入れ替わりの条件
百花ちゃんはそれはもう大幅に楽しんでいた。
少し昨日の気持ち的にもアンニュイな二人をしり目に、スポーツ施設で存分に体を動かしている。
見ていてわかったんだが、百花ちゃんはものすごく運動神経がいい。
いや、車にぶつかったときからその片鱗はあったんだが、俺が動かしているときとは違い、本当にすごくものすごく動く。
「おりゃあああ!」
百花ちゃんの力強いスマッシュが決まった。
「幸村って運動もできるよね……?」
「あ、あぁ……。自慢じゃないがどのスポーツもできる……と思っているんだが」
「へへん! 体動かせない間、ものすごくシミュレーションで練習してたからね!」
「シミュレーションでここまで……。いや、これは百花の天性の才能かもしれないな……」
楽しそう……。
俺は体を動かすのが好きというわけじゃないが、ちょっと楽しそうでここに混ざってみたい……。だが悲しいかな。今の俺は百花ちゃんの中にいるのだ。
「そういや百花ってずっと出てくるの今度から」
「いや? 多分今の私の人格が出てきたのはぐーぜんだと思うよ? それか条件があるとか! なんにせよ寝るまでは多分私!」
「そうか……。百花ちゃんは男の人が中にいるのは嫌じゃないのか?」
「男の人が女の子になるシチュエーションって萌えるから……」
「言ってる意味が分からないんだけど?」
ともかく気にしていないってことで認識してほしいです。
「条件か……。昨日、百花がいるってわかったばかりだろ? 条件も何もあるのか?」
「ない……とは言い切れないんだよねぇ。私の人格の認識がまず一番必須な条件だとして……あとは満月の日とか?」
「満月?」
「満月は魔力を高めるのですよ……」
「どこのファンタジーだよ。それに昨日は新月だ」
月の魔力か……。
ユキも千智ちゃんも条件を考えてみるが、一向に思いつかないようだった。俺もちょっと考えてみる。入れ替わるための条件……。
俺が起きるのを拒んだ……? いや、少なくとも俺は起きたくないなんて思ってない。
ただ……気になるのは入れ替わった演技ということ。
俺も口では否定こそしたが、ちょっと面白そうだと思った。
これって同意したことになるんだろうか?
入れ替わりの条件は双方の合意で、それは心の中で同意しても同じということになるのかな。うーむわからん。
ただ双方の合意が入れ替わりの条件となるのか試したい。でも今の百花ちゃんとは意思疎通ができない。
「入れ替わりってお互いの合意がなくちゃできないんじゃない?」
「そうかもな。だとすると今願ったら戻れるんじゃないか?」
「え、どうだろ? やってみる。音子ちゃーん。話せないけど今の聞こえてはいるでしょ? 私もそうだったから。やってみよー」
はいはい。
俺は入れ替わりたいと願う。百花ちゃんの目が閉じて景色が見えなくなっていった。そして目を開けると。
「……どっち?」
「俺だ」
元に戻っていた。
俺は自分の体を動かしてみる。
”あ、戻ったー!”
ちょっと待って。
なんで脳内に百花ちゃんの声が響き渡ってるんだ?
”入れ替わりの条件を認識したらお互いが意思疎通できるのかもねー”
なんで俺の考えてることもわかるんだ?
いや、まぁそれはいいとして……。
「体が痛い」
「……筋肉痛じゃない? 車にも轢かれてるし」
「とりあえず病院行こうな」
”意思疎通できるんなら今度から好きなタイミングで入れ替われるね! ただ私はあまり出ないよ。今の私の体は音子のものだからね”
頭に直接響いてくる声というのはなんとも不思議な感覚が過ぎる。




