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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

冥府の裁判神と、過去と今

作者: はる❀

― 冥界


「フレデリック審判神(さいばんしん)殿。次の死者がやって参ります」



 その言葉に、俺は顔を上げる。

 ……俺の名はフレデリック・ルソー。ここの裁判神を務める。

 冥界の刑務官に連れられてやって来たのは一人の非魔術師の……死者。

 ここは冥界。死んだ者が来る世界。



「死因は?」

「次の者は……あぁ、魔術師を暴こうとして、最高神殿の鉄槌(てっつい)により冥界(こちら)に来た、非魔術師だそうです」

「……またですか。やっぱり、そういう人は後を絶たないんだね……どうぞ、通してください」

「わかりました」



 連れてこられた者を見()ると、その姿は五十代程とみられる、やや白髪の混ざった研究員のような姿をした男。身綺麗にはしているが、どこか疲れたような雰囲気をにじませている。

 死んだ者は皆恐怖しながらこの場を訪れるが、別にここは怖い場所ではない。……生前に罪を犯してさえいなければ。

 俺はその死者を見ながら、生前について問う。



「貴方は生前、どんな罪を犯したのですか」

「罪? そんなもん、犯してなんか……」

「では質問を変えましょう。死ぬ直前、貴方は何をしていたのですか」

「そ、れは……」

「……それは?」

「魔術師の特殊魔法はギリシャ神話に影響を受けていると……だからそれを……調べたかった」



 随分と抽象的な答えだ。だが俺が聞きたいのはそれじゃない。



「具体的に、何をしていたのですか」

「……ぐっ、なぜここでそこまで話さねばならんのだっ! 私はすべてを黙秘(もくひ)する!」

「それは時間の無駄というものですよ」

「……なに」

「エリック。この者の過去を」

「畏まりました」



 そう言うとフレデリックの傍に影のように佇んでいた黒髪に漆黒の瞳の少年……エリックは、すっと立ち上がり死者に近づく。年はまだ、十六。

 エリックは冷酷な笑みを顔にはりつけたまま、死者に問う。



「おじさん、本当のことを言うなら今だけど」

「……」

「言うつもり、ない?」

「……」

「……強情(ごうじょう)だね。いいよ。そんなの、僕の前には無意味だから」

「……」

「ちゃんと悔いれば罪も軽くなるかもしれないのにさ。まぁ、どうでもいいや。いくよ……特殊魔法『Retourner da(過去への回帰)ns le passé』」

「っ!?」



 エリックが魔法を詠唱すると、辺りは暫し青白い光に包まれる。

 ……が、それも束の間、その光はエリックを中心に収束していく。


 あぁ……と低く声を漏らしながら、エリックは俺に話しかける。



「兄さんも今一緒に見てたよね。この人の過去」

「あぁ」

「やっぱりこの人、魔術師を解剖しているね。……生きたまま」

「……っ!? なっ、なぜそれを……」

「言ったでしょ。僕の前に黙秘は無駄。僕の特殊魔法であなたの過去なんか、全部見えるんだから」

「……っ、くっそ……!」



 魔術師を調べていると言う割に、俺たちが魔術師であったことには気が付かない愚か者か。……まぁ、外見だけでは判別がつかないために、気が付かないのも無理はないが。



「……『過去への回帰』は過去の事実だけを映す魔法だ。言い逃れることはできない」

