八重津 剣
俺は八重津とにらめっこしていた。
事の発端は授業。二人一組を作りお互いの絵を描きましょうということになった。桐羅では美術の授業もあるらしく、何でもやらされ、なんでもマスターしろということ。
で、俺のペアに八重津 剣が選ばれたのだった。
千智ちゃんは俵さんにペアを組もうと言われ、赤家さんは取り巻きの人たちと、八重ちゃんは風邪ひいてしまったらしくお休み。
で、今日はユキもお休みであるため、八重津も余ってしまったらしい。いや、女性からめちゃくちゃ言い寄られていたけど……。
『音子さん。相手がいないなら僕とやりましょう』
とあっちから来た。
正直俺は八重津 剣という男をわかっていない。ユキの友人ということしか情報がない。顔はユキと並ぶくらいに整って人当たりはいい。
だがしかし、底知れなさを瞳から感じる。なんつーか、その笑みの圧がすごい。裏で何考えてるかわからないタイプ。
俺は組む人がいない以上、断りたくもなかったので受けたのだが……。
沈黙が流れていた。
「……ねぇ」
「な、なんでしょう」
「君って不思議な子だよね。僕と幸村を見てもキャーキャー言わないし」
「……誰もかれもがイケメンにキャーキャー言うわけないと思うんですけど」
「そうだね。B専もいるからね」
笑顔でそんなこと言うなよ……。
「君って幸村とどういう関係?」
「どういう関係とは?」
「君は万家なのに途中から編入してきてさ、なのに幸村とあんな親しげにしてるし、幸村も君を大事にしてるみたいだし。どういう関係なのかなって」
「あー、千智と幸村のことは知ってるよね?」
「うん」
「千智が私の病室にユキを連れてきて仲良くなった。ただそれだけ」
「ふぅん」
八重津は画用紙に興味なさそうに顔を向けている。
この嘘はさすがにバレるか……?
「ぶっちゃけ付き合ってるの?」
「いや?」
「そうなんだ」
興味なさげに返事を返していた。
興味ないなら聞かないでほしいんだけど……。俺は目の前の画用紙に八重津の顔を描いていく。イケメンだからかっこよく描かないと女子に怒られそうだ。
「榎本 音助」
「ん?」
「君ってさ、ぶっちゃけ榎本 音助だろ?」
「えっ?」
なんで俺の名前を……。
っていうかなんでわか……。
「動揺したということは正解か。あいつがあんなに心開くのはその人しかいない。なんで女性になってるのか、なんで万家を名乗っているのかはわからないけどね」
「…………」
「ま、謎が解けた。僕としてもネオエスケープの榎本 音助さんには個人的に会ってみたかった」
「マジで俺と分かって……」
八重津はしっかりと俺の顔を見る。
「僕はさ、実はネオエスケープの大ファンなんだよ」
「……マジ?」
「音楽ってさ、不思議な力があるでしょ? 人の心を動かしたり、人の心を溶かしたり。まさしくそれなんだ。僕、去年はものすごくうまくいかなくてさ、やさぐれてたんだ」
「……」
「そんな時、ネオエスケープのライブに行った。ふらっと立ち寄ったっていう言い方のほうが正しいかな」
苦笑いを浮かべながら、八重津は続ける。
「そこであなたが情熱的に歌う姿が目に焼き付いてね。我武者羅に、ただひたすらに歌っているあなたの姿、そしてあなたが歌う情熱的な曲。僕は脳裏にそれが焼き付いた。だからあなたが車に轢かれて死んだと知ったときは絶望でしかなかったよ」
「…………」
「だけどある日、君を見てなんとなく思った。音助さんだと。僕にもよく分からないんだけど」
直感ってやつだろうか。
直虎も俺のこと見破っていたし直感って言うのはあながち侮れないかもしれないな。
「こうして確信を得られてよかったよ。音助さん」
「学校では音子と呼んでください……」
「そうだね」
八重津ってこえー……。マジでその直感だけで俺を音助だと思っていたんだろ? 迂闊に書く仕事とかしたらマジで怖いな。




