#40 キツネ
「ヴェル!ヴェル!ヴェル!ヴェルぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ヴェルヴェルヴェルぅううぁわぁああああ!!!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだろうなぁ…くんくんんはぁっ!ヴェルたんの黒色ブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
カフェ制服姿のヴェルたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!」
「先輩、ルイズコピペも大概にしてください。当のヴェルちゃんが怯えてますよ?」
「誰だゔぇるたんを泣かすやつは!俺か!死ぬが良い、俺ッ‼︎だが怯える姿もかわいいよゔぇるたんッ‼︎」
ウチは、世界が終わったことを悟った。
っていうか、ブラウンさん。
ウチは別に怯えて無いんです。
蔑んでるんですよ、この変態を。
「もう、先輩。そんなに幼女が好きでしたら、性犯罪に手を出して死刑になればいいのに」
「バカだなぁ… “ イエス ロリショタ ノータッチ ” が、変態として生きる道だと言うのに。いいかい?幼女とは、愛でるものであって手を出すものでは無いのサ」
「…っ‼︎ そんなに幼女が愛でたいなら、幼女を彼女にすればいいじゃない!」
「…おいおい、性癖と恋愛対象はベツモノだろ?それは、お前がよく分かってるハズだ。な?ブラウン」
「……バカ、なんでこんな時に…」
ブラウンさんは耳まで紅くし、後ろを向いた。
…って、え?あれ?
確か、ブラウンさん達もスグルと同じ異世界から来たんだよ…ね?
で、ブラウンさん達は、この世界と異世界を行き来できる、と。
それゆえ、ここでの接し方と真逆の可能性があ…る…?
あるぇー?
「…あ、あの、ブラウンさん?もしかしてですけど…異世界だと、変態さんと恋人同士だった…り?」
「あぇ⁉︎あ、ちがっ…‼︎」
「へぇ!よく分かったね、ゔぇるたんッ‼︎そのとーり、現実世界だと、俺とブラウンは恋人なのサ」
ブラウンさんの言葉をさえぎって、変態が答える。
ブラウンさんって美人の部類に入るから、異世界だと変態さんはかなりのイケメンだったりして…?
「ぁぁ…あぁあ…ああああ‼︎もう、イヤッ‼︎なんでこんなちんちくりんの事なんかぁあ‼︎‼︎」
「元気出せよ、ブラウン。何があったか知らんが、俺はお前の味方だぞ?」
「バカッ!バカバカバカッ‼︎ほんっとバカ‼︎‼︎それがわざとならなら顔面削ってたわよ‼︎」
「何を怒ってんの?」
「その、無自覚の優しさが嫌だって…あぁ、だけどそれもまたッてうわぁぁあ‼︎」
ブラウンさんはどうやら、異世界とは違う自分になりたかったらしい。
だから、異世界の現状をここに持ち出すのは、ご法度なのだとか。
…つまりは、異世界に来てまでゲシュタルトさんに惚れたく無い、と。
…
……
………
「ブラウンさん」
「…ぇ?…何かしら、ヴェルちゃん…?」
「どう足掻いても、ゲシュタルトさんです」
「ヴェルちゃんまでぇぇぇ‼︎」
あぁ、心がポキポキ折れていく…
助け舟をだそうとして、最後の砦を壊してしまったようですので、ブラウンさんはもう、それはもう真っ白に燃え尽きたようです。
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それから、ですが。
ブラウンさんは、せめてこれ以上ゲシュタルトとの関係がバレるのを恐れ、ゲシュタルトさんとは一言も話そうとはしませんでした。
ブラウンさんがゲシュタルトさんの相手をしなくなったので、しょぼくれてテンションだだ下がりです。
「ぁのお…お二人さん?」
「「……」」
「イベント、頑張りましょう。ね?」
「「……」」
誰でもいいです。
