悪女がよく送られている修道院という施設を知っているだろうか?
恋愛ジャンルのざまぁものがハッピーエンドを迎えた後の、主人公達が見向きもしない場所でのお話。
修道院、という施設を知っているだろうか?
本来は宗派によって色々あるのだが、さる国の山中に存在する『キビシ修道院』に関して言えば、シンプルに『神に仕える者が共同生活を送り、禁欲的な集団生活を送るための施設』という程度の理解でいい。
とにかく、神に仕える者が祈りを捧げ労働に勤しみ、僅かな糧だけを得てまた感謝の祈りを捧げるという、一般人からすれば精神修養の修行場としか思えないような生活を強いられる場所だ。
祈りの捧げ方も、まともな感覚からすると過酷な拷問染みた方法も珍しくはなく、達成したところで特に報酬があるわけでもない。まさに、信仰心のみで成り立つ場所なのである。
キビシ修道院は女子修道院であるため、そこに住まうのは修道女のみである。当然のように異性との接触を断っており、生涯独身を貫くべしが言うまでも無いルールだ。修道院を出るなど、例外が無いわけではないが。
要するに、キビシ修道院に送られたが最後、厳しい規律を守る修行の如き日常を強制され、一周回って不健康なんじゃないかと言いたくなるような人生を歩むことになるわけだ。
それでも、神に仕える者達が不満を漏らすことはない。神に祈りを捧げることが彼女達の喜びであり、苦しみの全てはより神の教えを理解するための感謝すべき過程でしかないのだ。
一般人からすればそうですかーといいながら笑顔で全力後退するような思想であるが、それでも神のシモベというものはそういうものなのである。
しかし、各国に存在する女子修道院の中でも特に厳しい戒律で知られるキビシ修道院に住まう歴戦の修道女たちでも耐えられない事件が、最近起きているのであった――
「ふざけんじゃないわよ! 私を誰だと思ってるの!」
「またですか……」
彼女達の朝は早い。
毎朝四時前に起床し、五分で身支度を済ませた後それぞれ担当の場所の掃除から始まる。
そこにはただただ生きることへの感謝のみが宿る神聖な時間……のはずなのだが、最近はとてもそんな雰囲気ではなくなっていた。
「まだ夜じゃないの! 私はいずれ王子様と結婚して王妃になる女なの! 何でこんな時間からたたき起こされて掃除しなきゃいけないのよ!」
「アナタはこのキビシ修道院の修道女となったからです。ここに来た以上、俗世の地位になんの価値もありません」
「来たくて来たんじゃないわよ!」
叫んでいる修道女――にはとても見えないピンク髪の若い女性は、最近キビシ修道院に強制的に送られてきた、元貴族令嬢である。
何でもハキコーン王国の王太子の不倫相手であり、畏れ多いことに愛人から正規の婚約者になるべく王太子と共謀して正式な婚約者である公爵令嬢の罪を捏造し、婚約破棄を宣言。
当然そんな無謀が通るはずもなく、王太子は廃嫡され恐れ知らずの令嬢はこのキビシ修道院で性根をたたき直すことになった……という経緯があった。
(……道に迷った者を救うのも、神に仕える者の使命。それは間違ってないんですけどね)
だからといって、信仰心の欠片もない、そして未婚でありながら穢れに塗れた不純な女に神の家を荒らして貰いたくはない。
そんな風に思っているのは、その浮気令嬢の相手をしている、キビシ修道院の院長を務める女性だ。
幼少の頃に修道院に預けられ、以来この道30年のベテラン修道女であり、自ら過酷な神に仕える道を選んだ修道女を厳しくも優しく迎え入れる院長として俗世でも知られている徳の高いお人である。
しかし、そんな彼女もこの手の女性は初めてであった。
修道院の門を叩く人間は誰しもそれなりの事情がある者だ。俗世の楽しみを捨て去り信仰の道に入るというのは確かな覚悟が必要なことであり、中には神の慈悲に縋るほか無いほどに深く傷ついている者だって珍しくは無い。
