#46 二人の強さ
ふっふっふ、待たせたわね読者の皆。やっとこさメインヒロインのマミナ様の番ですよっ!さぁ、イベント五日目、カマーン!
ーーイベント一日目、深夜。
……おかしいわね。流れ的に、あたしはイベント五日目のハズなんだけど。間違えてない?作者さん。
ーー間違えてないから、早くしてナレーションしてくれ。今回でマミナの五日目まで行こうと思ってるから。
…あ、そう。出来るなら、あたしは何も言わないけど。えーっと、そうね……こほん。
出落ちも着いた所で、イベントロールプレイ始めませう。
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イベント一日目、深夜。
【禁断の果実を求めて】という、イベントクエストをクリアし、オアシス街(あたしが、勝手にそう呼んでるだけ)に向けてひたすら歩く。途中で、ジュンさんとハクちゃんからチャットが入り、街の酒場近くで待っているとの連絡が来た。酒場の場所は、クエスト掲示板の裏手にあるらしい。
「お、来た来た。おーい、ボクはここだよー!」
「…姉ぇ、うるさ、い」
「そ、そう?ごめんな」
「二人とも、お待たせ。どう?クエストは今日中に達成した?」
「二周してきた」
「同じ、く」
「……随分早いわね…まぁ、良いわ。それじゃ、ちょっと待っててくれる?クエスト報告してくるから」
待ち合わせ場所の酒場から離れ、クエスト掲示板へ。受けた依頼書を選択し、アイテムBOXから〈タブーフルーツ〉を納品する。報酬にお金とイベントポイントを貰い受け、その日受けたクエストは滞りなく終了した。
閑話休題。
酒場の、適当な席に腰を下ろして話を進める。
「…それで、今日の寝床はどうしようか?」
「ボクは、野宿でもいいよ」
「…ハク、も、姉ぇ、と一緒」
「ダメだって!うら若き乙女三人が野宿なんて!あたしが言ったのは、泊まれそうな安宿は知らないかって話!」
「自分でうら若き乙女って言うなよ。それに、ボク達女の子同士じゃないか」
「知らない誰かに、寝てる間に襲われてもいいの!?男はみんなケダモノなのよ!一部を除いてっ!」
「…マミナ、昔、の、昼ドラ、みた、い」
「あぁもう!とにかくっ!宿であたしは寝ます!あなた達も!」
「あーはいはい、分かりましたよ…それじゃあ、ちょっと待ってて。この酒場の上、小さいけど宿泊施設だから、店のマスターと話してくる」
渋々といった感じで席を立ち、ジュンさんはカウンター席へと向かう。
せっかくなので、あたしはハクちゃんと明日の予定を考える事にした。
「…明日、は、明日、考え、る……」
「んー…それはどうかな?ハクちゃんはクエスト掲示板は全部覚えてるんでしょう?なら、どうすれば効率的にイベントポイントを稼げるか、わかるんじゃないかしら」
「……ハク、こども、だから…わかん、ない」
「言い訳しないの。ハクちゃんお願い」
「…わかっ、た…検証………解。情報更新、完了。現時点において最も効率的な行動パターンを再度検証……解。最適化完了…………終わっ、た…」
今日の昼してくれたように、頭をフル回転させてハクちゃんは演算してくれる。でも、やっぱり辛そうな顔を見ると、あんまり考えて欲しくないとも思う。
「お疲れ様、ハクちゃん。呼吸が整ったら、演算結果教えてくれる?」
「…………りょー、かい…はぁ、はぁ…つか、れた……」
荒れた呼吸を整え、落ち着いた所で話し始める。
まず、事前情報として…ジュンさんとハクちゃんのコンビは最強らしい。今まで一度も負けた事がなく、その実績はただの一つの黒星も無いそうな。
で、そこに効率厨のあたしを入れた時、なんとも迷惑な事に絶対負けると演算結果が語っている、とのこと。
「…あたし、もしかしてお荷物?」
「……もしか、しなく、ても、お荷物」
