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深夜のチャット

 総務部の斎藤は、その日たまたま深夜のサーバーメンテナンス当番を任された。

 二十三時を過ぎたオフィスは、人の気配が消え、空調の低い唸りだけが響いている。

 必要な作業はほとんど終わり、あとはシステムの自動更新を待つだけだ。


 退屈しのぎに社内チャットを開くと、「全社員グループ」の未読が一件あった。

 こんな時間に誰が? と思いつつクリックすると、メッセージはただ一行。

《今、何階にいる?》

 送信者は「田中」。

 だが、その名前に心当たりはなかった。社内に同姓はおらず、部署にも配属履歴がない。

 試しに《五階です》と返信すると、すぐに返事が来た。

《誰もいない?》

「……え?」

 変だとと思いながら、《はい、一人です》と打ち込む。

 今度は既読がつくだけで返事がない。


 数分後、オフィスの奥で、カタリ、と何かが落ちる音がした。

 恐る恐る立ち上がり、音の方を覗くが、誰もいない。

 蛍光灯の下で、観葉植物の影だけがゆらゆら揺れていた。

 元の席に戻ると、チャットに新しいメッセージが表示されていた。

《うしろ、見た?》

 背筋に冷たい汗が走る。

 振り返ると、確かにさっきまでなかったファイルの山が後ろの机に積まれていた。

 近づくと、それらは古びて変色しており、見慣れない社名や手書きの文字がびっしり並んでいる。

 日付は十年以上も前。会社の名前も、いまは存在していないものばかりだった。

 再び席に戻ると、チャットにこう表示されていた。

《そろそろ下におりてきて》

《地下三階 会議室C》

 地下三階といえば、数年前に倉庫として閉鎖されたフロアだ。

 防火扉が施錠され、普段は入ることすらできない。

 冗談半分に《どうやって入るんですか》と送ると、返事は一瞬で届いた。

《もう開けてある》

 心臓が速く打ち始める。

 確かめるつもりはなかった。だが、なぜか足が勝手にエレベーターへ向かっていた。


 階を下りるにつれ、エレベーターの照明が一段ずつ暗くなっていく。

 到着音と同時に、古い鉄の扉が軋みながら開いた。

 湿った空気とカビの匂いが押し寄せる。

 奥に、「会議室C」と書かれた札がぶら下がっていた。

 ドアを開けた瞬間、机を囲む十数人のスーツ姿が、一斉にこちらを向いた。

 その顔はどれも、目がなく、口だけが大きく開いている。

 だが、不思議と恐怖よりも“違和感”のほうが勝っていた。

 どこかで、見覚えがある気がするのだ。社内の人間たちの輪郭に、誰かの顔が重なる。

 一番手前の人物が口を動かした。

 声は頭の中に直接響く。

《やっと来たね、斎藤くん》

 喉の奥がひきつった。

「……あの、どちら様ですか?」

 と問うと、奥の人物がゆっくり立ち上がった。

 スーツは古び、肩口がほつれている。

 顔は影に隠れて見えないが、声だけがはっきり響いた。

《同僚だよ。君も今日から、ここのメンバーになる》

 周囲の人物たちは一斉に笑みを浮かべた。

 口元だけが吊り上がり、耳まで裂けるほどに広がる。

 その笑いに引きずられるように、斎藤の視界が揺らいだ。

 机の上には古いノートパソコンが並んでいる。

 どれも画面は真っ黒だが、中央に白いカーソルが点滅している。

 ひとつの画面が光り、そこに見覚えのある社内チャット画面が現れた。

 表示されたのは、自分の名前から送られたメッセージだった。

《今、何階にいる?》

「これは……俺じゃない……」

 震える声を漏らすと、奥の人物が机を叩いた。

 金属的な音が広がり、天井の蛍光灯が一瞬暗くなる。

《君が送るんだよ。次を》

 パソコンのキーボードが、誰も触れていないのにカタカタと動き出す。

 画面には次の文が打ち込まれていく。

《地下に来て》

 その瞬間、耳元で別の声が囁いた。

 低く、かすれた声。

「これで君も、呼ぶ側になれる」

 全員が立ち上がり、斎藤の背後へ回る。

 冷たい手が肩に置かれ、背筋に氷のような感触が走る。

 パソコンの画面に、今度は見知らぬ社員の名前が表示された。

 その人物は、翌週の深夜当番に入っていると知っていた。

 斎藤の指が、意思に反してキーボードを打ち込んでいた。

《今、何階にいる?》


 翌朝。

 システムの自動更新は無事完了していた。

 だが、深夜当番の斎藤は戻っていなかった。

 彼の机はきれいに片付けられ、ロッカーの中も空っぽ。

 総務部の名簿からも、彼の名前は消えていた。

 ただ、社内チャットの「全社員グループ」には、新しいメッセージが残されていた。


《今、何階にいる?》

 送信者:斎藤

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