◇ 財前家のあの事
財前家のリビングで、幸村と剣がそれぞれもらったチョコレートを口にしていた。
幸村は好きな音子からもらったチョコは甘くても苦くても美味しく感じていた。実際、音子はレシピに忠実に作るし変な冒険心を持たないから美味しいのは確約されているという認識もあったが。
「剣もよかったな。もらえて」
「まぁね」
「千智のどこが好きになったんだよ」
「凛としてるところ。昔からの付き合いっていうのもあるけどユキ相手に凛々しくいるってむずいでしょ。そこがちょっとかっこいいなって」
「そうか。ま、確かに言われてみればそうだな。言われなきゃそうだとは思わなかったが」
幸村と千智はいわゆる幼馴染という関係に近い。
万家も財前家には劣るが家の力が強いというのもあり、昔からよく顔を合わせていた。幸村は千智と出会ったときのことを思い出す。
最初から、千智は俺に対して物怖じすらしなかったなと感慨深くなっていた。
「応援してる。千智はいい奴だから下手なことしなければ大丈夫だよ」
「そう?」
「ま、あいつは多分、周りが好きだから誰かを特別視なんてことはあまりしないと思うけどな」
「うへぇ。その情報いらない」
幸村はけらけらと笑う。
「話は変わるけどさ幸村」
「なんだよ」
「あの事、音子ちゃんには言った?」
「……まだ」
「早くいいなよ。あと期限は一か月ちょいしかないんだよ」
「わかってるんだが……」
あの事。
幸村はある悩みを抱えていた。幸村と音子にとっては重大な悩み。
「わかってはいるんだが……。どうも伝えづらくてな」
「はぁ……。でも、あっちには伊佐波がついてるんでしょ? 遅かれ早かれ聞くんじゃない? それに、音子自身気にしない素振りするかもしれないけど、そういうのは本人の口から直接聞きたいタイプだとみてる」
「あぁ……わかってる」
伊佐波も、俺の家のことを知っているからいずれ教えるはず。何も知らないままでいさせるはずがない。
だからこそ、自分の口で早く言わないといけないとは理解している。頭では。
「はぁぁぁあああああ……」
「すっげえため息」
「つきたくもなるだろ。憂鬱だよこっちは」
「だろうな。でも、避けては通れないし、それぐらいで別れないだろお前らは」
「そう、だけどもさ……。でもさぁ」
「うじうじしてんなよ。今生の別れっていうわけじゃないだろ」
「…………」
「お前自身の成長の為なんだろ。きちんと話せば理解する。そこまで我儘じゃないだろ」
「……音子にはちょっとは我儘でいてほしいんだよ俺は」
「我儘なやつ……」
いずれ言わなくちゃいけない。でも言いだしたくない。
音子のことだから理解はしてくれる。それがちょっと嫌だった。理解してくれるのはいいのだが、少しは嫌がってほしいという惚れた心。
バレンタインだというのに、幸村の脳内は甘くはならず、むしろ苦々しくなっていった。