「で、でも!ほら、ね?一番効率の良い稼ぎ方が出たんでしょう?」
「…ん、そう、出た……マミナ、は、戦闘、参加、しない。ずっと、この、掲示板に、張り付いて…ハク、と、姉ぇ、クリア、した順に、報告、受注を、繰り返、す。パーティー、組め、ば…経験、値、入る…その辺、抜かり、なし」
……つまりどういうことだってばよ。
「…だか、ら、マミナ、おるす、ばん」
「…やっぱりねぇ…うん、なんとなく察してた。あたし弱いもん…体より先に頭働かせるタイプだから、正直支援職が適してるとしか思えないし…」
「…でも、効率、最高」
「…よし、わかった。この酒場に泊まっている間は、お留守番を引き受ける。でも、あたしはハクちゃんやジュンさんと共闘したいから、どこか一日だけあたしを連れて行って?」
「……姉ぇ、の、意見、聞い、たら…」
その言葉を最後に、ハクちゃんは仮眠を始める。一日に二回も頭を使ったんだから、当たり前と言えばそうだけど。
「ボクが、なんだって?…あ、ハクはもう寝たのか……」
「あ、ジュンさん……その話は、明日でお願いします。それで、寝床の件はどうなったの?」
「店のマスターと交渉した結果、金貨1枚で四日泊めてもらえる事になった。あわよくばイベント終了まで、と思ってたんだが…流石にそれは甘かったかなぁ…」
「とにかく、その借りた部屋に行きましょ。ハクちゃんはあたしが運ぶから」
「そうか?悪いな、ならボクが先導するよ」
眠ったハクちゃんを背負い、ジュンさんについて行く。酒場を一度出て裏手に回り、備付の木造階段を上る。
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「……どうしてでせう」
「なにが?」
「…どうして、オフトゥンが二つなのでせうか」
「三人部屋だと宿泊料高くなるし、ボク達女の子だから大丈夫かなって」
「…世の中には歪んだ愛情を持つ乙女もいるから、事前に教えて欲しかったわよ…まぁ、あたしはノーマルだから別に問題無いけど。それで、ハクちゃんはどっちのお布団に?」
「じゃあ、ハクはこっちのベッドに寝かせてくれ。二人でやる事があるから」
「…やる事?でも、ハクちゃん寝てるし…」
人の睡眠を邪魔していい事など一つも無い。少なくとも、あたしには悪い事しか起きなかった。
「特に問題無いよ。我が妹よ起動」
「…むぁ、おは、よー…姉ぇ」
「……あたし、ツッコミを放棄します」
「寝てるトコ悪いけど、今日の情報整理するからな。イケるか?」
「…いつ、でも、おっけー」
寝かされていたベッドの上に、ハクちゃんはちょこんと座ってジュンさんと背中合わせになる。
そこからは、部屋の空気が一変した。
「……情報提示開始」
「……情報整理開始」
「森林班敵対MOB情報…猫型、熊型、蜘蛛型、一部精霊を確認」
「森林情報…最適化……了。猫型、熊型、蜘蛛型。精霊種……風、水、地の精霊を確認」
「追加情報…各型K種を確認」
「追加情報更新……了」
「続、迷宮情報」
「続、了」
「森林迷宮各種K種が……」
………すごい。流れるように情報があたしの目の前で右往左往している…。この姉妹、何者なの…?
「……イベント情報処理終了」
「…おーる、くり、あ………」
「お疲れ、ハク。最後にシステムチェックだ…まぁ、これは大して変わらないけど………お、新規情報来た。何々…おぉ、バグ対処方か!発見者は…ショウ…?どこかで聞いたような……?」
「…姉ぇ、ショウ、は、マミナ、の、フレンド」
「ふーん、そうか。マミナの知り合いが、か…今度勧誘しとこう。じゃ、寝るか…ふぁ……寝みぃ」
「ハク…も、つか、れ……」
口を半開きの状態で驚愕しているあたしが、まるで見えて無いみたいに眠り始めたけど。これ、おかしいからね?少しは説明くれても良いんじゃないかな?