無いのだが……それでも、彼女達は自分の意思で覚悟を決めてきたのだ。もちろんその厳しさに耐えられず逃げ出したり破門を言い渡される者がいないとは言わないが、信仰の道を真っ向から否定する物欲と名誉欲の塊というのは初めての経験であった。
(……やはり、引き受けるべきではなかったのでしょうか? いえ、救いを求める者の手を払うのは主の教えに反しますし……いけませんね。このような考えを持っては――)
「あんな鉄仮面女が邪魔しなければ全部上手くいったのに! 今頃豪華なドレスを着て王都の人気店のお菓子を食べているはずだったのに!!」
何かあれば「贅沢がしたい」とか「玉の輿」だとか「イケメン王子にチヤホヤ」だとか、清貧に生きる者にはよくわからないことを叫ぶこの女性は、恐らくショックの余り気が触れてしまった気の毒な人なのだろう。
そんな相手にこそ、神の愛はあるべきだ。寛容であるべきだ。
そんな自己暗示の元、院長は根気強く信仰の道を説き続ける。
ただ、ちょっとストレスの発散に暴食――は立場上できないので、代わりに健康的なストレス発散ができる運動量が大分増えたが。
なお、最近は俗世で行われているというシャドウボクシングなるものに挑戦中であった。
そのまま、全く事態が好転しないまましばしの時が流れたとき――
「……院長、今度は真愛王国とゲーオトメ帝国から、令嬢を引き取ってくれと……」
「……ええ。もちろん、神の家は来るものを拒みませんよ。拒みませんとも」
ハキコーン王国から産廃処理……もとい、道を見失った哀れな女性を引き受けたという情報を知ってか知らずか、更に別の王族名義で二人もご令嬢を修道女として引き取ることになった。
「ちなみに、いったいどうして我が修道院に……?」
「何でも、真実の愛に目覚めたとかで婚約破棄宣言した令息を魔道具で操っていた罪を犯したからというのと、自分はゲームのヒロインだとか訳のわからないことをいいながら高位の貴族令息と片っ端からその……不純な関係になった性根をたたき直して欲しいとかで」
「……神の愛は平等ですよ。平等です」
院長はため息を吐きたくなる衝動を根性で抑え、全てを受け入れる慈愛の笑みを浮かべる。
それが彼女達の生きる道であり、神の教えなのだ。汝、隣人を愛せよとかなんとか。
が――
「ふざけんじゃないわよ!」
「ふざけているのはそっちじゃない! 王太子なんて分不相応なところに手を出すなんて、そんなのバカとしか言いようがないっての!」
「ご禁制の洗脳魔道具なんて使うようなイカレタ女に言われたくないわよ!」
「……ちょっと静かにして貰えません? 今攻略どこで間違えたのか検証中なんですから」
『逆ハーレムなんてとち狂った目標立てた異常者は黙ってろ!』
当然と言えば当然ながら、自分の都合だけで生きている性悪女が三人集まれば、反発し合うのは必定であった。
それぞれが申しつけた仕事なんて全くやる気を見せずに、お互いを罵り合い傷つけ合う。お互いに腐っても上流階級のお嬢様ということで暴力沙汰にまでは発展していないのがせめてもの救いだが、静かに祈りを捧げる時間としては不適切としか言いようがない有様だ。
「皆さん。今は祈りの時間です。それに、淑女がそのような乱暴な言葉を使ってはいけません。もっと――」
「うっさい黙れ!」
「庶民が偉そうにするんじゃないわよ!」
「うぅ……修道院エンドは悪役令嬢だけでしょ? 何で私が……バグにしても酷すぎるわよ!」
院長も精一杯彼女らを指導しようとするが、王侯貴族相手にでも自分の利益だけを追求した筋金入りの傲慢を崩すには遠く及ばない。
かくなる上はと、指導室――詰まるところ監禁部屋に押し込んで愛の鞭を食らわせて強制的に反省させるという方法を取らざるを得ないのだが、それもほとんど意味が無いのだ。
何せ――
「指導室? あんなババアに負けないし」
「そうね。食事だって、元々あってないようなもんだし、お腹が空いたら厨房に行ってなんか勝手に食べるし」
といった有様であり、そもそも反省するという機能を搭載していない相手に折檻はあまり効果が無かった。
