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☆眠る猫の尻尾を踏むために

 刺された箇所の傷も塞がってきていた。

 退院することができて、百花は制服に身を通す。いつもは音子が制服に身を通している分、自分でやるというのはなんというか不思議なものだった。

 もとより、百花自身も音子と同じでスカートをあまり好んでいなかったから音子がズボンを選んでくれてホッとしている。


 のだが。


「ねぇ千智。なんで替えの制服がスカートなのぉ?」

「……女の子っぽくなりたいと思ってそうだったから」


 以前、音子は制服をちょっと汚してしまい、クリーニングに出していた。ほかの替えの制服も割とボロボロなのが多いので新しく代わりの制服を買ったのだが……。

 その代わりの制服がスカートであった……。


「んがーっ! これじゃ動きにくいじゃん!」

「スカート嫌いなの? 百花って」

「大嫌いだよ! 動いたら見えちゃうじゃん!」

「あ、そういう理由……」


 百花はもとより動くのが大好きなのでスカートという防御が低いのが気に食わなかった。


「これじゃ満足に動けないよぉ……」


 しくしくと泣きながらも制服を着ていく。


「それで……百花。音子は……まだ目覚めないの?」

「ん? あー、なんか目覚める様子はないねぇ」

「そっか……」


 しゅんと暗い顔をする千智。

 なんやかんやで千智も音子が好きなんだなぁなんて思っていた。


 準備が終わり、玄関を出ると万家の車……ではなく、正門前に財前家の車が止まっていた。高級車のシンボルが明るくテカっている。

 窓が開かれ、幸村が乗れと端的に言う。


 千智と百花は車に乗り込んだのだった。


「それでどうやって音子の人格?を戻すかなんだが……」

「百花が出てきたのは百花って存在を認識したから……っていうことでいいんだよね?」

「まぁねぇ。でも、知る前もちょっとは予兆があったよ。私の今際の際が夢に出たし」

「そうなの?」


 実際そうだった。

 旅行に行きたいと告げて、息を引き取る寸前の様子が夢として映し出されていた。それは多分自分の存在を知らしめるために体に刻まれていた百花の記憶が引き出したのだろうと百花は認識している。

 だから音子が目覚める予兆ももしかしたらあると思っていた。


「多分、私が旅行に行きたかったから旅行という単語で目覚めたんだと思う」

「となると……」

「音子がやりたいことをやろうとすれば目覚めるかもしれない?」

「かもね。でも音子って割と自分のことはひた隠すからなぁ。一心同体の私ですら何がやりたいのか」


 百花自身は運動が大好き、だがしかし音子は実際はそうでもない。運動はたまには自分から進んでする程度で運動が大好きというほどじゃない。

 同じ体を共有していても、もとは他人だったということもあり好みは別々で、それはお互いに共有されない。百花も音子が音楽を楽しんでいてもやってんな程度しか思っていなかった。


「音子のやりたいこと!っていえばそりゃ音楽だろうけど……」

「それが一番やりたいこと!っては言えないよな。普段からやってるしな」

「え、ダメなの?」

「まぁ、なんとなくそう思う。旅行に行きたいというのは百花が旅行に行けない体だったから不可能な願いだった。となると、自分だけじゃ実行が不可能で、やりたいことが条件なんだと思う」

「あー」

「そういう予測? 私としては死に際の願いのほうだと思うんだけど。音子が刺されたとき、何を後悔したか、なにをしたかったかだと思うけど? だって旅行に行きたいと願ったのは百花の今際の際なんでしょ?」


 二人の見解は別々だった。

 幸村は自分だけじゃ実行不可能なもの、自分じゃ実行不可能なものがトリガーとなると思っていた。だがしかし、千智は死に際の願いがトリガーになると思っていた。

 どちらもありえる。実際、百花もどちらがトリガーになってるのかはわかっていない。


「まぁどっちかわかんないけど……とりあえず音子が好きそうなもの片っ端からやっていったほうが手っ取り早いかも」

「それもそうだな。しらみつぶしというのは効率が悪いが……」

「音子ももっと好きなものを口にしていけばいいのに」












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