この二人を仲直りさせてあげて下さい…
群がる敵を、ただ作業のように潰して歩く。
ウチの役目は、ひたすら敵の弱点を見抜き、指示を出すこと。
極限まで無心の二人は一点も外すこと無く、攻撃を当てていく。
ゲシュタルトさんは、スグルの銃よりも大きな銃を、ブラウンさんは、杖を使って無演唱で魔法を使う。
無演唱で魔法って言うのも、なかなかスゴイことなのですが。
「す、スゴイですねブラウンさん。無演唱で魔法を使うのって、憧れます」
「え、そぉ?」
ちょっと元気が出たみたいです。
「ゔぇるたん、俺は…」
あんたはもう黙って下さい、と言わんばかりに睨みを利かせ、その後の発言を阻止した。
これ以上、馬鹿に喋らせたら、せっかく元気の出たブラウンさんがまた塞ぎ込んでしまう。
そんな事にならなくて良かったと、胸をなでおろしたその時。
こーん…
ウチ、ブラウンさん、ゲシュタルトの目の前が暗転した。
「な、何⁉︎何が起こってるの⁉︎」
「ウチも何がなんだか!」
「もももモチツケ、もちついて素数を数えるんだ!1、2、4、8…」
お前が落ち着け。
いやいや、そうじゃなくて。
こーん…
今度は、石レンガの一本道が現れた。
遠感覚に、なんだろう…赤い、二本の柱の上にまた二本の横柱が…
「鳥居?あれ、鳥居なの?」
「分からん…が、二人とも。走ったほうがいいかもしれん」
「え、なんでですか?」
「あのな、ゔぇるたん。こういう一本道は後ろから崩れるって決まってんだ」
そういうものかと、後ろを振り返ると。
はるか彼方から、四足歩行の獣が迫って来ている。
「あの、ブラウンさん。これって逃げた方が良いんですか?」
「そうね、逃げた方が良いでしょうね」
「とりあえず、道なりに逃げようか」
ウチ、ブラウンさん、ゲシュタルトの三人は、一本の石レンガの上を駆けていった。
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「これは、どういう事かしらね」
「俺が聞きてぇよ」
「さっきの鳥居?と関係あるんですか?」
古ぼけた木造の館を目の前に、ウチだけが答えを見出せずにいた。
「なぁ、ブラウン。これってさ、神社だよな?」
「うん、多分」
「って事はよ。俺たちは、誘い込まれたわけだな」
「そうね」
「…上等じゃねぇか」
わからない。
こういう事は、異世界じゃよくあるのだろうか?
「ヴェル、魔法は何が使える?」
「えっ……えと、風と水…あとは土かな?」
「なるほどな、じゃあ、土と水で沼を作ってブラウンと一緒にサポートに回ってくれ」
「…うん、分かった」
なんだろう…ゲシュタルトがゲシュタルトじゃなくなった。
「それじゃ、ヴェルちゃん。頑張ろうね」
「あっはい」
「さあ、そろそろくるぜ…この神社の神サマが!」
……こーん…こーん…
音もなく、神サマが舞い降りる。
それは、先程までウチらを追いかけて来ていた謎の獣だった。
近くで見ると、その獣の毛並みは美しく、その身体は小山の様に大きかった。
白く、サラリとした毛並みの中に、ところどころ紅く、燃え上がるような毛が混ざっている。
何故か、尻尾は複数本あった。
「へぇ、凝ってるな。複数の尻尾が生えたキツネ…キュウビか?いや、それにしては尻尾の数が足りねぇ。ブラウン、ヴェル!サポート頼んだぜ?」
「分かったけど、これって疲れるんだからね!早く倒しなさいよ!」
ウチもサポートしなくてはと、魔力を練った時、ブラウンさんとゲシュタルトさんの体に赤い点と線が見える。
直感的に、それらは弱点だと悟った。
だがしかし、目の前の神サマにはそれが存在しない。
それはおかしいのだ。
神であろうと、弱点は存在する。
それは頭だったり心臓だったり十字架だったりと、弱点の種類に違いはあるが、弱点は弱点である。
そして、それらをカバーするワザが存在するのは明らかだった。
すなわち。
「ゲシュタルトさん!それは偽物です!本体じゃありません!」
