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千智ちゃんってめんどくさい ③

 千智ちゃんは帰って来るや否やにすぐ眠ってしまった。

 まだ午後の6時。寝るにはちょっと早い時間帯。だがしかし……酔っぱらっていることもあったのと暴れ疲れたからなのか気絶するように眠ってしまった。


「私は役立たず……」


 という寝言を言って。

 そして翌日。俺は怪我したところに絆創膏を張って千智ちゃんの部屋を訪れる。昨日は必至で気づかなかったが、飛んできた破片以外にも踏んづけてしまったガラスの破片とかで足も少し切っていた。

 ボクシングの怪我もあり今の俺は満身創痍。

 でも千智ちゃんが昨日言っていた役立たずという言葉の重さとは比べ物にならない。


「よ、千智ちゃん。お目覚めかい」

「ね、音子……。私……」

「昨日のこと覚えてるんだ」

「うん……。私、また迷惑を……」


 千智ちゃんは絶望したかのような顔をしていた。

 俺は部屋の鍵をかけ、椅子に座る。昨日発した役立たずという言葉。考えてみた。きっと千智ちゃんは……。


「千智ちゃん。千智ちゃんは俺やユキの助けになれてないの、相当嫌なんだろ」

「…………」

「昨日の役立たずという寝言、ユキのためという言葉。ユキと考えてみたんだ。ユキは昔……お前に弱音を吐いていたらしいな」

「……うん。家に帰りたくないって」

「それで君は助けたいとなっていた。でも……そのまま月日が流れた」

「…………」


 千智ちゃんは押し黙る。

 俺の時もそうだった。新聞部の部長の時も、ナンパの時も、ヴィットーリアに攫われたときも、百花ちゃんが出てきたときも。全部、千智ちゃんが助けになったわけじゃない。赤家さんや銀太郎、ユキが解決してしまった。

 千智ちゃんとしては。


「自分が一番近くにいるのに自分が一番力になっていないもどかしさがあったんだろ」

「……うん」

「でも千智ちゃんはそれを俺らに隠してた。何事もないように装ってたけど……酒の力でそれが出ちゃったんだな」


 避けは人間の本性を現すと聞いたことがある。

 きっと千智ちゃんの本性は誰かの役に立ちたいという気持ちが多いんだろう。だからこそ、小さいころユキが言った弱音のために、物理的に財前家をぶち壊そうとした。

 一部屋破壊されたごときで潰れるわけはないが……そういうツッコミは今は野暮だろう。


「私……力になれないどころか……こんなことまでしちゃって……」

「私は私が嫌いってか」

「…………」

「まぁ、わかるよ。自分だけか空回りしてるんじゃないかって思うことはよくある。でもなぁ。ユキも銀太郎も俺の力になれないことだってある」

「ないよ。銀太郎たちはともかく、幸村は完璧だもん。私なんかがいなくても力になれるよ……」

「あのなぁ。性別を考えてみろよ。今の俺は女の子だぜ? 女の子のことは女の子がよく知ってんだろ。赤家さんとかは俺が元男だって知らねーし……俵さんは……なんつーか、ちょっと助けを求めたらやばい気がする」


 俵さんは俺が男だって、音助だってことを知っている。だがネオエスケープの熱烈なファンだ。ちょっと頼りづらい。なんつーか、やばいという謎の危機感がある。


「俺が女の子のことを聞けるのは千智ちゃんだけなんだよ。それだけでも十分なんだ。適材適所って言葉もあんだろ。ナンパとかは男がいたほうが撃退しやすいし、攫われたときももし襲われでもしたら男のパワーで押し返したほうがいい」

「でも……」

「なんでこういう時にだけ弱気になるかなぁ千智ちゃんは」


 千智ちゃんって割とめんどくさい女の子だ。

 ま、そのほうが俺としてもちょっとは関わりやすい。めんどくさくても変なめんどくささじゃないからな。


「でも私は昨日そんなにボロボロになるまで……」

「これの大半はボクシングやってきただけだから気にすんなよ。というか昨日止めに行ったときも割と満身創痍だっただろうが。そこは覚えてないのかよ」

「そ、そうなの……?」

「止めた時に出来たのはこの足のガラス片が刺さった傷と顔のここを掠めた傷だけ」

「でも傷つけたことには変わりないじゃん!」

「百花ちゃん自身車に轢かれたこともあるし……」


”いやぁ、あれは私のとっさの判断で避けて正解でしたね”


 あれは普通躱せないっての。というか躱したというより受け流しただろあれは。


「百花ちゃん自身車に轢かれてるし、俺も轢かれてるしこの程度の傷は誤差だよ」

「でも……」

「千智ちゃん。いい名言を教えてあげよう」

「名言……?」

「死ぬこと以外はかすり傷、だ」


 誰が言ったかは知らない。だがこの言葉を胸にして生きてほしい。

 いや、そのかすり傷がめちゃくちゃ痛いんだけどね……。それでもなお前を向いてほしい。千智ちゃんは多分、ネガティブよりの人間だから。


「ま、俺もこの怪我は気にしてないし、ユキも家のことは気にするなだってよ。誰も気にしてないんだ。悪気があったわけじゃないし、遠因はユキが千智ちゃんに弱音を吐いたことだからな」

「そこで俺のせいにするのは違うだろ」

「幸村……!」

「ま、そういうことだ。気にすんな。俺の家が少し壊れようが気にしねえよ。むしろ俺がやるべきだったんだ。アレぐらい暴れる元気があるって証明できたな」

「ごめ……」

「おっと。謝罪はいらねえよ。俺と千智の仲だろ」


 お、おおう。はたから見るこの構図、まさしく少女漫画過ぎる。どっちも顔面偏差値高いとこういう光景がマジで目の保養になるのか……。


「ま、俺は片付けのために今日休むからよ、剣とかによろしく言っておいてくれ」

「なんなら俺が暴れて部屋壊したからって説明してやるよ」

「やめて……」


 










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