王城に走る緊張
王都アストレア──。
空気が重い。まるで空そのものが敵軍の影を落としているかのようだった。
王立城内の作戦会議室では、重厚な扉が閉ざされ、
軍服の布擦れと紙をめくる音だけが静寂を破っていた。
参謀Aが手にした地図を叩きつけるように卓へ広げる。
「敵国ヴァルザード帝国、総兵力二万を国境近くに配備!」
「右翼・左翼それぞれに重装歩兵、中央には……“鉄血の三獣”です!」
参謀Bが眉を寄せ、震える指で三つの印を示す。
虎、鷹、熊──帝国最強の猛将を象徴する紋章。
「彼らが動いたとなれば……これは本格的な侵攻です、殿下」
王太子ルネは沈黙していた。
しかしその瞳には、ひとつの名前が何度もよぎっている。
(……この国は、どれだけ彼女に振り回されても。
それでも……どこかで救われている。
だが──戦争だけは……遊びでどうにかなるものではない)
彼は立ち上がる。
「マリアンヌを呼んでくれ。状況は説明した方がいい。
彼女の力も、時には……」
護衛が青ざめた顔で報告に駆け込んでくる。
「殿下! マリアンヌ様の居場所ですが……!」
ルネ「どこに?」
護衛「そ、それが……
“森に行ってくる”とだけ言って、姿が見えません!」
ルネ「森!? なんでそんな時に森なんだ……!」
嫌な予感というより、確信に近いものが胸を占める。
ルネ(お願いだ……変なことしてませんように……!)
だが、彼は知らない。
その“変なこと”こそが、
のちにこの国を救うとは、この時はまだ──誰も想像していなかった。




