ルネの悩みとマリアンヌの答え
夜の王城は静かだった。
昼間は子どもたちの笑い声が響きわたる中庭も、今は月光だけが薄く地面を照らしている。
王となったルネは、その静けさの中を一人で歩いていた。
……なぜだろう。平和なのに、胸が重い。
創造工房は成功し、共遊祭は国民の楽しみになり、遊び発明産業は世界から注目されている。
だというのに、王である自分は本当に正しい道を進めているのか、それを確信できなかった。
ふと見上げた先で、誰かが物見塔の階段に座って足をぶらぶらさせている。
月に照らされるその髪の色で、誰かはすぐに分かった。
「……マリアンヌ?」
「ん? あ、ルネ!」
手を振る姿は、相変わらず宮廷の格式という言葉から最も遠い。
それでも、なぜか一番まぶしい。
彼女のとなりに腰を下ろすと、ほのかにインクと魔法薬の匂いがした。今日は創造工房をはしごしていたらしい。
「で? 悩んでる顔してたけど?」
「……そんなに分かりやすかったか」
「うん。ルネ、眉がへの字になるからすぐ分かる」
いつもの調子で笑われ、ルネも苦く笑うしかなかった。
だが、胸の奥の重さは消えない。
「……なあ、マリアンヌ」
「ん?」
「私は、本当に……王としてふさわしいのだろうか」
言葉にした瞬間、胸がきゅっと縮む。
マリアンヌは驚いた顔をし、それから一瞬だけ真剣な表情に変わった。
そして、
「ふさわしいよ」
迷いなく言った。
その声音は、いつもの軽さとは違う。
やわらかく、あたたかく、まっすぐで。
「だってルネは、“正しく悩める王様”だもん」
「正しく……悩める?」
「うん。悩むってことはね、ちゃんと考えてるってこと。
どうしたら国がよくなるか、どうしたらみんな笑ってくれるか、真面目に、ちゃんと向き合ってるって証拠だよ」
マリアンヌはルネの胸に手を当てる。
「私はね、悩むルネが大好きだよ。
だって、その悩みの全部に“優しさ”が入ってるから」
あまりに真正面から言われ、ルネは息を飲んだ。
涙がにじむ。
ここに来るまで、どれほど不安を抱えていたのか、ようやく自覚する。
「……君は、時々ずるいな」
「へ? どこが?」
「そんなふうに言われたら……泣いてしまうだろう」
ルネは目頭を押さえ、俯いた。
そんな彼の背を、マリアンヌは子どもをあやすようにそっと撫でる。
「泣いていいよ。王様だって人間だもん」
その声が、温かかった。
月明かりの塔で、二人だけの静かな時間が流れていく。
悩む王と、遊びの大臣。
けれど二人の間には、確かな信頼と絆があった。
そしてルネはようやく、深くゆっくりと息を吐いた。
「……ありがとう、マリアンヌ」
「うん!」
彼女の笑顔は、どんな政策より国を照らす光のようだった。




