マリアンヌ、罠にかかる
その日、マリアンヌのもとに一通の知らせが届いた。
「行政院主催・新しい遊び道具の特別発表会」――という、いかにも彼女が飛びつきそうな文言が並んでいる。
「えっ!? 新作!? やった!」
目を輝かせたマリアンヌは、説明を最後まで読む前に靴を履き、髪をリボンで締め、鼻歌を歌いながら玄関へと走り出した。
護衛が慌てて追いかけるが、彼女の足取りは完全に“遊びに出かける子ども”のそれであり、止める隙などどこにもない。
行政院の案内役も、妙に丁寧でにこやかだった。
マリアンヌ自身、首をかしげこそすれ「怪しい」という考えに一切至らない。
「発表会は地下でございます、お嬢様。特別なお客様だけの……」
「特別!? そんなのワクワクするに決まってるじゃない!」
彼女は一瞬で信じた。疑うという概念が、まだ彼女の辞書に存在しないのだ。
そして気付いた頃には――
ごう、と重々しい音と共に鉄の扉が閉まっていた。
壁は石造り、天井は低く、魔導灯の淡い光が揺れている。
床には鎖、壁には不可解な拘束具。
どこからどう見ても“遊びの場所”ではない空気が漂っていた。
「あれ? ここ……遊ぶところじゃないの?」
マリアンヌは小首をかしげ、部屋を見渡す。
その純真無垢な声に、影の中から足音が近づいた。
「違う。ここは――お前を閉じ込める場所だ」
低く響く声。
暗がりから姿を現したのは、黒幕アレクシオンその人だった。
だがマリアンヌは――。
「えっ……ここ、秘密基地ごっこするところじゃないの?」
むしろ嬉しそうに目を輝かせている。
アレクシオンは一瞬、言葉を失った。
拘束区画を見て“遊び”と解釈する相手など、想定にすらなかったからだ。
少女は無邪気で、未来を揺るがすほどの自由と喜びを、どんな状況にも見出してしまう。
その危うさこそが、彼にとって最大の脅威であった。
こうして――黒幕の思惑と、マリアンヌの天真爛漫さは初めて激しくすれ違うのであった。