「……!」

「判決を言い渡す。お前は……タルタロスで永遠の地獄を味わうがいい」

「……、ああっ!!! お、お助け下さいっ!! どんなことでもしますからぁっ!!」



 そのような言葉などは意味を為さない。判決は……絶対だ。

 死者は悲痛な叫び声を発しながら、そのままタルタロスへと連行されていく。


 ……これで、いい。



 死後。敬虔けいけんな者には救いを。邪悪な者には……(ばつ)を。

 悪は、殲滅(せんめつ)するべきだ。



「エリック。……やっぱり、その特殊魔法は凄いな」

「なんてことないよ。僕は生前(せいぜん)の兄さんの『未来予知』。好きだったけどね」

「……そんなの、もう忘れてしまったよ」

「そう。でもあいつ、僕らの特殊魔法がギリシャ神話に基づ(もと)くものだって、よくわかっていたね。どこまで知っていたのやら」

「……さぁな。そんなことはどうでもいい。次の仕事だ」

「はいはい」



 生前。俺も生まれてこの方ずっと冥界にいたわけじゃない。

 俺は生前……魔術師として、普通に生きていた。人が好きだったんだ。

 享年(きょうねん)は……二十一。現界の人は《マリア》が守ってくれるから、その後は俺が(さば)こうと……俺は今でも時々、その当時の事を振り返る。





― 八年前・現界



「兄さん、何調べてるの」



 ここは俺の部屋、言うは弟のエリックだ。まだ現界(げんかい)で、生きている。

 大学の法学部に通う俺の部屋には六法全書(ろっぽうぜんしょ)や魔術に関する法律の本などがずらりと並んでいるが、十三歳離れた小さな弟はまだ八歳。だが八歳の割に非情に聡明(そうめい)で、大人っぽい考え方をするエリックは、俺のことにいつも興味津々だ。まぁ時々ちょっとしたことで()ねてみたり、子供っぽいところがあるのは年相応で可愛らしい一面だと思う。



「エリック。魔術師の三大ルールは?」

「え……何、急に。【一度に膨大な魔力を使ってはいけない】【人道に反した使い方をしてはいけない】【非魔術師に対し直接、攻撃的な魔法を使ってはいけない】の三つでしょ」

「正解」

「それがどうしたの」

「エリックはこのルールを破ったら、どうなると思う」

「天に召されるんでしょ。そんなこと、誰だって知ってるよ」



 やや不貞腐(ふてくさ)れ気味に言うのも、いつもと同じ。

 そんなエリックは、やや不思議そうに俺を見る。



「兄さん、また非魔術師について調べてるのかと思った」

「どうして」

「だって、兄さんがここにいるときは、決まって非魔術師のことを調べてる」

「ははっ、よく見ているな」

「……兄さんは、なぜ、非魔術師が好きなの」



 エリックはその漆黒の瞳をまっすぐに俺に向けて尋ねる。



「エリックは、嫌いか」

「……僕はあまり好きじゃない」

「どうして」

「だって……あいつらは、僕たち魔術師を奇異な目で見てくるだろ。みんなロンのことだって《マリア》だと言って、全部、ロンにどうにかしてもらおうとしてる。それに……非魔術師側にはなんのルールもなくて、僕ら魔術師にばっかり制約があるのは、変だ」

「まぁ、そうだな」



 ロン。エリックの同級生で、彼もまだ八歳。

 《マリア》というもの自体謎が多いものではあるが、『救いをもたらす者』として解釈されることが多い。白い肌に白い髪を持つ天使のようなその姿と、彼の特殊魔法……だけどエリックの言い分は(もっと)もだ。まだ八歳ながら、八歳とは思えない発言をするなぁ、と時々感心すらするようでもある。



