断罪イベントの始まり
王立学園の大広間。
高い天井には紋章旗が並び、重厚な空気が張りつめている。
本来なら、ここは学園最大の“浄化儀式”——悪役を裁く荘厳な場となるはずだった。
壇上にはヒロインである公爵令嬢・エリスが立っていた。
彼女は両手を胸の前で固く握り、勝利の瞬間を信じて震えている。
(これで終わる……。すべて、すべて元どおりに——)
王太子ルネが立ち上がり、儀礼的に宣言を始める。
声は落ち着いているが、どこか遠い。
「本日は、学園内におけるマリアンヌ嬢の問題行動について審議する。
授業妨害、規律違反、教師への反抗行為……以上、数々の……」
読み上げる声に、広間はさらに静まり返る。
壮麗な儀式のはずなのに、崩せない緊張だけが漂っていた。
しかし——その中心にいるはずの少女は。
……まったく緊張していなかった。
大広間の貴族席の端で、マリアンヌは足を組み、窓の風を受けてふわふわと髪を揺らしている。
「ふぁぁ〜……今日も風が気持ちいいな〜」
あくびをひとつ。
断罪の場の空気をぶち壊す、完全に間の抜けた音が響いた。
観客席がざわつく。
「おい…本人、やる気あるのか?」
「いや、やる気どころか危機感ゼロでは……?」
エリスは震えた。
しかしそれは勝利への震えではなく、
“なんでこの人は断罪に来てあくびしてるの…?” という理解不能の震えだった。
壇上のルネも、一瞬だけ読み上げを止める。
(……緊張感が、ない)
彼の視線がマリアンヌへ向き、彼女は気づいて軽く手を振った。
「ルネ様〜。あ、続けていいよ?私は全然気にしてないから♪」
「……そうか」
(気にしなさすぎでは?)
控えめに、しかし確実に王太子の心が揺らぐ。
こうして、断罪イベントは開幕した……はず、だった。
だがすでに、この空気は“断罪”からズレはじめていた。




