監視カメラの映像
営業部の木村は、毎週木曜の夜、当番として社内の監視カメラ映像をチェックしていた。
大手ビルの一角にあるこの会社は、夜間に限って数台のカメラを常時録画している。
警備員は別にいるが、映像に不具合や異常がないかを確認するのは、なぜか社員の業務だった。
二十三時過ぎ、フロアの蛍光灯は落ち、モニターの光だけが彼の顔を照らしていた。
映っているのは廊下、エレベーターホール、地下倉庫の三か所。普段はほとんど何も映らない。せいぜい清掃員が通るくらいだ。
その夜も同じだと思っていた。最初の数分、廊下のカメラには誰もいない。
だが再生を一時停止したとき、木村は妙なことに気づいた。
廊下の奥、非常口の扉の横に人の足だけが映っていた。
足首から下、スーツのズボンと革靴。膝から上はフレーム外ではなく、映っていない。
まるでその部分だけ切り取られたように。
木村は目を凝らし、数秒巻き戻して再生した。
やはり同じ位置に足だけが立っている。
次の瞬間、映像がノイズで揺れ、その足が一歩だけ前に出た。
ぞくりと背中が冷えた。清掃員なら全身が映るはずだし、そんな半端な姿はありえない。
映像を飛ばして確認すると、足は廊下をゆっくり進んでいく。
ただし、移動の仕方が普通ではなかった。二歩、三歩……そのたびに、映像の一部が一瞬黒く欠ける。
その欠けた部分が戻ると、足が少し先へ進んでいる。
まるで、録画の隙間から忍び込んでくるような動きだった。
気味の悪さを押し殺し、他のカメラに切り替えた。
すると、地下倉庫の映像に切り替えた瞬間、木村の心臓が跳ねた。
さっきの足が、そこに立っていたのだ。いや、今度は膝まで映っている。だが膝から上は、やはり存在しない。
木村は顔を背け、深呼吸した。
「……気のせいだ。映像の不具合だ」
そう呟いたとき、スピーカーから「カツ、カツ」という硬い足音が聞こえた。
監視カメラは映像だけで音声は拾わないはずだ。
木村は慌ててスピーカーの配線を確認したが、配線には何の問題はない。
足音は、まるでこの部屋の中から響いているかのようだった。
そして、再びモニターに目を向けた瞬間、廊下のカメラ映像が切り替わった。
そこには、自分の座っている防犯モニター室のドアが映っていた。
本来、この部屋の前にカメラは設置されていないはずなのに。
映像の中で、ドアの向こうに立っている足が見えた。今度は太ももまで映っている。残るのは、腰から上だけだ。
心臓が早鐘のように鳴る。
逃げなければ、と思うが、身体が硬直して動けない。
足音が、もう目の前まで来ている。
「カツ……カツ……」
足音ががドアの前で止まった。
次の瞬間、モニターが真っ黒になり、白い文字が浮かび上がった。
《あと一歩》
部屋のドアノブが、静かに回り始めた。
翌朝、総務部は奇妙な報告を受けた。
夜間映像を確認したが、防犯モニター室に昨夜の監視カメラ映像が映っていた痕跡はないという。
ただ、映像チェックのログには、木村のアカウントで夜中の三時まで再生が繰り返されていた記録が残っていた。
木村は翌日から無断欠勤を続け、連絡は一切取れなくなった。
代わりに当番になった社員は、初日の夜、モニターに白い文字を見たという。
《あと一歩》




