは難しいのよ?
「…めんどくさい事になったなぁ……」
俺の周りを飛びながらグルグル回る水精霊を適当にあしらいつつ、今日もまた昨日と同じようにカフェに戻る。
水精霊は、途中までは付いて来たのだが、泉から離れすぎるとだんだんと小さくなっていき、最後には消えていなくなる。正確に言うなら、泉に戻ったのだが。
出来れば、持ち帰りたいんだが…その方法がわからないんじゃあ、諦めるしかないよなぁ……。
カフェに戻ると、キョウカさんが他の人をまとめながら客席と厨房を行ったり来たりを繰り返し、常時その手にはオーダー表とトレイが装備されていた。
「キョウカさん」
「はい、いらっしゃいま…あ、スグルさん」
「手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。スグルさんは休んでて……あっ」
「危ないっ!」
何もないところで転びそうになったキョウカさんを左腕で抱え、右手は料理の乗ったトレイを水平に持つ。
「気をつけろよ?」
「あああっ…ご、ごめんなさいっ!」
「後は俺がやっておくから、キョウカさんは休憩してきなよ」
「うぅ…ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。俺の都合でキョウカさんに全部押し付けちゃって…本当、ありがとうな」
「…………っ」
…さて、キョウカさんには休憩してもらったから、働くかな。まずは、この料理を届けて、それから………。
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ーー同日、火山エリア。
どこからか聞こえる衝撃音と共に、悲鳴のような咆哮が響き渡る。
「ウチに勝とうなんて百万年早いわよ」
「…ヴェルちゃん、どんどんキャラ崩壊してきてるわね……」
「そうだなぁ……スグルと会えなくて、ささくれてるんじゃねーか?」
遺跡ボスの炎岩龍を倒し、素材やら食料やらを調達した後、一息入れてからキュウを元の姿に戻す。
「キュウ、お疲れ様」
「きゅっきゅきゅう!」
妖狐の姿でもわかる程に、キュウは胸を張ってドヤ顔をする。そのままぴょん、とヴェルの頭に乗った。最近は、そこがお気に入りらしい。
「どう?ヴェルちゃん。キュウちゃんの幻術レベルは上がった?」
「うーん、ウチには知る術が無いし……ブラウンさん、お願い出来ますか?」
「ゔぇるたん、ついでに俺がゔぇるたんのスキルを調べてやろうか?身体の隅々まで調べて調べて調べ尽くしてあげまふよ、フヒヒ」
「こ、こわい……」
「大丈夫よ、ヴェルちゃん。あの犯罪者は牢にぶち込むから」
ゲシュタルトの処置はブラウンさんに任せるとして、ウチの頭の上で丸まっているキュウの能力を見てもらう。まだレベルとか、よくわからないけど、大体の説明はブラウンさんにして貰ったし、このレベルが良くてこのレベルが悪いとかの区別は付くようになった。
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キュウ:Lv.5
未振り分けSP:15
スキル
【幼獣】Lv.4
成獣化するまで、各ステータスに制限が掛かる。時間が経つとレベルが下がり、ゼロになると成獣化する。
【魂魔庫】Lv.5
魔力無限になり、防御力がかなり低下する。
【幻術】Lv.4
相手に幻を体感させる。
【変幻】Lv.3
自身の体を違う物に見せかける。
ユニークスキル:無し
魔法
【火魔法】Lv.5
灼熱の炎を操作する。
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「どう?ブラウンさん。何かレベル上がってた?」
「うん、幻術レベルが上がってた。成獣化はまだ先かな?変幻は特に変化なし」
「そっかぁ…キュウがウチみたいな人型に変幻出来たら、って思ったんだけどなぁ…」
