王太子ルネの心の変化
王太子ルネは、予定されていた視察のため、たまたま校庭を通りかかった。
その足が、ふと止まる。
……目の前には、想定外の光景。
魔法実技のはずの授業は、どう見ても——水風船合戦。
生徒たちはずぶ濡れで笑い転げ、教師たちは怒号と混乱の渦に巻き込まれている。その中心で、鮮やかに輝くような笑顔を見せている少女。
マリアンヌ・フォン・アルディナ。
水風船を魔力で操りながら、生徒の笑顔を生み出し、教師陣の怒りを軽々とかわす悪役令嬢。
本来なら——
規律を乱す問題児。
王太子としてのルネなら——
厳格に指導すべき相手。
それなのに。
(……どうしてだろう。悪いのは、わかっているんだが……)
彼女が水風船を放った瞬間、魔法の光がきらりと舞い、歓声が弾ける。
その中心で、少女はまるで風そのもののように自由で、
誰よりも楽しそうだった。
(……楽しそうだな、彼女。)
自覚しないまま、ほんの少し胸が揺れる。
付き従う騎士が耳打ちする。
「殿下、介入されますか?」
ルネは軽く息を吸い、視線をそらした。
「……いや。授業の方針は教師に任せる。私は、視察に戻る。」
淡々と答える声の奥に、自分でも気づかぬ小さなざわめきがあった。
秩序を守る者としてのルネが、
自由奔放なマリアンヌに心を動かされ始めた瞬間だった。