「だけどエリック。非魔術師は悪いやつばっかりじゃない」

「……そんなこと」

「今から八年前に起こった大災害。その時エリックはまだ生まれたばかりだったからあまり覚えていないと思うけど、俺たちは、非魔術師に助けられたんだ」

「……。兄さんは、そればっかり」

「大事なことだ。その時、俺たちの本当の両親は亡くなった。今俺らを引き取ってくれた両親も、非魔術師だ。エリックだって知ってるだろう」

「あー……わかったよ、わかった。非魔術師は悪い奴ばっかりじゃない」

「わかればよろしい」



 エリックは俺に言い負かされたかのようにむすっとしている。そんなエリックを見て、俺はついふふっ、と笑ってしまう。



「だから、さ。エリックにも非魔術師を好きになってもらいたいけれど」

「……」

「考え方はエリックの自由だ。好きなように考えたらいい」



 エリックは複雑な顔をしながら、「兄さんの言うことは時々よくわからない」と呟く。

 そんなエリックの頭をくしゃくしゃっ、として俺は笑った。


 ……


 エリックはあまり納得していないようだったけれど……俺の考えなんか、わからなくていい。

 残念ながら俺は、俺の持つ特殊魔法……『未来予知』でエリックの未来を全て知ってしまっている。『未来予知』。残酷な、魔法だ。

 この魔法は、未来が見えるだけで、変えることができない魔法。

 死ぬと分かっていたら、何を回避したところで辻褄(つじつま)を合わせるが如く、死ぬことだけは避けられない。


 俺はつまり……、エリックの最期も知っている。

 これから起こる、様々な恐ろしい出来事も。

 ……だがそんなことは、起こってはならない。



 だから俺は、あることを決意する。

 ……俺が現界から消えればいいのだ。



 魔術師の三大ルールと、『天に召される』という言葉。

 これは、ルールを破れば、現界ではない、どこか違う世界に落とされるということだ。


 ……では、それはどこなのか。


 魔術を研究することで有名な共同魔法研究室の室長が言っていた、『この世界にはここ……現界の他に、冥界がある』、と。



 ……恐らくこの世界には、現界の他に、冥界が存在する。



 未来予知の能力者である俺が現界にいては未来が変えられないのならば、冥界から、力づくで変えてしまえばいい。

 そうするためには……簡単だ。魔術師のルールを破ればいい。



 『非魔術師に直接、攻撃的な魔法を使う』。

 ルールの線引きは曖昧で、程度は全く示されていない。

 ……つまり、怪我をさせる必要なんか、全くない。ただ攻撃的な意思を以って、攻撃をする。それは魔法で生み出した、ちょっとした小火(ぼや)での火傷でも、全く傷害を与えない水鉄砲でも構わない。

 ……()、だな。誰だって天に召されたくなんかない。だからこそ、このルールを破るのは簡単。



 ……ふっ、と、思わず皮肉な笑みが漏れる。



「兄さん?」

「なんだ」

「……なんでもない」

「さ、お子様はそろそろ寝る時間だ」

「……っ、お子様なんて」

「明日は夕方、共同魔法研究所で検査があるんだろ。また、迎えに行ってやるからさ。今日はもう寝るんだ」

「……わかったよ」



 時計を見れば、既に二十一時を回ったところ。小学二年生のエリックには、十分遅い時間でもある。



「兄さん」



 渋々と俺の部屋を出ていこうとするエリックは、一度俺を振り返り、はにかんだような笑みを浮かべる。



「どうした」

「やっぱ兄さんっていろんなこと知ってて、すんごいんだなーって」

「はは、そうだろう」

「僕、兄さんの事、尊敬するよ。……非魔術師の事は、よくわからないけれど。じゃ、おやすみ」

「あぁ、おやすみ、エリック」



 そう言って、エリックは戸を閉め、自室へと戻っていく。俺の、かわいい弟だ。

 ……これでいい。これで、いいんだ。



 俺は、前々から考えていたシミュレーションを、再度脳内に浮かべる。

 問題の日は……明日。



「特殊魔法……『prédiction fu(未来予知)ture』」



 ……


 ……



「……。」



 ……やっぱり、未来は変わらない、か。

 俺は、ぼんやりと天井を眺める。この天井を見上げることも、もうなくなるんだな……。俺は今のエリックの笑顔を思い出す。


 ……エリックは、冥界になんか来ちゃだめだからな。


 そんなことを思いながら、俺は最後の手紙を書いた。





 ― 翌日・夜七時



 間もなく、予定の時間。

 昨夜話していた、エリックの共同魔法研究所での検査がそろそろ終わる。

 時計を確認すると、午後七時。フランスは緯度が高く、夏は遅くまで明るいとはいえ、小学生にとって遅い時間には変わりない。


 少し早くに到着した俺は、現界の自然豊かなこの景色を眺めていると、(しばら)くして共同魔法研究所の扉が開く。出てきたのは、やや疲れた顔をしたエリックだ。



「エリック、お疲れさん」



 エリックは俺を見るなり、その疲れた表情をぱっと明るくして、俺に向かって駆けてくる。だけどきっと、今日の検査も余程(よほど)疲れたのだろう。俺はエリックに検査のことを尋ねる。



「今日の魔力検査はどうだった?」

「今日は魔力測定だけだったけど前とあまり変わらなかったよ。僕の前がロンだったみたいでさ、あまりに魔力が多いから測定する機械が壊れちゃったんだって。だから機械を直すのに時間がかかったみたい。ロン、すごいよね。僕と同じ2年生なのに」

「はは、ロンはなんというか、神秘的な力を秘めてそうな子だよね」


 俺がそう言うと、エリックはやや()ねたような声で尋ねてくる。


「ねぇ、兄さんもロンが《マリア》かもしれないって噂、信じてる?」

「うーん、そうだなぁ……ロンが《マリア》なら、世界は平和になりそうだよね。ほら、ロンは大体誰にでも優しいからさ。だけど確かに彼の《特殊魔法》は美しいと思うよ。手を合わせて祈るような発動方法はとても神秘的で、まさにマリアのようだ」

