音子の恐怖
千智ちゃんコーディネートのファッションで俺は街に繰り出す。
露出面積がちょっと多い。ホットパンツにへそ肩だしファッションってなんだよ。俺はこんな無防備に……。可愛いって大変ですね。俺はもう可愛くなくても……。
「千智ちゃんはどっか行っちゃうし……」
一人で歩いてみなさいって言われて鬼かと思った。
とりあえず渋谷の駅前を歩くことにする。人が多いから隠れられてるのを考えて。だけどちょっと視線を感じるような気もする。何の実験させられてるんだ俺は。
ハチ公前を通過し、特に何事もなく歩いていると。
「ねぇねぇ、お姉さん暇?」
「可愛いね君。いくつぅ?」
と、前から大きめの男の人が声をかけてきた。
こ、これが俗にいうナンパってやつですか!? 俺には到底できないあの見知らぬ女性にチャラく声をかけて誘うナンパ……。
だがおあいにく……。俺は付き合うつもりはないです。
「あ、あの、そういうの結構ですので……」
「一人で暇でしょお? そこの喫茶店でもいいから。奢るから、ねっ?」
「いや、だから結構だと……」
「一人だと危ないよー? 俺たちが助けてあげるって」
「だから……」
粘るなこいつら。
ファッションセンス皆無なくせに。ちょっとダサいぞその恰好。
「東京の治安の悪さなめてっしょ? 誰かと行動したほうがいいよー」
「でもあなた方には」
「いいから。ちょっとお茶するだけだから」
「あの、やめてください」
「いいから来てよ!」
と、俺は手をつかまれた。
こ、こわ……。俺は誰かに助けを求めようとした時だった。男の手をがしっと誰かがつかむ。
「はいはーいそこまでー。彼女は俺らと待ち合わせしてたんだよなー、八城」
「ああ。だから危ないということはないぞ」
「ちっ、なんだ男待ちかよ」
と、男が来たら素直に折れてどっか行ってしまった。
助けてくれた九条と城前のほうを向く。
「ありがとう……。助かった……」
「気を付けろよ? 可愛い見た目の子には声をかけて来るからな」
「俺らが通ってよかったよ。誰か絡まれてるなと思ったら音子さんだったし」
二人が来てくれて助かった……。
それにしても、あんなぐいぐい来る男の人があんなにも怖いなんて。知らなかった。俺はぐいぐい行った試しはないが……。高校のころ罰ゲームでナンパさせられた記憶がよみがえる。二つ返事でオッケーもらえてたのは奇跡だったんだな。あの女の子も若かったし中学生くらいだった記憶がある。高校生と思って声をかけたのに中学生だったな。
「で、二人は何してんの?」
「駅前に美味いパン屋があるって聞いてよ。買いに来たんだ」
「ほえー……」
「いるか? 限定100食のクロワッサン、特別に作ってもらったんだ」
「金の暴力」
「いいの? 一つもらおうかな」
「おう。ノート貸してくれてるしやるやる」
俺はクロワッサンを一つもらった。
焼きたてだったのかちょっと温く、一口かじりついてみる。バターの芳醇な香りと生地のしっとりさが絶妙だぁ。限定100食でこの美味しさ。まさに限定。
美味いなこのクロワッサン。
「幸せそうだな」
「えっ、あっ……ごめんね浸っちゃって」
「いいんだ。幸せそうにしてるのを見るのは好きだから」
「そーお? じゃ、それならもうちょっと幸せになろうかな」
先ほどまでの恐怖心はクロワッサンで和らいだ。やはり食。食はすべてを解決する。