そんなあたしを気にかけたのか、ジュンさんが話しかけてくる。
「マミナは寝ないのか?」
「………寝る、けど……」
「けど?」
「…ううん、なんでもない」
「…やっぱり、引いたよな」
「違う。それだけは違う」
「それでも、ボク達を恐れた」
「……」
「マミナ」
「…あたしは、あなた達を信じる。今日、言ったように」
「……そうか」
「…嘘です。あたし、一つだけ……知りたい…あなた達の事」
「何?」
「…あなた達、何者なの?」
この質問には、答えてくれなくても良かった。だってこれは、あたしの個人的な疑問だから。
「…何者か……そうだなぁ…」
ジュンさんは、わざとらしく一呼吸する。
「情報ギルドのマスターとサブマスター、かな?」
「…はい?」
「あれ、知らない?〈DB〉って言う小型情報ギルドなんだけど」
「…いえ、知ってますけど」
「ボク達、そこのギルマスとサブマス」
「…あたしはそういう事を聞きたいんじゃ無くて……」
「…むぁ……姉ぇ、マミナ…うる、さい」
騒がしかったのか、ハクちゃんを起こしてしまったようで。
「ああぁ、ごめんよハク。おねーちゃん、静かにするからね〜……そういうワケだ。おやすみ、マミナ」
「…うん、おやすみ……」
半ば強引に話を切られた感がしないでも…ある。ありありで、ある。まぁ、人には知られたくない事もあるだろうし、今はもう…寝るとしましょう。
………スヤァ。
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翌朝。誰よりも早く起きたのは、三人の中で最年少の彼女。
「……ぉぁ、ょぅ…」
しかし、彼女は起こした体をもう一度寝かせる。朝は、姉と一緒がいいらしい。
「……ぅ…ぅう…ん」
次に目覚めたのは、彼女とは違うベッドで寝ていたもう一人の女性。こちらは、のそのそとベッドから出てストレッチを開始した。ただし、寝ぼけているのかフラついている。
残る一人は…
「…ぐおぉ……ふしゅー………ぐおぉ…」
性別を疑うほどのいびきを欠きながら、未だ夢の世界を彷徨っている。仮想世界で仮想を見るのは、少しばかり異様な光景だけど、ね。
「…姉ぇ、起き、て」
「…ぐおぉ………ご、んぐ…………ふしゅぅ…むにゃ……」
さすがに見兼ねたハクちゃんが自身の姉を揺さぶり起こす。
「…むにゃ……ふ、あぁ……おはよう、ハク」
「…おは、よー」
「ジュンさん、おはようです」
「おはよー、マミナ…今何時だ?まだ日が出てそんなに時間が経ってないようだけど」
「朝の……五時だね」
「おやすみ」
「…姉ぇ、起き、れ。イベント、今、から…行く」
「…我が妹よ、それはお願いしてるのか命令してるのかどっちだ?」
「りょー、ほー」
「…ボクを、乙女のボクを萌えさせたら起きてあげよう」
「……」
突然の無理難題に戸惑うハクちゃん。もうこれだけでご飯三杯いける。
「…姉ぇ、起きな、いと……食べちゃ、う…がおー」
五杯に増えました。
「…ふ、甘いなハク。おねーちゃんはその程度には屈しないのだっ!」
「……むー…起き、なきゃ、姉ぇ…きらい」
「…ごふぁあ」
貴重なハクちゃんのふくれっ面で、ジュンさん轟沈です。見てるこちらが心躍る顔は、反則じゃないですかね。
「あぁもうっ!可愛いなぁハクはっ!起きるからおねーちゃんの事、嫌わないでおくれっ!」
「…ん、ハク、姉ぇの、こと、嫌わ、ない」
全員ベッドから出で、ようやくイベント二日目が始まる。
閑話休題。
下の酒場で軽く朝食を済ませ、クエスト掲示板を覗く。ジュンさんとハクちゃんは二人揃って出掛け、あたしは二人とパーティーを組んだ後、掲示板の前でクリアされるのを待つ。昨日、ハクちゃんと打ち合わせた通りだ。
「暇ねぇ……」
最早周回クエスト化した【サンドウルファング討伐】を、数分から数十分のペースで報告し受注する。時折ジュンさんからの定時連絡だけが、あたしの暇を癒してくれるも、受注すればまた、あの姉妹がクリアするのをただ待つだけ。