「なんで?」
「そうすれば、キュウが話せるのにって思って」
俺の労力を考えろと、どこからか声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいよね。
「はいはい!キュウの擬人化はやはり美少女でオナシャス!」
「先輩は黙ってて下さい。そもそもキュウちゃんがオスだったら美少女は無理」
「はっ!まさか美少年でショタかっ!」
「もう口開かないで下さい」
「ヴェルちゃん、とりあえず戻ろうか。先輩の処置は後で考えよう」
「そうですね」
今日の昼食にゲシュタルトの嫌いな食べ物でも混ぜてやろうかしら。あ、でも「我が人生に一片の悔いなし」とか言って全部食べそう。もうこの人の分だけあからさまに少なくしようかな…。
そんなウチの思惑はともかく、一度遺跡から脱出する。昼食の準備をしながら、ブラウンさんがとりとめのない雑談を始める。
「さっきの話の続きなんだけどね、キュウちゃんの人型化は、もしかしたら変幻レベル上げても出来ないかもしれない」
「え?なんで?レベルが上がればなんでも出来るんじゃないの?」
火力を下げる仕草をし、キュウに伝える。如何なる状況でも、料理から目を離すなとスグルに言われたからだ。
「なんでも…は無理かなぁ。魔法に、雷魔法ってのがあるけど、それは風魔法の派生…言い換えれば、覚醒した魔法だし」
「じゃあ、キュウも覚醒すれば出来るようになるの?」
「多分」
「そっか。やったね、キュウ」
「きゅ?」
キュウは、何の事だかわからずに首を傾げている。まぁ、キュウ自身は人型化に興味はなさそうだし。
「二人して何の話してんだ?」
「ひあああ!ちょ、先輩!いきなり話しかけないで下さい!」
「なんだよ、それ」
「先輩には関係ありません。女子トークです」
「あー、恋バナか。好きだなぁ、そういうの」
「ちーがーいーまーすー」
「隠すなよ。どうせ恋バナって言っても、ブラウンの恋愛経験は俺一人だからな」
「べ、別に一人じゃ無いしぃ。他にもいっぱいあるしぃ。先輩が知らないだけだしぃ」
ブラウンさん、覚醒です。惚気が始まりました。見てても仕方がないので、最高速度で昼食を作り上げた。
「…なぁ、俺の昼飯……少なくないか?」
皿に盛られたカルボナーラ風パスタを見ながら、ゲシュタルトはつぶやく。
「そうですか?ウチから見れば、同じように見えますけど?」
「…うん、遠近法の錯覚で誤魔化しても意味ないと思うけど」
「いらないなら、キュウの皿に盛りますけど?」
「ワー、オイシイナー」
ふ、勝った。なんの勝負だって言われたらそれまでだけど、論点のすり替えには成功しました。
「……」
「ブラウンさん?どうかしましたか?」
「…ん?ううん、なんでもない」
「味、おかしいですか?」
「美味しいよ、すごく」
「に、しては気分が優れないようですね」
「あのね、ふと思ったんだけど……この話しても大丈夫かなぁ…」
「………ウチのパパとママの事、だよね?大丈夫だよ」
「そう?じゃあ、聞きたいんだけど、ヴェルちゃんのパパは覚醒とかしてたの?」
「多分。他の人も、部下の魔種も使えなかったし」
「お母さんの方は?」
「ママもね、してたと思う。パパの魔法が効かなかったし」
「ゔぇるたんのママさんって人間だよな?馴れ初めとか聞いた事ある?」
「なんだっけ……魔導大戦がどうのこうの言ってたような………」
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ヴェルの母親と父親。すなわち、先代魔王とその嫁である。
先代魔王は、魔種の中でも飛び抜けて魔力量が多く、そして魔法の天才だったと言う。火、水、土、風魔法はもちろんの事、雷とそして……闇魔法。人間には伝わらず、人間には扱えず、ごくわずかの魔族にのみ許された魔法。触れた者は全て消え去る、禁断の魔法だった。