ここは男子禁制の修道院。折檻をするにも修道女数人がかりで押さえ込まねばならないのだが、無駄に若い問題児が三人もいるとなると一苦労なのである。
下手をすれば何の罪もない修道女が怪我するだけになりかねないこの現状で、徐々に修道院は無法地帯のようになっていってしまうかもしれないのだ。
そして、何とかして押さえつけて反省させたとしても……
「見てなさいよ……後で絶対復讐してやるんだから……!」
「あーはいはいごめんなさい許してください。謝ったんだからさっさと放してよ」
「しくしく……私は非道な者達に虐められています。王子様、私はここにいます……」
などなど、いろんな意味で修道女達の心と体を削る反応しか見せず、疲労は溜まっていく一方であった。
そんな現状を打破し、更にストレスも発散すべく、真面目な修道女達は最近筋肉トレーニングに余念が無くなっている。
院長など、特に強いストレスを与えられていた影響か、その肉体は既に若かりし時代のそれより力強くなってしまっているとさえ思えるくらいに引き締まり、膨張していくのであった。
寄付金で成り立つ修道院にいる以上贅沢はできないが、その生活習慣の関係上日曜大工は得意なので、自作トレーニング器具が充実していく日々である。
――更に数週間後、事態は悪化する。
「………………院長」
「なんでしょう?」
「ウェイトトレーニングを中断して聞いていただきたいのですが、また新しい修道女受け入れの要請が」
「ちょっと待ってください。今日のノルマはまであと五回なので」
修道女達が自作したバーベル……推定120kgを用いてスクワットをしていた院長は、しっかり規定回数を熟してから報告に来た修道女に向かい合った。
「それで……今度はどこの誰を?」
「ズーイシスタ共和国から、とあるご令嬢を」
「何をやらかしたんですか?」
「何でも、ご令嬢の姉に当たる人物から何でもかんでも奪い取ってしまう悪癖の持ち主で、ついには婚約者まで奪い取って大騒動を起こした罰……だそうです」
「ふぅ……神の愛は平等ですからね。平等、なんです」
以前よりも肩幅が大分ボリュームアップした院長の愛は偉大なようで、あんなのを押しつけられながらも慈愛の笑みは変わらずであった。
首から下は大分変貌しているが、そこは気にしてはいけない。
そして――
「ズルーイ! 私の方がちっちゃい! ちょうだい!」
「いやよ! アンタこそ私に寄越しなさいよ! これっぽっちじゃ足りないんだから!」
欲しがり妹は、当然清貧なんて受け入れることはない。
ほんの僅かな、向こう側が透けて見えるようなベーコンが一枚浮いているだけのスープと硬いパンだけの食事に文句を言い、一纏めにされていた『罪人組』と早速揉め始める。
しかし、彼女の姉とやらと違い、どこまでも我が強い罪人令嬢達がそれを素直に受け入れるはずもなく、あれよあれよという間に大げんか。ここで暮らす内に上流階級としての誇りも薄れて更に悪化した彼女達は、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまうのであった。
「……ふう」
そんなとき、動くのは院長の勤めである。
まず馬乗りになっている浮気令嬢の首根っこを掴んで片手で投げ飛ばし、だだを捏ねた妹令嬢をげんこつ一発で気絶させ、隙をついて二人の食事を盗もうとしていた残り二人の首に手刀を撃ち込む。
瞬く間に制圧した院長は、彼女ほどではないが全体的に大きくなっている修道女達に命じて全員指導室に縛り上げておくように命じた。
何かもう、神の愛とか信仰の道とかとは違う方向に進んでいるような気がするが、それを口にする者はいない。
そんな生活を送っていたある日、何通かの手紙が届いたのであった。
送り主はハキコーン王国、真愛王国、ゲーオトメ帝国……そしてズーイシスタ共和国。問題児達の出身国である。
「何でしょう……彼女達を許す、とかですかね?」
そうだといいなと思いつつ、院長は一枚一枚手紙を読んでいった。
浮気令嬢の出身地、ハキコーン王国は、現在廃嫡された元王太子――第一王子に代わり、兄よりずっと優秀と言われている第二王子が王太子に就任することになったらしい。