「…わかっていたけど、本当に暇ね。あたしも、クエスト受けたいなぁ…」
いや、これも効率化のため。心を鬼にして、ひたすら無心で報告と受注を繰り返すのよ、マミナ。ほら、またクリアBGMが頭の中に鳴り響く…クエストを選択して、報告。クエストを選択して、受注……。
「暇なうぅ……」
ーーと、特に描写すべき事も事件も起きないので、作者の都合により夜までカットデス。
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「あー、疲れたなぁ」
「…ん、ハク、も…疲れ、た」
「マミナは大丈夫かな」
「…なん、で?」
「定期的に、連絡を取ったりしてたんだけど…だんだん元気無くなってたから」
「…もう、クエ掲、着く、から…だい、じょー、ぶ」
「だといいんだけど」
朝の酒場に戻り、集めたアイテムを整理してマミナの元に向かう。さすがに日も傾いてきた事もあってか、掲示板の周りは沢山の人でごった返していた。この中からマミナを探すのは、至難の技かもしれない。
「モクヒョウ……クエスト……センター……スイッチ……クエスト……」
いました。虚ろな表情を浮かべたまま、何かうわ言を呟いている。やはり、精神的に疲れたのだろう。
「マミナ、大丈夫か?」
「…あ、ジュンさん……今、受注するから…」
「いや、いや、もう終わったから。酒場行こう、な?」
「……終わり…?あぁ、そう。もう夕方なのね。今日は終わったのね……危うく幻覚を見る所だったわ…ほら、ちょうどあれくらいの蝶が舞うかと…」
震える手で、マミナは何もない空を指差す。どうやら、時すでに遅かったらしい。
その証拠に、マミナは力なくその場に横たわってしまった。
………
……
…
…
……
………
…はっ!?こ、ここは…あたし達の、部屋…?
どうして、こんなところに……。
「…そうよ、確かあたしはあの二人のサポートに回って、それで…ダメだわ、記憶が断片的すぎる。そもそも、あたしは一体どれくらい寝てたのかしら」
「丸三日だよ、マミナ。おはよう」
「マミ、ナ、おはよ」
「ジュンさん…ハクちゃん……今何時?」
「朝の十時かな」
「…姉ぇ、それ、昼……朝、違う」
起きて早々、あたしの質問に答えてくれたのはジュンさんとハクちゃん。二人揃ってベッドの横にいることから察するに、ずっと介抱してくれていたのだろうか。
「…ん?ちょっと待って。あたし、どれくらい寝てたって?」
「「丸三日」」
「…今日はイベント何日目?」
「「五日目」」
「…イベントポイントは?」
「溜まってない」
「…姉ぇ、違う。確認、して、ない」
「そうだな、正確にはマミナが寝ている間は一度もクエストを受けていない」
「…つまり?」
「上位は狙えない」
「…姉ぇ、と、ハク……勝て、ない」
あたし、悪意を感じます。えぇ、それはもう今まで以上に。きっと読者様がこの話を読んでいる頃、作者はさもやり切った感を出しながら寝ているでしょうから。あえて言いましょう、作者はクズであると。
とんでもねェことしてくれたなァ、作者。
そりゃあね、気付いてましたよ?このテロップ冒頭があたしの視点じゃないことは。その時点で、あたしが正常ではない事は薄々気づいてた…。それでも、頑張ってるこの二人には…作者の存在を知らないこの二人には、勝ってほしかったのに……それなのに、作者は……っ!
「マミナ、どうかしたのか?」
「こわ、い」
「…ごめん、ちょっとトビかけた。今からでも巻き返せるかもしれないから、早く行こう。あたしが、掲示板にまた張り付くから」
「…その必要はない。今回マミナは、ボク達と一緒に行くんだ」
「…え?」
あまりに唐突な申し出に、あたしは言葉を詰まらせ体を固める。ジュンさん達と、クエストに…?
