紙袋の中身
土曜日の夕方、中学二年のヒロトは、友だちのヨシキから突然電話をもらった。
「なあ、今から来いよ。すげえもん手に入れた」
いつもの調子ではあったが、声の奥に妙な高揚があり、
ヒロトは断る理由もなく、自転車でヨシキの家へ向かった。
日が沈みかけ、風は湿って、どこかざらついた匂いを運んでいた。
「おっ、来た来た」
ヨシキは部屋のドアを開けて迎えた。
どこか落ち着かない様子で、目はぎらぎらと光っていた。
「ほら、見てみろよ」
ヨシキが指差した机の上には、茶色の紙袋が置かれていた。
取っ手のほつれた、古びた袋。
どこにでもありそうだが、その表面には、黒いインクで大きく手書きの文字があった。
『ぜったいに ひらくな』
ヒロトの背筋が、ふっと冷たくなった。
「どこで拾ったんだよ、それ」
「駅前のごみ置き場。なんか、声がしたような気がしてさ」
「声?」
「『おいで』って。で、覗こうとしたら、これがあった」
ヨシキはニヤリと笑った。
「開けるだろ、普通?」
ヒロトは首を振った。
「開けるなって書いてんだろ。なんか入ってたらどうすんだよ。危ないもんかもしれねえだろ」
「何ビビってんだよ。じゃ、今から開けるからな。よく見とけよ」
「おい、やめーー」
ヒロトが言い切る前に、ヨシキは勢いよく紙袋を開いた。
しかし、中には何もなかった。
空っぽの紙袋。
底まで明るく見えるほど、ただの茶色の空洞。
「なんだよ、つまんねえの」
ヨシキは肩をすくめ、ヒロトは胸をなでおろした。
「くだらねえ。帰るわ」
「いや、ちょっと待てって。もう一回よく見ろよ」
ヨシキは紙袋を逆さにして、とんとんと叩いた。
その瞬間、ドサッと何かが床に落ちた。
薄暗い床に、白く折り畳まれた紙が一枚。
ヨシキはすかさずそれを拾った。
「なんだ、これ。手紙?」
紙には、震えるような文字で書かれていた。
『つぎは きみ』
ヒロトは思わず後ずさった。
「な、お前、冗談だろ?誰かのいたずらだって」
「知らねえよ。でも、面白くなってきたじゃん」
ヨシキは笑っていた。
しかしその笑いは、どこかひきつっていた。
それから三日後、学校を休んだヨシキから連絡が途切れた。
電話も繋がらないしLINEも既読にならない。
家に行っても、母親は青ざめた顔で首を振るばかりだった。
「昨日の夜からいないの……携帯も、財布も置いたままで」
その足元には、見覚えのある紙袋が転がっていた。
『ぜったいに ひらくな』
ヒロトは声を失った。
「ヒロトくん……何か知らない?」
ヨシキの母親の掠れた声が震えた。
ヒロトは、答えることができなかった。
夜になった。
部屋の中の空気が妙に重い。
風の音すら遠く感じる。
ベッドの上、ヒロトは思わずスマホを握った。
(あんなの、ただのイタズラだ)
そう思い込もうとした、そのとき。
トン……
部屋の外の廊下から、何かが落ちたような音がした。
ヒロトは動けなかった。
トン、トン……
だんだん近づく、何かの音。
そして、ドアの向こうで止まった。
息を呑む。
静寂。
そして、ゆっくり、ドアの下のすきまから何かが押し込まれた。
茶色の紙袋。
震える手で、ヒロトはつかんだ。
袋の表には、新しい文字が書かれていた。
『ひらけ ヒロト』
全身の血の気が引いた。
けれど、手は勝手に袋の口を開けていた。
中には写真が一枚だけ入っていた。
そこに写っていたのは、暗い部屋の中、紙袋をかぶせられたヨシキの姿。
そして、その横に、見覚えのある制服を着た自分自身が立っていた。
写真の中の自分は、まっすぐこちらを見て笑っていた。
次の瞬間、スマホが震えた。
画面には、新着画像の通知ひとつ。
『つぎは ほんとうに きみ』
ヒロトは気づいた。
これは、証明しろということなのだ。
友情とは何か。
信じるとは何か。
奪われるとは、どういうことなのか。
答えを出すのは、もうすぐ。
紙袋の口が、ゆっくりと、ひとりでに閉じていく。
ヒロトは泣き叫んだ。
声にならない声で夜の底へ、深く、深く沈んでいった。
外では、どこかで誰かが笑っていた。