先代魔王は、その闇魔法を【無二消全】と呼んだ。
一方、母親は極めて異例の、そして優秀な人間の魔法使いだった。この世に生を受けた時から、彼女の魔力は周囲に影響を与える。
彼女が一言おぎゃあと泣けば、枯渇した井戸は復活し、病人は治り、悪人は心を入れ替えるとまで言われた。まさに、神の子と言える。彼女も、全ての魔法を使えた。火、水、土、風魔法はもちろんの事、雷とそして……光魔法。魔種には伝わらず、魔種には扱えず、ごくわずかの、人間にだけ許された魔法。展開したその空間に、自分の望む世界を創る、禁断の魔法だった。
彼女は、その魔法を【有利得瑠】と呼んだ。
その後しばらくは、何も無かった。そう、二十年程は。魔種も人間も、互いの存在は知っていたが、互いに空想上の存在と認識していたのだ。しかしある時、一人の男が道に迷い、偶然目撃してしまう。動物の屍肉を喰らう、この世の物とは思えぬ異形の生物を。
それは魔種から見ても、人間から見ても同じ事だった。互いに悲鳴をあげ、死に物狂いで自分の住処に逃げ帰る。戻った後は、互いにこう思っただろう。
ーーあんなモノは見た事がない。すぐに、排除しなければ。
どちらが先に仕掛けたなど、もう誰も覚えていない。確かなのは、その戦いが第二次魔導大戦に成り得た戦いだと言う事だ。
最初、魔種の優勢で大戦は始まる。人間は次第に後退し、その勢力は日に日に士気を失っていく。戦況が一変したのは、大戦の二年目だった。
空から降るように彼女は最前線へと舞い降り、魔法を発動させた。
ーー虚無魔法【有利得瑠】
その瞬間、前線にいた魔種の歩兵は全て消え、人間だけが存在を許される。死者は再び息を吹き返し、傷は癒え、消耗した武器の耐久力は回復する。勢いを付けた人間はそのまま快進撃を続け、一気に魔王城へ。
だが、魔種も黙って殺られるわけでは無かった。魔王城より降臨した、大将【魔王】は、人間と同じように魔法を発動させた。
ーー虚無魔法【無二消全】
黒き闇が全てを喰らい、消し去る。前線から後衛の人間は闇に呑まれ、文字通り何も残らない……はずだった。
何も無い闇の空間で、ただ一点に光る、曇りなき白の空間ーー【有利得瑠】。彼女は、自分の魔力が尽きるのすら惜しまず、魔王の【無二消全】と同じだけの空間を生成しようとしたのだ。だが、無限ではない魔力は闇に呑まれ、彼女の命は尽き果てようとしていた。
だが、彼女の発動させた【有利得瑠】はそれを許さない。命尽きては復活し、黄泉帰っては消え……何度目の黄泉帰りかの時、彼女に救いの手が差し出された。意識のはっきりしないままその手を掴み、次に目覚めた時は魔王城の一室だった。
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「目覚めたか…」
「……ここは…どこだ」
「魔王城、最上階。我の部屋、寝具の上だ」
「…ッ!お前、が、魔王か」
「そうだ。貴様の軍を皆殺しにしたのは我だ」
「私は死んだはずだ。お前が私を助けたのか?」
「助けてなどいない。我の【無二消全】で死ななかったから、邪魔になって連れてきたのだ。生きているのは…貴様の実力よ…」
彼女は、それが嘘だと確信する。着ている服は違うし、捕虜にしては待遇が良すぎる。事前に調べた情報からしても、これは明らかに異例だった。
「おい、魔王。なぜ私を殺さなかった?敵だろう?」
「…我は魔王ではない。真の魔王は、更に奥地にもっと大きな屋敷でこの遊戯を楽しんでおられるのだ。我は、軍隊の隊長に過ぎない」
遊戯、だと?真の、魔王だと!?なんという事だ。早く本部に戻って知らせなければ…。
「…お前、名はなんという?」
「魔種に教える義理は無い」
「そうか。どうでもいいが、戻らない方が身のためだぞ」
「なんの話だ」
「お前は、もう死んだ事になっている。今戻っても、信用されずに殺されるだけだ」