「マミ、ナ、聞こえ、た?」
「え、うん、聞こえてる…」
「マミナが寝ている間、ボク達で相談して決めたんだ。“ ゲームはみんな仲良くプレイする ”って」
「…効率、も、大切……でも、楽し、ま、なきゃ、面白、く、ない」
「そういうことだ。言っとくけど、マミナに拒否権無いからな?」
「…言わないわよ。その代わり、受けるクエストは最難関じゃなきゃ嫌だからね?」
「へいへい、わかったわかった」
三日ぶりに体を動かし、なまった体の筋肉をストレッチなどで一通り動かす。骨の関節がパキポキなるのを聞けるほどに、あたしは寝ていたのだから。
…っていうか、ここまでリアルに再現しなくてもいいと思うんだけどね。
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下の酒場で久々の昼食を食べ、クエスト掲示板から一番強そうな敵が出てくるクエストを受注する。受けたクエストは【砂竜を討伐せよ】と言う…まぁ、作品内で初めてのドラゴン討伐です。主人公より先にやっちゃっていいのかしら。
「よし、所持品は整理した。装備もクエスト用にカスタムした、心の準備も終わった!いつでもいいわよ二人とも」
「そんな装備で大丈夫か?マミナ」
「…姉ぇ、それ、あかん、やつ、や……」
乱立死亡フラグは、さておき。いつの間にか〈砂国オアシス〉などと呼ばれるようになっている街を出て、クエストエリアへと向かう。
外には、他のプレイヤーはもちろん、敵対していない中立MOBがいた。それらに敵対視されない様、十分気を使い足早にその中を通り過ぎる。街から離れるに連れプレイヤーの数は減り、あたし達がクエストエリアの砂漠に到着する頃には人気なんてモノは何処かへ行ってしまっていた。
「…この辺かな」
「…でも、姿、ない」
「竜でしょ?大きいんじゃないの?」
「いや、そうとも限らない。〈砂竜〉と言われるからには、砂の地域である砂漠が砂竜の巣なんだから…」
「…地の利、あっち、がわ?」
「そういうこと」
「いくらあたし達にとって、ここがアウェイだとしても…ここまで視界が開けていたら、隠れられないわよ。本当は、クエストエリア間違えたんじゃないの?」
「…かなぁ…?」
そんな彼女達に、静かに忍び寄る大きな気配が一つ。誰も、その気配に気づくはずは無かった…ただ一人を除いて。
「…姉ぇ」
「ん?」
「…その、まま、聞いて……ハク、達の、後ろ…何か、来る」
「…後ろ?」
得体の知れないナニカに悟られぬよう、さりげなく、砂竜を探す動作をしながら後ろを振り向く。見える範囲には、何もいないが…ハクがいると言えば、それは絶対にいるのだ。
「…マミナ、いつでも戦えるようにしとけ。武器は、まだ構えるな」
「…うん、わかった」
背後に気を配りつつ、姿の見えない砂竜を探す。空を飛んでいるのでもなく、地を這って移動している様子もない。第一、こんな開けた砂漠地帯でどこにその身体を隠すのだろうか。
「…ジュンさん」
「なに?」
「…砂の中とか、隠れられそうですよね」
その刹那、あたし達の足元がふらつき始める。明らかに、足の下に何かがいるのだ。
「……その発想は無かったっ!全員回避に移れっ!」
その言葉を合図にジュンさん、ハクちゃん、あたしは散り散りに分かれる。
今の今まで立っていた場所には、生物の口が突き出ていた。捕獲に失敗したのを察知したのか、全身を現したその生物はクエスト目標である砂竜らしく、あたし達に敵意を指している。
その姿は、砂色の魚に鳥の足を取って付けたような体で、その胸ビレは翼のように発達している。最初の攻撃で、口は百八十度開くようになっているのが分かったし、見た限りで下顎に穴が開いているのを考えると、そこから砂が落ちていく仕組みのようだ。
ーーーヒャギァァァァァァァ!!!
