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ふたりの写真 

 夏休みの終わり、町の外れにある廃校で、中学三年のフミヤとリョウは、肝試しをすることになった。

 廃校には昔から噂があった。


 夜の体育館には、誰かの泣き声が響く。

 写真を撮ると、知らない人が写る。

 持ち帰ったら、必ず、後悔する。


 どこまで本当なのかは分からない。

 けれど、今年の夏は、何かを証明したくなるような焦りがあった。

 フミヤは、親の転勤で秋には引っ越す。

 もう、この町には戻らないかもしれない。

 リョウは、それを知ったとき、笑いながら言った。

「最後にさ、俺らの友情、本物だって証明しようぜ」

 その言葉に、フミヤは嬉しかった。

 けれど同時に、どこか心の奥で、不安な影が揺れた。

(証明って、なんだ)

 その答えは、まだ分からなかった。



 夜の廃校は、思っていたよりも暗かった。

 懐中電灯の光がかすかに床を照らす。

 壁には剥がれかけた掲示物。

 生ぬるい湿気が、皮膚にまとわりつく。

「なあ、帰るなら今のうちだぞ」

「やだよ、ビビってんのか?」

「ビビってねえよ」

 言葉は強がっていても、心臓の音は、互いに聞こえるほど大きく響いていた。

 体育館の前に着くと、重い扉が、ぎい、と湿った音を立てて開いた。

 空気が変わった。

 ひんやり、息が凍りつくような冷たさ。

「写真、撮るぞ。証拠になるし」

 リョウがスマホを取り出した。

 フミヤは黙ってうなずいた。

「じゃ、いくぞ。笑えよ」

 リョウはフミヤの肩を抱いた。

 フミヤも肩を寄せた。


 ーーカシャ


 光がはじけ、暗闇がほんの一瞬だけ白く照らされた。

 その瞬間、体育館の奥の暗がりで、何かが動いた気がした。

「……今、見えたか?」

「見えねえ。気のせいだろ」

 リョウは平然と笑った。

 けれど、指が震えているのをフミヤは知っていた。

「戻ろうぜ。十分だろ」

「そうだな」

 二人が出口へ向かったとき、

 ふいに、スマホのシャッター音が鳴った。


 ーーカシャ


 何も触れていないはずなのに。

「は? おい、押してねえのに」

 もう一度鳴った。


 ーーカシャ ーーカシャ ーーカシャ


 連続で、勝手に。

 リョウがスマホの画面を見た。

 そして、言葉を失った。

「……なんだ、これ」

 そこには、撮った覚えのない集合写真が表示されていた。

 中央にフミヤとリョウ。

 その周りを、黒ずんだ顔の、制服姿の子どもたちが囲んでいる。

 どの顔にも、目が、なかった。

 空洞だけが、こちらを向いている。

 フミヤは息が止まった。

「消せよ」

「消してる! 消えねえ!」

 指で何度触れても、写真は増えるばかり。


 ーーカシャ

 ーーカシャ

 ーーカシャ


 次々と保存されてゆく画面。

 最後に表示された写真を見て、フミヤの全身が硬直した。

 それは、ふたりだけの写真だった。

 ただし、横にいるはずのリョウの顔が消えている。

「や、やめろ……! やめろよ!」

 リョウは叫び、スマホを床に叩きつけた。

 ガラスが砕け、光が止んだ。

「走れ!!」

 二人は全力で出口へ向かって走った。

 扉を押し開け、外の空気へ飛び出す。

 ようやく息を吸ったとき、フミヤは自分の胸がひどく締め付けられているのに気づいた。

「リョウ、大丈夫か?」

 しかし、隣には誰もいなかった。

「……リョウ?」

 返事はない。

 あたりを見回しても、どこにもいない。

「ふざけんなよ……! 隠れてんだろ!? なあ——!」

 声は夜へ吸い込まれていった。



 次の日の朝。

 リョウは、どこにも見つからなかった。

 家にも帰っていない。

 警察や近所の大人たちが探しても、足跡すらない。

 唯一、見つかったのは、廃校の体育館の床に落ちていた割れたスマホの残骸だけ。

 その中の写真が、ひとつだけ復元されていた。


 体育館で肩を組むフミヤとリョウの写真。


 その端に、細い文字で書かれていた。

《ずっと友だちだよ》

 フミヤは、それを見た瞬間、分かった。

 リョウが消えた理由。

 あの場所が求めていたもの。

 友情の証明とは、つまり、どちらか一人だけ、帰ること。


 空になった学校の窓の向こうで、誰かの笑い声が、小さく響いた気がした。

 その声は、確かに聞き覚えがあった。

 フミヤの背筋は、氷のように冷たくなった。

(まだ、終わってない)

 ポケットの中で、スマホが震えた。

 通知はひとつ。


 写真:1件


 画面を開くと、そこには、廃校の体育館でひとり立ち尽くすフミヤの姿が写っていた。

 その背後に、肩に手を置く影が、はっきりと見えていた。

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