その伴侶には王妃として教育されていた、実は第二王子と相思相愛であったという婚約破棄宣告を受けた元王太子婚約者が付けられたということで、若者同士いい雰囲気で次世代は明るい――的なことになっているらしい。キビシ修道院にこんな爆弾送りつけておいて。
洗脳魔具令嬢の出身地、真愛王国は、魔道具で操られていた令息は婚約者との仲を改善し、今では仲睦まじいカップルとして幸せに暮らしているとのことだ。キビシ修道院に厄ネタを押しつけておいて。
逆ハー令嬢の出身地、ゲーオトメ帝国は、逆ハーレム員となっていた令息達を纏めて処分。それぞれ地位と名声を失い大変なことになっているとのことだが、その代わり彼女に惑わされなかったさる令息とその婚約者の結婚式で暗い話題を吹き飛ばしたらしい。キビシ修道院に淫魔を封じ込めておいて。
最後の欲しがり妹令嬢の出身地、ズーイシスタ共和国は、妹の横暴を許していた実家が没落、虐げられていた姉は格上の侯爵家の次期当主に見初められて幸せに暮らしているらしい。キビシ修道院に餓鬼を投げつけておいて。
そして――
「……それぞれの国に、似たようなことをした令嬢が何人か出たからきっちり面倒を見てくれ、と。それ以外の国からも似たような案件やら未婚で殿方と交わった令嬢やらを引き取ってくれという要望が多数、と。……神の愛に、限界はないですよ。ええないですとも」
そこまで読んだ院長は、無言で立ち上がり修道院の裏山へと向かった。
そこにいるのは野生動物だけであり、人はいない。だから、何を言っても誰にも聞こえない、最高のストレス発散ポイントなのだ。
「――罪人は自分の国で面倒見ろよ!」
怒りの正拳突きが大気を弾いた。
「厳しい規則が最大の罰? 刑務所じゃないんだぞ!」
怒りの回し蹴りが風を切り裂いた。
「二度とやらかさないように監視しろ? 牢獄でもないわ!」
怒りの踏み込みが大地を砕いた。
「修道院は――ゴミ捨て場じゃなぁぁぁぁい!!」
怒りの咆吼が、山を揺らした。
「ふ、ふ、ふぅぅぅ……戻りますか」
全力の怒りの発散をした院長は、何事もなかったように慈愛の笑みを浮かべて山から去って行った。
それを知るのは、怯えた様子で抱き合う野生動物たちだけである……。
「フフフフフ……俗世の高貴なお方って、本当に自分のことしか考えてないんですから困ったものですね……」
自分の私利私欲のために罪を犯してここに送られた問題児達は言うまでも無い。
しかし、殺してしまうのは可哀想だからといって、こっちに押しつけてお終いにした王族貴族共も修道女からすればほとんど大差は無い。罪のない修道女に迷惑かけるのは可哀想じゃないのか?
などなど、そんな怒気は信仰の道に相応しくないものだ。これは自分の信仰を試す神の試練なのだ。
そういうことにして、今日も院長は慈愛の笑みを浮かべるのであった……。
。
しかし、面倒な奴はとりあえず規律の厳しい修道院に送りつけてはいお終い……という無責任な事ばかりする王侯貴族は、一度その行いの意味を考えるべきだろう。
そういう使い方をしたいのならば、初めから刑務所や牢獄と言った用途で施設を一つ作ればいい。彼女達はあくまでも『自分の意思で』特別厳しい規則を設けているのであり、別に罪人ではないのだから。
自分達は悪を裁く善の存在だ。悪を殺さない慈悲深い存在なのだ。そんな思いで「厳しい修道院だから」というだけで押しつけた後見て見ぬ振りを続けると……いつか、ナイスバルクな神の鉄拳が襲いかかってくるかもしれないから……。
私はオチに困ると筋肉に逃げるくせがあるらしい。
よければ感想、評価(下の☆☆☆☆☆)をよろしくお願いします。
この短編とは全く関係ないですが、現在連載中の長編ファンタジー
『魔王道―千年前の魔王が復活したら最弱魔物のコボルトだったが、知識経験に衰え無し。神と正義の名の下にやりたい放題している人間共を躾けてやるとしよう』
もよければ下のリンクよりどうぞ。