かすれた、風が吹くような奇声を発しながら、砂竜はハクちゃんに襲いかかる。
「ハクちゃんっ!」
「…むだ」
ハクちゃんは微動だにせず、手を前にかざす。そこから、魔力壁が生成された。魔法使い特有の、初期防御魔法だ。
だけど、初期防御魔法はレベル1でも使えるから、強度はそんなに強くなかったはず…
「……強化」
魔法壁に砂竜が衝突したのだが、魔法壁には傷一つつかず、代わりに悲鳴をあげたのは砂竜だった。
「…だ、大丈夫なの?ハクちゃん」
「…よ、ゆー」
「ハク!」
ジュンさんがハクちゃんを呼んだかと思うと、今度は亜音速かと見紛う程のスピードで何かを構えて砂竜に突進してきた。当たったそばから赤いエフェクトが出るのを確認しなければ、通りざまに砂竜を斬ったとは思えなかっただろう。
「さぁて、砂竜よ。そんな身悶えてるヒマは与えないぜ?」
「…姉ぇ、がんば」
「おう、ねーちゃん頑張る!」
…この姉妹、強すぎ。なにこれ、本当にあたし二人のお荷物じゃないの。
あたしに出来ることは、だだ二人の邪魔にならないよう、群がる雑魚MOBのヘイトを稼ぐ事だけ。
「はいはい、雑魚はこっちねー…【水波】」
砂竜の騒ぎを聞きつけてやってくる〈サンドウルファング〉をあたしに集中させ、ある程度溜まったら範囲攻撃でまとめて消し去る。そうすれば、MPを無駄に消費しなくていいし、何より効率がいい…って、ダメね。今は、楽しまないと。
あらかた、このエリアの〈サンドウルファング〉は片付けたので、遠目に二人の戦いを観戦しようとそちらを見る。
「…なに、あれ」
ジュンさんが、白い光の線のようになっている。それだけ、ハイスピードで移動しているのだ。砂竜はもう、されるがままに切り刻まれ続け、全身からは赤いエフェクトがとどまる事を知らない。
「…姉ぇ」
「おk」
二人の、圧倒的な戦い方は砂竜に情が湧くほど。とどめは、一度光の線が一直線に上ったかと思うと、今度は急降下を始めて真上から砂竜の体を貫いた。そこに、一人分の風穴を開けて。
そして砂竜は断末魔を上げることすら許されず、電子の中に消え去ったのだった。
「…あぁ、終わった…」
「…姉ぇ、おつか、れ」
「マミナもお疲れ様。雑魚MOBの気を引いてくれていたから、ハクが余計な事考えなくて済んだ」
「…うん、感謝されるのは嬉しいんだけど。さっきのあれ、なんだったの?」
「さっきのって?」
「ジュンさんの攻撃方法とかハクちゃんの魔法とか…」
「大したことしてないよ。ボクの攻撃は武器を構えて走ってるだけだし、ハクは…」
「…姉ぇ、また、来た」
「え?」
話の途中だというのに、またもや砂竜が襲ってきた。今度は、正面から飛びかかるようにして、複数体。
「…おいおい、砂竜って群れで行動してたのかよ」
「あたしに任せて」
襲いかかる砂竜の群れに向かって魔法を発動させる。
ーー【水波】
大ダメージを与える事は出来ないけれど、ひるませることには成功した。それにより、砂竜の攻撃モーションは一度リセットされる。
「やるじゃん、マミナーー【地鳴】」
ジュンさんが思いっきり地面を殴ったかと思うと、その衝撃が波のようにうなって砂竜を混乱させる。
「ハク」
「…ん、りょー、かい」
ハクちゃんが何やら魔法を発動させ、ジュンさんはまたも光の線となる。
「…ねぇ、今ハクちゃんの魔法壁が見えた気がしたんだけど…」
「…ん、使った」
「なんで?」
「…マミナ、も…試す?」
そう言って、あたしの目の前に魔法壁を出現させた。なぜだか、その魔法壁には文字が描かれている。
「…さっき、の、魔法、で…壊し、て」
「うんーー【水波】」
あたしが発動させた魔法は、本来なら自身の前方で起こす小波の範囲攻撃。だがしかし、魔法壁を破壊した途端、それはの大波となった。
「…なに今の」
「…マミナ、の、魔法、強化、した」
「そんな事が出来るの?」
「…出来て、る…ハク、は、【付与術師】、だから」
【付与術師】って言ったら魔法職の最上級職じゃないの。公式ホームページでしか見たことないわよ。それを習得してるって…極めてるなぁ。
「…うん、納得した。ついでにハクちゃんの魔法も理解出来た。最弱魔法壁を使ってたのは、そういうことだったのね」
「…ん、そう。姉ぇ、は、〈速〉〈攻〉、の、【能力付与】、受けて、る」
「で、あの速さで動くジュンさんを、ハクちゃんが〈反射〉している…と」
「…せー、かい」
あたしの放った魔法を、今作った反射壁で〈サンドウルファング〉に衝突させる。その間、ジュンさんのサポートは一切衰える事なく。
そうこうしているうちに、砂竜はもう立っている気力すらないらしく、複数体いたはずが、もう残り一体になっている。
「ジュンさんも、終わりそうね」
「…ん、ハクジュン、の、勝利」
「ハクジュン?」
「…そ、ハク、と、姉ぇ、の、通り名……“ 白盾の、閃光 ”…ハク、も、姉ぇ、も、気に入って、る」
誰ですか、名付け親は。会って言ってやりたいですね、あんた最高だって。
白盾の閃光…メチャクチャかっこいいじゃないのっ!