「なんだとッ……ほほう。随分と舐めた真似をしてくれるじゃねぇかよ、アァン?」
たんっ、と地を蹴り容易く神サマの体長を超えると。
銃の持ち方を変え、脳天から神サマの偽物を切り裂いた。
この人には信仰心とか無いのだろうか。
「銃で切れましたっけ?」
「先輩の銃は、ただの銃じゃなくて銃剣なの。ほら、遠距離武器って近接攻撃に弱いから……守れないんだって、私を」
なんだ、惚気か。
切り裂かれた神サマは影の様に溶けて消えるも、また出て来た。
……こーん…こーん…
出てくる度に、ゲシュタルトが斬りつける。
負ける事は無いだろうけど、永遠に勝てない。
早く、本体を探さないと……
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変だ。
本来、偽物を維持するなら、かなりの魔力を至近距離で放出し続ける必要がある。
目の前の大きさを長時間維持するとなると、尚更。
ブラウンさんの魔力もそろそろ尽きるし、ゲシュタルトさんも、体力の限界が見えて来ている。
…ここで、みんな力尽きて死ぬのだろうか。
また、ウチだけ生き残るのだろうか。
ウチは、家族だけでなく、友人も失うのだろうか…?
……もう、あの哀しみを誰かに味合わせたく無い。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だッ‼︎
認めない認めない認めない認めないッ‼︎
そんなのは、嫌だッ…認めないッ……認められないッ‼︎
最初に力尽きるのは、おそらくブラウンさん。
ブラウンさんが力尽きるまでに本体を見つけ、ゲシュタルトさんに一撃で潰して貰えれば、ウチらの勝ち。
もう、この体が変質しても良い。
ブラウンさんが尽きるまで一分も無い。
それまでに、この目で本体を見つけなくちゃ…
この目…この眼で、魔力を見ることが出来れば。
ゲシュタルトさんは、確かそんな眼を持ってたハズ。
ならば、この世界に魔眼は存在すると言うこと。
それを持ってないなら、作ればいい。
ウチの、全部の魔力を眼に集中させれば、見えるかもしれない。
希望は薄い…けど、やってみる価値は、あるっ!
「ブラウンさん、ウチ、今から魔法使えないから、ゲシュタルトさんのことお願いします」
「え、何か言った?」
身体に流れる全ての魔力を、ただ一点に集中させる。
…疲労が、全身を駆け巡る感覚。
まだ、倒れるわけにはっ…!
神サマの周りを、ゆらゆらとした何か…多分、魔力のオーラ。
こうして見ると、偽物が魔力だけで構成されているのがよくわかる。
…熱い、眼が焼ける様に熱い。
まだ、見えない…もっと、もっと熱くっ…!
やがて、揺らめく偽物の魔力はある一点に集中しているのが見えた。
おそらく、その一点から全身に魔力供給が行われている。
だとすれば、それをたどれば本体に…
見えた一点に意識を集中させる。
偽物のオーラなど、邪魔なものは意識の外に追いやった。
「先輩っ、まだ倒せないの⁉︎」
「殺れたら殺ってる‼︎あと少し、あと少しなんだよっ!」
ゲシュタルトさんはウチの目を見てそう言った。
この人、ウチが必死で探しているのが分かっているらしい。
一点から伸びる、糸の様に細いオーラを辿って、辿って……見つけた。
本体は、古ぼけた館そのもの。
弱点は……
「ゲシュタルトさん!見つけました、本体はあの建物です!弱点はあの箱です!」
「やっぱ、神社が本体だったか。ハッ、賽銭箱にはしっかりお賽銭入れてやらねぇとなぁ‼︎」
バックステップで偽物から距離を取り、箱めがけて銃剣を投げつけた。
……こーん…
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再び、目の前が暗転したかと思うと、もとの世界に戻ってきていた。
「あ、あれって突発性のクエストだったのね…」
「みてぇだな…俺はもう嫌だぞ?あんな強いのと戦うの…」
