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黒い落とし物

 日曜日の午後、高校二年の真田湊(さなだそう)は、駅前の商店街を歩いていた。

 冬の曇り空は重く、風は冷たく、人々の表情もどこか暗かった。

 友人からの待ち合わせの連絡はまだ来ない。

 時間をつぶそうと、湊はアーケード街をぶらついた。

 そのとき、道の真ん中に、黒い手袋が落ちているのが目に入った。

 革の質感。

 指先だけが、どす黒く変色していた。

(誰かの落とし物……?)

 拾おうと手を伸ばした瞬間、背後から声がした。


「触らない方がいいよ」


 振り向くと、背の低い男子中学生が立っていた。

 制服の胸元に白い雪がちらついている。

「それ、知ってる。それ、拾った人、死ぬんだって」

 湊は苦笑した。

「なにそれ、噂?」

「うん。最近広まってる。アーケードで黒い手袋を拾った人、あとで必ず死体で見つかるんだって」

 少年が声を潜めた。

「みんな言ってる。手袋を落とした“持ち主”が、取り返しに来るんだって」

 湊は笑うのをやめた。

「持ち主?」

「そう。それ、死んだ人の手なんだって」

 背筋が冷えた。

「だから拾っちゃだめ。絶対に触っちゃだめ」

 少年はそう言い残し、人混みの中へ消えていった。

(都市伝説か……)

 湊はため息をつき、落ちた手袋をまたいで通りすぎようとした。


 そのとき、足首を何かが掴んだ。

 振り下ろした視線の先で、黒い手袋が、あり得ない角度で曲がり、湊の足に絡みついていた。

「っ……!」

 湊は反射的にそれを振り払った。

 手袋は転がり、地面で指を立てるように起き上がった。

 まるで、そこに“手”が入っているかのように。

 湊の胸が大きく脈打った。

(嘘だろ……?)

 しかし次の瞬間には、手袋はただの革の塊に戻っていた。

 鈍い頭痛と、胸のざわつき。

 湊は早足でその場を離れた。



 その夜。

 湊は布団に入っても眠れなかった。

(子供の怪談を真に受けるなんて……)

 だが、耳の奥に奇妙な音が残っていた。


 コン、コン、コン。


 固いものを何かが叩くような音。

 壁が鳴っているのかと思ったが、違う。

 もっと近い。


 コン、コン。


 窓ガラスの外側からだ。

 湊は震えながらカーテンをめくった。

 そこには何もない。

 ただ、暗い空と街灯の光。

(気のせいか……)

 その瞬間、窓の下で何かがゆっくりと動いた。

 黒い手袋。

 中に手が入っているように、指が曲がり、

 ガラスを叩いていた。


 コン、コン。


「……っ!」

 湊は飛び退いた。

 背中に冷たい汗が流れた。

 手袋は窓の外で止まり、指先をゆっくりと動かしながら文字を描いた。


『かえして』


 湊は顔を覆った。

(なんて、黒い手袋は拾ってない……触ってない……!)

 手袋は動きを止め、静かに落ちた。


 次の瞬間、窓ガラスの内側から、黒い指がゆっくりと伸びてきた。

「うそだろ……」

 それはガラスをすり抜けるように現れ、湊の胸元を掴んだ。


『かえして』


 耳の奥で、声が低く響いた。

「なにを……返せって言うんだよ……?」

 黒い指先が湊の胸の上を叩いた。


 コン……コン ……


 湊は気づいてしまった。

 そのリズムは、心臓の鼓動だった。

「やめろ……!」

 次の瞬間、指が胸の中に、沈んだ。

 皮膚も骨も関係なく、ずぶりと沈み込む。

 灼けるような痛み。

 息が止まる。

 影の指が、心臓を掴んだ。


『おれのだ』


 湊の視界が真っ白に弾けた。



 翌朝、商店街のアーケード入口に、人だかりができていた。

 救急車の赤い光が揺れている。

「聞いた? 高校生の男の子が倒れてたんだって」

「心臓発作だってさ……若いのに」

「胸に、黒い手袋が握りしめられてたって」

「なにそれ、あの噂じゃん」

「え、どんなの?」

「知らないの?アーケードで黒い手袋を拾った人、心臓を持っていかれるんだってさ」

 女子高生の一人が震えながら言った。

「次は、見つけた人が拾わないと、あいつ、ずっと探すんだって」

「じゃあ……その手袋落ちてるの?」

「落ちてるらしいよ。現場の前に、まだ」

 アーケードの真ん中に置かれた黄色い規制テープの向こう。


 地面に、黒い手袋がひとつ。

 指先が、ゆっくりと動いた。


 コン……


 近くを通った女子高校生の足首に触れた。

 その子は笑って言った。

「落とし物だ、拾ってこよ」

 背後で、誰かが囁いた。


『かえして』

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