…はい、今こいつイタイ人だって思った読者は、あたしの呪いにかかって同性ボディービルダーに抱きつかれればいいわ。厨二ちっくで何が悪いのよ!
「…マミナ、また、怖い、かお」
「気のせいよ」
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日暮れ時。
砂竜を無駄に倒して、掲示板で報告。すなわち、イベント五日目の終了。
「今日は色々あったな、ハク」
「…ん、楽し、かった」
「あたしは、二人の邪魔をしないようにするだけで疲れたわ…」
「そう、卑屈になるなって。マミナは十分、ボク達の支援に成功してるからさ」
って言われても、実感がわかない。雑魚処理は確かに大切だけど、それ以上にこの二人が強すぎて…あたしの存在感薄くなかった?
「…マミナ、ぐっじょぶ」
「魔法職最上位にグッジョブ言われても、褒められた気がしない…」
「そう言えば聞いてなかったけど、ジュンさんの職業ってなんなの?」
「ボクの職業?【突攻騎士】だよ。防御補正ゼロの」
「まさかの自滅職…よく死ななかったね」
【突攻騎士】は、防御無視の完全攻撃型の職業で、数ある職業の中でもダントツの攻撃力を持つ。使用する武器は小刀等を主流とし、盾役の【守護兵士】よりもずっと多くの敵意を稼ぐ。
そして一般的に【突攻騎士】は自滅職として認知されており、その理由として、近接攻撃なのに防御が無さ過ぎるのと体力の少なさが上げられる。
「そう自滅職って言われても、はっきり言って使い手の問題だと思うんだよね。ボクは」
「…そんなの全部そうでしょうね」
「…姉ぇ、マミナ、は、姉ぇ、の、心配、して、る」
「そうだったの?」
「ち、ちがっ…」
「隠さなくていいって。そうかそうか、ボクの心配をしてくれるのか」
あぁもうっ!なによこの人、すっごいニヤニヤしてるんですけど!?とりあえず、その何でも知ってそうな顔やめてっ!
「…ぅ、ぐぬぬ」
「あはは、そうカリカリするなって。ちょっとからかっただけだよ。心配してくれてありがとう」
「…姉ぇ、は、死なない…ハク、も、死なない…それで、十分」
「…それはそうかもしれないけれど……」
「さぁ、この話は終わり!クエスト報告はしたし、ボクお腹空いちゃった。マミナの全快祝いも兼ねて、ぱあっといこう」
「わかった、その代わりジュンさんのおごりね」
「……あははー…手厳しいなぁ」
「あたしの、全快祝いでしょう?あたしが、出すの?」
「…ハクぅ」
「ハク、こども、だから、わかん、ない」
「ハクさぁん?おねーちゃんの味方はぁ?」
「ささ、いこいこ。あたしもお腹空いてきちゃった」
ゲームだから、何食べても太らないし、今日はお肉を食べようかな。野菜?知らない子ですねぇ。
ジュンさんの暗いため息と共に、今宵も更けていく。
ご愛読ありがとうございます。
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「……おねーちゃんの見方はぁ?」
↓
「……おねーちゃんの味方はぁ?」
誤字修正




