書庫迷宮 → “魔物と走る障害物レース”へ進化
重厚な木扉が音もなく開き、静謐な空気が流れ出した。古い紙の香り、積み上げられた魔導書の圧――ここは学園図書塔の最深部、書庫迷宮である。
初老の図書院長は胸を張り、荘厳な声で語り始めた。
「書庫迷宮は知恵の試練であり――時に精神の強さを測る場所。決して、軽い気持ちで――」
「ねぇ院長先生」
マリアンヌがひょいと手を挙げ、にっこり笑う。
「迷宮って、走り回るほうが楽しくない?」
「……は?」
院長の眼鏡がずり落ちた。
「……走る……? ここで……? 本に囲まれて……!? 危険では……いや、そもそも発想が――」
止めるために一歩踏み出そうとした、その瞬間。
――ドドドドド!
迷宮の奥から、どこかで見たことのある魔物たちが雪崩れ込んできた。小型ゴブリンに紙魚の魔獣、頁を纏ったウィスプ。なぜか全員、張り切った表情で巨大な木箱や転がる玉を抱えている。
「ちょ、ちょっと? 何を運んで――」
院長の言葉など聞かず、魔物たちは手慣れた様子で次々仕掛けを組み上げ始めた。
回転する床、魔力で浮く足場、ページの嵐を吹き出す魔導書噴出口――
書庫迷宮は、瞬く間に“アスレチック迷宮”へと姿を変えていく。
「わぁ! すごい、楽しそう!」
マリアンヌの瞳が輝く。
「ま、まさか……迷宮が……走る試練に……」
院長は震えながら額を押さえた。
数十分後。
書庫迷宮には、すでに観光客の長蛇の列ができていた。初挑戦を終えた冒険者風の青年が、息を弾ませながら叫ぶ。
「めちゃくちゃ楽しい!! これ学園イベントじゃなくて、もう観光名所じゃないか!?」
「だろう?」とゴブリンが誇らしげに胸を張る。(院長の胃は限界)
そして、迷宮の入口でマリアンヌは腕まくりをしていた。
「さぁ次は私の番! 院長先生、見ててね!」
「わ、私は見ない……見ないが……倒れるまでは帰らん……!」
こうして書庫迷宮は、
“知恵の試練”から “魔物と走る障害物レース” へと生まれ変わったのであった。
(本は……たぶん大丈夫……たぶん。)