「死者は血を流さない。腕を切って流血させれば、生きている証拠になるだろう。そこを退け、私は帰るのだ。退かないなら……」
無演唱で指先に炎の球を生成する。効くかどうかは分からないが、脅しにはなるだろう。
だが、目の前の隊長魔種は退くどころかため息混じりに歩み寄り、彼女の腕を取る。
「何を……」
「どうやらお前は自分の状況を知らないと見える。人間とは言え女に手を出すのは…心が痛むな」
「貴様ら魔種が心を語るな!貴様らは、血も涙もないのだから!」
しかし、その蔑む口も次の現象を見れば、押し黙るしかなかった。
手に取った腕に手刀で傷を付けられたのだが、本来流れるはずの血は出ず、付いた傷も数秒でふさがり、跡も残らない。
「…何をした」
「何がだ」
「私の体に何をしたと聞いているのだ!答えろ!」
「我も、我の兵もお前に何もしていない。それは、お前の魔法だ」
彼女は、その言葉を疑った。いや、疑いたかったのだ。だが、彼女はこの現象に心当たりがある。彼女の魔法【有利得瑠】が彼女の魂と同化してしまった可能性。
確率は、虚数の彼方に存在するほどの、小さな確率。
彼女は、絶望した。
「……なんということだ」
「お前は、人間でありながら不死の体を手に入れた。我ら魔種に出来ぬ事を人間はやったのだ。時が経てば、魂と魔法が分離するかもしれぬが…な」
「…あり得ぬ、あり得んのだ。こんな、こんな事は許されない。私が、魔種になるなど…」
がくりと膝をつき、彼女はその場に崩れる。
あれほど五月蝿かった口はしばらく開かない。
「…お前に、我の魔法はもう効かん。人間の元に帰るも、止めはせん。好きにするといい」
そう言って、隊長魔種は部屋を出た。一人残された彼女は床の上で放心状態だったが、程なく彼女は城の中を徘徊する事にした。
このまま帰るにしても、残るにしても、攻略対象の情報が欲しかったのだ。
そしてそれから一ヶ月がたった。
そこで、彼女は少し違和感を覚える。ここは確か魔王の部屋だと言っていた。おそらくそれは本当だろう。ではなぜ、この一ヶ月あの魔種を見かけないのだろうか。人間が大戦に勝利した可能性も考えたが、時折聞こえる爆音を聞く限りはまだ続いているのだろう。
毎日魔王の部屋に持ってこられる食事も、彼女用に作られたとしか思えない。持ってくるのは、いつもあいつとは違う魔種だった。
「…どこに行ったのよ、あいつ」
心配しているわけではない。あいつが討たれれば、この大戦に勝利できるだろう。どこかにいる真の魔王とかいう奴が、ほとんど遊戯として観戦しているのなら、たとえあいつが負けても手は出さないだろう。
次に徘徊する時は、あいつを探してみるか…。
そんな事を考えていると、部屋の扉が開き、食事が運び込まれる。私はいつもの様に、それをテーブルの上に置くよう指示した。
部屋に入ってきた魔種はそれに従い、食事を並べる。いつもなら、このまま部屋を出るはずだった。
「…どうかしたのか?」
「………」
「…?」
ゆらりゆらりと覚束ない足取りでこちらに歩み寄ると、刹那の間で距離を詰められた。
「…っ!?」
速い。対応出来ない。不死とは言え、死なぬわけではない。魂が肉体に宿り続け、体が超スピードで回復するだけなのだ。
だが、襲ってきた魔種は彼女を殺す気など微塵も無い。あるのは、本能のみ…差し当たって、繁殖本能だろう。
彼女は床に押し倒され、魔種の手は彼女の体を撫でる様に這い回る。服は破かれ、人外に犯されるのは……あまり良いものではない。
「…いやっ」
ほんの一瞬、目を閉じたその時。ごう、という音と共に、押し倒した魔種は跡形も無く消えた。そんな芸当ができるのは、あいつしかいない。
「…やはり、この時期に任せるのはまずかったか……」
「…貴様は……どこから」
「お前の影にいた。あまり城の中を歩き回られたく無かったからな」
「…なんだ、生きていたのか」
「おいおい、縁起でもない事言うな」
「ふ、魔種は不吉の象徴だろう?可笑しな事を言うな」