「私的には、目の前のアレが全ての元凶だって言うのが信じられないのだけど?」
そう言って、ウチらの前に座っている妖獣を指差す。
つまらなそうに、アクビをかいて、ちょこんと座る妖獣は、さっきまで戦っていた神サマの偽物を、魔獣年齢で八百年ほど若返らせた姿をしている。
白く、美しい毛並みは健在で、同じく複数本の尻尾を持っているため、全ての元凶がこの妖獣一匹の仕業だと言うのが、一目でわかる。
「……きゅうん?」
鳴いた。
ウチと目の合った妖獣は、てとてと歩いて、ウチの足元まできた。
その妖獣は、イタズラが成功して自慢してくる子供を思わせた。
だけど、それを抱きかかえる力もウチには残っておらず、ウチはその場に崩れることになってしまった。
………
……
…
…
……
………
とても、居心地が良い。
なんだか懐かしいものを感じる。
あぁ、そうか…これは、この温もりは……
「………ママ…?」
「あ、ヴェルちゃん起きた?」
「…ブラウンさん……」
寝ぼけ眼を擦って、目を覚ます。
それから、ウチがブラウンさんの背中にいる事を知った。
「あっ…ブラウンさん、ごめんなさいっ!」
「え、何が?」
「いや、その……重く無いですか?足引っ張ってませんか?」
「あら、変なこと聞くのね。大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい。ヴェルちゃん、魔力尽きたんでしょ?さっき先輩に聞いたわ」
「ゲシュタルトさんが…?」
「お、ゔぇるたん起きたのか!いやぁ、本当は俺が背負おうと思ったんだが…ブラウンに止められたんだぜちくしょう」
「そうなんですか。背負われなくて良かったです」
「あ、そうそう。代わりにこの妖狐を背負ってたんだが…どうも、ゔぇるたんに懐いちまったらしい」
ひよっこりと、ゲシュタルトの背中から顔を出した妖獣は、即座にゲシュタルトの元を離れ、ウチの背中に飛びついた。
不思議と、妖獣が近くにいる時、魔力の回復が早いような気がする。
「…この子、かわいい…」
「ヴェルちゃん、その妖狐どうする?」
「ウチ、この子飼う。スグルは良いって言うかな?」
「スグルさんなら、二つ返事で良いって言うわよ。スグルさんは、家族意識が高いから」
そうだよね。
ならまず、名前をつけなきゃ。
何が良いかなぁ…
「きゅうん!」
「かわいいな、くそ…俺も、あんな動物飼ってみたい」
「先輩は既に猫を飼ってるじゃ無いですか」
「……それは、かわいいかわいい子猫ちゃんの事ですかい?」
「ちがっ……!」
「はは、冗談。確かに飼ってるよ、猫」
「……もぉ、やだぁ…」
惚気カップルは放置して、妖獣に名前をつけなきゃ。
そうだなぁ……キュウ、とかどうかな?
「…うん、決めた。これからあなたの名前は、キュウ。よろしくね、キュウちゃん」
「きゅうん!」
スグル、新しい家族が増えたよ。
▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎▪︎
その日の夜。
みんなのお腹がなり始めたので、調理器具を持っているウチが料理を振る舞うことになった。
「びぃやぁぁあゔまぃいい‼︎」
「頭大丈夫ですかこの人」
「あはは……」
土魔法で作ったテーブルと椅子に座り、現地調達した肉や野菜と、刺激の強い植物を掛け合わせて具材。
持ってきた小麦粉をこねて、ひとまとめにする。
それを綺麗に洗った動物の麻袋に入れて足で踏んでこねる。
そうして、こねた生地を薄く伸ばして均等に切り分け、茹でること10分。
ウドンの完成だ。
それと、刺激の強い植物を使ったスープを合わせれば〈カレーウドン〉の完成!
是非とも作って見て下さい。
「キュウちゃん、美味しい?」
「きゅうん!」
「これが昼に食べたあの植物なのか…」
「美味しいから良いじゃない」
そうして、今日は終わった。
ご愛読ありがとうございます。