「……兄さんまで。ロンは、まだ小学生なのに」

「はいはい。エリックは、ロンがマリアだと言われるのがあんまり好きじゃないんだよな」

「だって……友達だもん」



 エリックは、ロンを本当に大事に思っているのだと、思った。

《マリア》……その多くは『救いを(もたら)す者』として解釈されることが多いが、それはそもそも『この世界をきちんとあるべき姿に導いてくれる者』と大昔の大予言者が残した者の名称から由来する。だけどその一切は不明……なぜなら、その大予言は何千年も前から伝わるものだとすら言われている程に謎が多く、まるで御伽噺(おとぎばなし)のようでもある。

 エリックは何か聞きたいことがあるかのように「ねぇ兄さん、《マリア》って……」と口を開くが、俺はすぐ近くの気配にはっとして、その言葉を制する。



「エリック、静かに」

「……?」



 一瞬、全身がぞわっするような生暖かい風が木々の葉を揺らし、通り抜けていった。

 いつもと変わらない景色が、いつもと違って気味が悪い。


 ……あぁ、やはり、未来は変えられない。


 俺の視線の先には、夕闇に(まぎ)れた人影が2つ……此方に向かって近づいてくるのを見た。それは2人の非魔術師の男たち。あいつらには、見覚えがある。


「だ、誰……?」

「非魔術師だ」

「えっ」

「エリック、下がって」

「……!」


 俺よりもやや背丈の大きい男たちが近づいてくるのを見ながら、エリックは俺の後ろに隠れようとするが……



「君たち、《特殊魔法》使えるよね」


 ……!



 相手が言うが早いか、突然背の高い方が俺に襲い掛かるのを(すん)でのところで避ける。が、もう一人のがたいのいい男がエリックの腕を掴んでいた。そして……その後ろから男がもう2人。

 相手はやはり、4人。一瞬の出来事だったが、すべては知っていたことだ。

 ……これが、変えられない未来であることも。



「エリックから手を離せ」

「……兄さん……」

「お前たち、《研究所》の人間だろう。俺は協力しないと言ったはずだ。エリックを巻き込むことは許さない」


 エリックは恐怖と疑問で体を硬くしているが、これも……俺が見た未来と全く同じ。

 俺は……未来を変えなくてはならない。



「兄さんお願いやめて、非魔術師を攻撃なんてしたら兄さんは天に召されてしまう……!」



 エリックは振りほどこうともがくも、小学生の力では男たちは微動(びどう)だにしない。


 俺が一歩近づくと、「近づくな!」とエリックを掴む手に力がこもり、俺は魔法の咄嗟(とっさ)に臨戦態勢を取る。

 そんな緊迫した状況に、エリックが口を開く。



「お願い待って、兄さんが、ねぇ……っ、なんで……話し合いじゃどうにもならないの……? 魔法は絶対にダメだよ……っ!」



 エリックはこの後起こりうる最悪なことを想像してか、言葉が震えている。



「……連れていけ」

「い、嫌だっ!」

「エリック!」



 俺が見た未来。この後、エリックはこの男たちに連れ去られ、そのまま……

 未来が本当に変えられないなんて、きっと、そんなことはない。

 ……っ、そんなことはさせない……! 俺が、エリックを守ってやる。



「基本魔法……」

「兄さん、ダメだってば!!!」

「『eau()』」

「……っ!!!」


 バシャッ!


 眩い光と共に、非魔術師に集中的な水を降らせる。

『非魔術師へ直接攻撃的な魔法を使ってはいけない』。このルールを、俺は破る。


「うっわ、なんだこれ!」

「ただ濡れただけだろ気にすんな!」


 突然の大量の水に男たちは慌てふためいている。そんなことには構わず、俺は続けざまに魔法を詠唱する。


「……『glace()』」


 全身びしょぬれになった男たちは濡れた部分から瞬時に凍っていく。驚くエリックはそのまま俺に駆け寄り、後ろに隠れる。

 ……だけど。


「兄さん本当に魔法を使うなんて……っ……!」

「エリックを離せと言ったのに聞かないからだ。……お前たち、これ以上関わると言うなら今度は炎で全身を焼く。魔法は怖いってことだ。わかったならもう二度とエリックに手をだすな。俺は……天に召されたとしても、お前たち《悪》を許すことはない」