「…ふむ、やっと笑ったな。やはり女は笑っているのが一番美しい」
「何を馬鹿な事を…」
「それはともかく、服を着た方がいいぞ」
「……」
言われて、彼女は自分の状況を確認する。破かれた所為で、際どい位置まで肌蹴ている。
慌てて、ベッドにあった毛布を体に巻きつけた。
「こ、こっちを見るなっ!」
「それは今更だな。つくづく人間は分からん。いちいち寝る時に寝巻きに着替えたり風呂に入ったり……」
「…な……な、なっ!」
確かに彼女は、土魔法で浴槽を作り、火魔法と水魔法で湯を沸かし、毎日入っていた。もちろん、産まれたままの姿で。
「だから、今更その程度にはなんとも思わん」
「〜〜〜〜〜っ!!!死ねっ!【有利得瑠】!」
「おい馬鹿やめっ!【無二消全】!」
黒い闇と白い空間が、狭い部屋の中で発動、相殺される。
「馬鹿!死ね!乙女の柔肌拝んでその程度ってなによ!」
「うわ、ちょ、物を投げるな!反則だろそれは!」
「うるさいっ!やっぱり魔種なんて……みんな消えちゃえっ!」
「ははは、それは無理だな。なにしろ魔種は人間と比べられる程多い、ぶべ」
彼女の投げた枕が、魔種の顔面にクリーンヒットする。
「はぁ、はぁ……だ、大体、なんで私の影になんか……」
「痛ぅ……今はな、ちょうど魔種の繁殖期なんだよ。一応、お前には誰も手を出すなって絶対令を出したんだが……さっきみたいに、本能を抑えられない奴が結構いるんだよ。だから、我がお前の影に付いていたのだ」
「…繁殖……まさか、貴様もか」
「…まぁ、な。だが、我は自我が効くからな。心に決めた相手としかヤらんと誓っている。それからな、言おう言おうと思っていたんだが、我の名は〈ヴォルディモ・ル・シル・カピターノ〉だ」
「……魔種語で、確か意味は…」
「シル地方のヴォルディモ隊長。人間語なら、そうだろう?」
「…そう。ならヴォル、そう呼ばせてもらうわ。私は……そうね、ビアンと呼びなさい。本名はまだ明かさないわ」
「そうか、ビアン、か…いい名だ」
「褒められても全然嬉しくないわ。ヴォルは魔種だもの」
そう言いつつ、彼女…ビアンは、ヴォルの前に手を差し出す。
「…これは?」
「人間での、挨拶みたいなものよ。それも、最高の挨拶」
「…帰るんじゃ無かったのか?」
「…初めは、そうだった。でも、ヴォルを見ていて考えが変わったわ。貴方みたいな魔種もいるのね」
「…そうか。よろしく頼む」
ヴォルは、ビアンと同じように手を出し、互いに手を取り握手を交わした。
「ちなみに、私として魔種との共存を望むわ。その為には、休戦して欲しいのだけど」
「奇遇だな。我も、同じ事を考えていた」
その後、魔種は謎の撤退をし、人間と魔種の領域にお互い進行しない、もし攻めてきた場合は全力を持って排除すると、神の前で血の契約を結び、第二次魔導大戦はその幕を下ろした。
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「それで、それで?ヴェルちゃんの両親はどうなったの?」
「えっとね、パパがママを助けたのは、最初死にかけたときに見せた白い空間に魅せられて、惚れたんだってパパがママに言って、ここから先は、なんかはぐらかされて……ウチがママのお腹にいたんだよって言われるだけ」
「……あぁ、なんかもう、私の心がきゅんきゅんするぅ」
「…そうかぁ?俺は別に……っていうか、俺はゔぇるたんの産まれた後が気になるんだけど」
「ウチが産まれたのは百五十年前で、パパとママが死んじゃったのは…一ヶ月くらい前、だったかなぁ」
「ほほう、つまり合法ロr(ry
「それ以上いけない。雰囲気ぶち壊しの先輩は黙ってて下さい」
結局、パパとママに全部は聞けなかったけど、ウチもいつかパパとママみたいになりたいなぁ……。
なんでこんな話にしたかって?
さぁ、なんでだろうね?
ご愛読ありがとうございます。




