世界の異変:三つの不吉な兆候
大地のどこかが、静かにひび割れはじめている――
そんな不気味な感覚が、王国全土を覆い始めていた。
① 魔物の活性化
最初の異変は、森からやってきた。
普段は森の奥深くに潜み、人の生活圏に姿を見せることなど滅多にない魔獣たちが、
街道近くまで大挙して現れるようになったのだ。
騎士
「隊長! 狼型魔獣の群れがまた……! この距離は異常です!」
魔術師団の一人は、杖を構えて空を見上げた。
風の流れを読む魔術に長けた彼が、眉をひそめる。
魔術師
「……魔力の流れが乱れている……? まるで風脈そのものが悲鳴を……」
同行していた学者が、地面に手を触れながらつぶやいた。
学者
「魔物が攻めてきているのではない……“逃げてきている”ように見えるのです。
まるで、森の奥で何かに怯え……押し出されているかのように」
“何か”。
その言葉は、見えない恐怖となって空気を重くする。
② ダンジョンの変質
次に報告があがったのは、王都近郊の“平和なダンジョン”だった。
本来は初級冒険者が訓練に訪れる程度の場所。
しかし――その内部構造が、一夜にして激変したという。
冒険者
「階層が……増えてる!? 昨日は三階層までだったはずだ!」
別の冒険者が震える声で叫ぶ。
冒険者
「見ろよ……宝物庫の扉が勝手に開いてやがる。
中の魔具が暴走して……部屋中、飛び回って……!」
魔力濃度は異常に高まり、壁は呼吸するように脈打っていた。
まるでダンジョンそのものが、生き物のように苦しみ、呻いているかのようだ。
町に戻った冒険者たちは青ざめて語り合う。
町人
「聞いたか? あのダンジョン……“悲鳴を上げてた”って……」
誰もその表現を笑えなかった。
③ 敵国の不穏な動き
そして最後の兆候は、人の国から届けられた。
王国の北、強大な軍事国家ヴァルザード帝国。
その国境付近で、軍の再編成が始まったというのだ。
斥候
「敵は……陣形を組み替えています。
まるで……何かに備えているような……」
ルネは硬い表情で報告を聞く。
斥候は続けた。
「三獣将軍――ラグナ、フェルミナ、グラドは……どうやら以前の件がトラウマになっているらしく、
前線で震えながら待機しているとか……」
兵士
「水滑り台と丸石ゴーレムの悪夢、だそうで……」
その場にいた誰もが、妙に納得してしまった。
一方、帝国皇帝は違った。
彼は世界規模の異変を察知し、軍を動かさざるを得なくなっていた。
帝国皇帝
「世界が変調している……。敵国との戦いなど、もはや些事だ」
だが――
王国はもちろん、帝国も、その原因までは掴めていない。
◆ 王国側の不安
連日の異常事態に、王都はざわめき始めていた。
民も、兵も、貴族も、誰もが胸の内に不安を抱える。
そして、報告書の山に埋もれながらも冷静さを保とうとする少年が一人。
ルネ
「……何かが、世界で起きている……?」
静かな独白は、
これから巻き起こる巨大な波乱を、まだ知らない。
ただ――
その片隅で、ひとりの少女だけが“いつも通り”であることが、
すでに最も世界を揺らしていた。