「……兄さん!!!!!」


「……な、んだよ、こい、つ……!」

「くっ……そ、魔法……なん、か……っ」


 男たちは凍ってしまい、まともに話すこともできない。カチカチと歯を鳴らす男たちを無視して、俺は警察に電話をする。

 だが夏とはいえ、奴らの体温の低下は(いちじる)しいのだろう。……別に、命までは取る気はない。


「『Annulation(解除)』」


 詠唱と共に、男たちは地面に倒れ込んだ。遠くではパトカーのサイレンが鳴り始めている。男たちは「お前なんか天に召されちまえ!」と悪態(あくたい)をつき、よろめきながら走り去っていった。


 ……これで、いいんだ。

 俺はエリックに向き直る。


「エリックごめんな、怖かっただろう。エリックは、俺みたいにはなったらダメだぞ」

「兄さん!!!」

「大丈夫、先ほど警察には連絡したから」

「……っ、そうじゃ……なくて……っ!なんで……?なんで魔法なんか使ったの……?」



 エリックは混乱しているようだが……魔法を使って攻撃したことはもう覆せない。俺の体は白く光り始める。



「エリックのせいじゃないよ。……エリックが無事で、良かった」

「……っ、兄さん……っ」



 あぁ……エリック。悲しい思いをさせて、ごめんな。



「エリック、おいで、」


 俺はエリックをぎゅっと抱きしめた。

 そして、そっと僕に耳打ちをする


「『___、 _____』」

「……!」

「エリック、覚えておいて。そうして、お前の力で俺の伝えたかったことを、見つけて」



 エリックならきっと、俺の残した手紙を見つけてくれるだろう。

 俺の見た未来がどこまで変えられるかは、わからない。


『今から5日前の19:57』。特殊魔法……『過去への回帰』が使えるエリックなら、きっとその意味がわかるだろう。冥界には、来てはいけない。その未来が変えられなかったとしても、時間稼ぎだけでもしたい。そう思って、書いた手紙だ。



 エリック……愛している。



「っ、兄さんーーーーーっ!!!」



 エリックが俺を呼ぶ声を記憶の最期に、俺は現界から姿を消した。







 そうして俺はここ、冥界に来た。

 大事な人を守りたくて、未来を、変えたかったから。


 ……エリックは結局、俺の手紙は見たものの、(みずか)ら冥界と関りの在る人物と取引をして此方(こちら)へやってきてしまった。だが、エリックが冥界へ来るのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。死者に判決を下す際の『過去への回帰』。これは死者の過去を完璧に見ることができ、判決を下す際の重要な証拠ともなる。


 俺はエリックをちらりと見る。青みがかった黒髪に漆黒の瞳は変わらないのに、ここへ来たばかりの頃からは随分と成長したようだ。

 ……冥界にいても、心身は成長するらしい。


 そして先ほどタルタロスへ連行された死者が言った、俺たちの特殊魔法とギリシャ神話。これには、大きな関係がある。魔術師は……ギリシャ神話を模したものにすぎなかったんだ。

 だけど、(ただ)の人間が神になれるわけなんか、ない。


 俺が今やっていることだって、ギリシャ神話の冥府の裁判官……『ラダマンテュス』の役割をまねているだけ。死者が敬虔な者であるか、それとも邪悪な者であるかを判定し、エリュシオンと呼ばれる楽園や、タルタロスと呼ばれる奈落へと振り分ける。

 魔術師と非魔術師。俺はやっぱりどちらも、同じように好きだ。


 だから俺は、冥界へ来てよかったと、そう思う。

 敬虔な者には救いを。邪悪な者には……罰を。

 魔術師と非魔術師を平等に判決するべきだという考えは、現界にいたころから全く変わらない。



「さぁ……次は敬虔(けいけん)な者と邪悪な者、どちらがここに来るのかな」



 魔術師と非魔術師も平等な世界。俺は今日も悪を殲滅(せんめつ)するために、ここにいる。それが俺の役割だから。


本作を手に取ってくださり誠にありがとうございました︎✿

こちらで完結の短編作品でした。

よろしければぜひ☆を★に変えて応援していただけましたら大変有難く存じます^^


改めまして、貴重なお時間を割いてお読み下さり、ありがとうございました❁⃘*.゜

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