女の子としてのデート ②
楽器を買った。
現金で一括払い。高級なギターを買っちゃった。いつもならこんな高いのは買わない。でも……ユキと二人きりでデートするという口実のため買わなくてはならなかった。
「いい買い物したな」
「俺としてはこんな金額払うの初めてだけどね……」
100万ちかくした。というか、ちょっと100万円をこえている。
カードという文化は俺にはないので全部現ナマ。道彦さんに言ってカードを作ってもらったほうがいいかもしれないクレジットカード。こういう高額な買い物には不便すぎる。
「でも高級なギターってすぐ売れるイメージがあったが……」
「バンドマンは基本金なしだから高いのは買えないんだよ。俺だって今のギターは高校時代にせっせと貯めていた貯金と親から出してもらったお金でようやく買ったものなんだから」
「そんなもんなのか。世知辛いな」
基本的に売れないでみんなバンドの人生を終えていく。売れていくのなんてひと握りなのだ。テレビに出るのなんて夢のまた夢。俺らだってそうだ。
なんか珍しい客が多いってだけで有名とまでは行かないバンド。八重津だったり俵さんだったりどっかの社長さんだったりいろいろやばい人がファンだと公言してくれているけれど……。
「元の俺だったらこのギター絶対買えなかったな。万家に感謝だな」
「そうだな」
ユキは笑う。
すると、俺のお腹の虫がぐーっと不機嫌な音を鳴らした。ユキはそれを聞いて俺に微笑みかける。
「どこかでランチでもとるか」
「あ、ああ……」
ユキが行きつけの店を案内してくれるというので、ランチはユキに任せることにした。
連れてこられたのは高級そうなイタリアン料理店。中に入ると、ビシッとした格好に身を包んだ従業員が「いらっしゃいませ」と告げ、ユキに駆け寄る。
「財前様。これはこれはようこそいらっしゃいました」
「個室は空いているか?」
「ええ。財前様のために一つは部屋を常に空けておりますとも」
「そうか。ではそこに」
「かしこまりました。そちらはお連れ様でしょうか」
「ああ。俺の大事な連れだから粗相がないように頼む」
「かしこまりました」
そういって、俺らは個室に案内されたのだった。
個室は豪華絢爛に彩られ、貴族の屋敷を思わせるかのような雰囲気だった。高級そうな椅子に腰を掛け、フルコースが運ばれてくる。
まずは前菜からのようだ。こんな格式高い店俺初めてなんですけど。いや、ユキと付き合うならこんな店にも慣れていかないといけない……! ユキにだけ適応を求めるのではなく、俺もユキに適応するのだ……!
「美味しい……」
「だろう? ここの料理人は腕がいいからな」
ユキが微笑みながら俺のほうを見ていた。
なんつーか、見られながら食べるの恥ずかしい……。
「……音子」
「な、なに?」
料理を食べていると、ユキが俺に話しかけてきた。
「千智の様子はどうだ?」
「あー、普通だよ?」
「普通?」
「そう。俺がおしゃれを今してるのも千智ちゃんにそういう気持ちを抱かせないって言うのも一つの理由。可愛いは俺にはわからないし」
「そっか。ならよかった。まだ気に病んでたりはするか?」
「いや、その様子はないよ」
「そうか。千智は後腐れないから助かる」
良くも悪くもすぐに切り替えるタイプの千智ちゃん。
それに比べて俺はいつまでも引きずるタイプ。正反対だなぁなんて思いながら運ばれてくる料理を食べていく。
だがしかし、そこで問題が起きた。
ウエイターさんが料理を運んできた途端、躓いてしまい、料理が俺の服にベチャッとかかる。
ウエイターさんは絶望したかのような顔でどんどん顔の色が青くなっていくのが分かった。すぐに立ち上がり、勢いよく頭を下げ続ける。
「申し訳ございませんっ! 申し訳ございませんっ!」
「…………」
「あはは。こりゃひどく……」
千智ちゃんから借りた服に料理のソースのシミがついてしまった。
「音子大丈夫か?」
「平気だよ。それよりこの服千智ちゃんのだからちょっと困った」
「いい。説明したらわかってくれるだろう」
「あ、あの、ウエイターさんもそんなに謝らないでください。躓いてしまったものは仕方ないんですから……」
俺も何もないところで躓いたりするし。
「私はいいので気にしないでください。ユキ、あとで悪いんだけど服屋に……」
「そうだな」
ユキがにっこり笑う。
俺はウエイターの人に近づいて。
「ユキとデートする口実を作っていただきありがとうございます」
とだけ告げておいた。




